【プレ コンサート】

 

3つの小品 作品11 /  チェロソナタ       ウェーベルン

 

3つの小品                                            ツェムリンスキー

 

【コンサート】

 

ピアノ三重奏曲  第2番                         シューベルト

 

ピアノ三重奏曲  作品3                         ツェムリンスキー

 

浄められた夜                                        シェーンベルク(シュトイアーマン編) 

 

 

プレコンサートの時は、このトリオのチェロ奏者、アンドレアス・グリュンコルンと、ピアノのアルムート・グリュンコルンのご夫妻2人がデュオで演奏いたしました。

 

きちんとした始まりではなかったので、演奏が始まっても会場に入ってこられる方がいたので、特に最初のウェーベルンの曲は、普通の演奏される曲というものと趣が少し変わっていたので、聞き辛かったと思われますし、演奏する方も短い小品であればあるほど、集中力は強まるように思いますので、ちょっと演奏しにくい曲であったように思います。

しかし、コンサートの曲目のテーマに合わせる形で選曲していただいたように思います。

 

私にとってこの選曲は幸いでした。

今回、11月のコンサートに向けて、練習している曲にウェーベルンの曲があるのです。

 

今回11月のコンサートの曲として持っているのは、バッハとシューベルトとウェーベルンなので

す。短いと言っておろそかにするなかれ………

 

今回は2回目の取り組みです。ウェーベルンの曲は一度取り組んだ経験があるのとないのでは、全く違うように思いました。

今回取り組んでいるものは、ウェーベルンの曲でも初期のものなので、自然な流れではない転調とか、半音の進行がたくさん使われていたりする、次に来たるべき彼の世界を予兆させるものが感じられるものです。

内容的にも深いものがあるように思います。

〈Gebet   祈り 〉という曲なのですが、今回は、10度以上の激しい跳躍などはありません。

前回の曲は、いかにも無調の曲という感じの音の跳躍があり、何しろ初めての経験でしたので、2分足らずの曲にものすごいエネルギーを注いだように思います。

今回は派手な跳躍などはありませんが、じっくりと低音域を進んでいく形ですが、1箇所、心がハッとする転調があり、これも本当に短い曲ですが、声の出し方や歌い方にかなりの集中力を要します。

不思議なことに、この短い曲に2つ取り組んだだけなのに、彼の曲の聴こえ方が全く違ってきているのです。

この経験がないときには、私にとってウェーベルンの曲はスルスルっと流れていっていました。気持ちに残るものではなかったのです。

それが不思議なことに、今回今までよりも数段近しいものに感じるのです。

プレコンサートの2曲めのツェメリンスキーの曲が聴こえてきた時、その意図の違いに耳がほっとしたりしているのです。

本当に同時代の作曲家で、同じ時期に作曲された曲であるのにどちらかといえば、「ツェメリンスキーの曲ってこんなにロマンティックな要素が詰まっていたのかしら」と認識を新たにしました。

彼の曲として意識して聴いたのは《フィレンツェの悲劇》でした。

その時の印象で、こんなにロマンティックな香りのする音楽のような印象ではありませんでした。今回、デュオとトリオと両方の形のものを聴き、かなりロマン派の匂いが濃厚にあるように思いました。

 

そして今回シェーンベルクの〈浄められた夜〉も、不思議に難解なものに聴こえませんでした。これまでもこの曲は何回か聴いているのですが、はっきり言って興味深く聴いたことがなく、その曲の記憶がないという状態だったのです。

何かの小説か、エッセイかにこの曲のことが載っていて、どんな曲なのだろうかと常々思っていたのです。

それで何回か聴く機会があった時に一生懸命聴こうとしていたのですが、途中で集中力が途切れてしまうということの繰り返しだったように思います。

(先日書いたように思いますが、例えばこれがヤナーチェクの〈シンフォニエッタ〉であれば、小説の中に出てきた時に、「あの音がその場面に流れたわけね 」と文字で書かれたものから、音楽の刺激が伝わってくるわけなのです。)

 

それが今回、「こんなにメロディックな曲だったっけ?」という感じで聴いてみることができました。

 

そういった思いもあるせいか、どちらかというと室内楽が苦手な私ですが、興味深く聴くことができました。

 

それに余談ですが〈Gebet〉の歌詞の中に  Korn  という言葉が出てくるのです。

これは穀類という意味なのですが、この歌の中ではかなりの重い意味を持っている言葉なのです。何か演奏された  グリュンコルン さんのお名前を見た時から、不思議な気持ちがしていたのです。緑の種………?

本当のところはわかりませんが、なんだかそんな因縁めいた気持ちがしていたのです。