実は今回は古事記の講座の第2回目なのですが、1回目はスケジュールが合わずに欠席いたしました。

 

そして今回からで大丈夫かな……と思って心配しておりました。

こういう機会でもなければ、この日本の始まりについて書かれた本を読むこともないと思いましたので。

 

まず、古事記というものを目にしたいと思い、岩波の文庫版を購入してみました。

やはり、これはなかなか一人では読みこなすことはできないように思いました。

特に漢字ばかりの原文は全くひっかかるものがありません。

訓み下し文の脚注を施したものもわかるところまではまいりません。

上つ巻    中つ巻   下の巻  の3つの部分に分かれている内の、今回は上つ巻の天照大御神の誕生から、須佐之男命が八俣大蛇を退治し、日本初めての和歌が出てくるところまででした。古事記といえばこの辺りのお話がよく知られている1番有名な箇所です。

 

和文で書かれたものですし、響きが大和言葉で美しいのです。と最初にお話があったので、その読んでくださる言葉の調べを聞いてみようと思いました。

決して大きな声ではありませんし、プロの朗読の方のような感じでもないのですが、流れるように読んでくださると、もちろん説明もつけてくださるからですが、よくわかります。なるほどそういうことなのね……と言った具合です。

 この講師の先生の私塾という名のこの講座は、多方面にわたっての興味深いテーマが多いので、いろいろな方面の、また知らないことに目を向けることができるのでとても貴重な時間を持つことができるのです。

特に今回など、あまり自分の声の調子が良くない時などは、そんなことで心が一杯になってしまいがちなのですが、全然違う方面への興味が湧いてくるので、頭が全然違った方向にリセットされるので、それがとても嬉しかったのです。

 

以前の講座で、和歌を読む時に、天皇陛下の歌の朗詠の仕方と、皇后陛下の歌の朗詠の仕方は違うのだということで、その独特な読み方をして和歌を読んでいただいたことがあります。

皇居での「歌会始の儀」の時などにきっとそうやって朗詠されて、伝統を守られているのではないかと思います。

そういった朗詠の仕方は、一部の方が口から口へと、そういった家の中でもふさわしい方だけに伝えられるのだそうです。

 

そんなことは、私どものような一般下々は知らないことです。

「歌会始」がありましたというニュースはあっても、朗詠されるその歌を最初から最後まで聞いたことはないのですから。

 

やはり、和歌でもそうですが、古事記も大和言葉の響きの美しさを感じることができるとのことで、一回聞かせてもらいたいと思いました。

古来言葉には言霊というものが宿っているという、言霊信仰があるので、読むその調子で内容に近づいていけるように思います。

 

古事記には307柱の神様がでてくるそうなのですが、その中のおよそ3分の2は名前だけで具体的な活躍はすることがないそうです。(そうなんだ……神様の名前がかなり読みにくいのですよね……)

 

また、112首の歌がおさめられているそうで、和歌の歌物語ともいえるとのこと。

今まで古事記を手にとろうとしたこともなかったのですが、この説明あたりから、興味深いなと思う気持ちがだんだん出てまいりました。この訓み下し文をまず口にして読むことができないので、出来るだけ続けてこの講座に参加したいと思いました。

以前この同じテーマで古事記の講座を開いたときは、5回続けて講義をされているようです。

 

次回はいつ開かれるかわかりませんが、それまでに「読み」に挑戦してみるのも良いなあ……

 

今回心に残った場面は、天照大御神と須佐之男の命が天の河を間において対峙される 「天の安の河の誓約」の場面でした。