第一部
「禁じられた音楽」による室内楽コンサート
《三文オペラ》より〈メッキー・メッサーの哀歌〉
〈セーヌ哀歌〉
〈ユーカリ〉
《三文オペラ》より〈大砲ソング〉
ヴァイオリンとチェロのための二重奏より第二楽章〈ジンガレスカ〉
ゲルニカ〜ピカソに捧げる
ゲルニカのためのパラフレーズ(日本初演)
第二部
オペラ《シャルリー》
フランク・パブロフの『茶色の朝』にもとづくポケット・オペラ(日本初演)
第三部
ブルーノ・ジネールとのトークセッション
この公演の主催者の神奈川県立音楽堂のプログラムの巻頭の挨拶にこのオペラの公演を計画するにあたっての経緯が書かれていました。
〜「シャルリー」に出会ったのはストラスブールで2019年秋に開かれた音楽祭『ムジカ』でした。
神奈川県立音楽堂にぴったりの編成で、日本でも草の根的に知られる「茶色の朝」を原作とした美しいオペラが創られていたことにおどろきましたが、さらに驚いたのは、世界20数か国からその場に集まった音楽ディレクターたちが一様に原作を知っていたことでした。芸術と社会のダイナミックな同時代性を感じた瞬間です〜
第一部は、第一次大戦と第二次大戦の間に作られ、「頽廃音楽」の烙印を押され、演奏を
禁じられた音楽だったのです。
美術にも、「頽廃美術」の烙印を押されて展覧会どころか、廃棄されたりしたものもありました。
時代と格闘した芸術表現に後の芸術家が寄り添い、さらに未来の人々に自らの表現を通じて伝えていく とのこと。
「こんな時代だからこそ、これを演奏する価値があるのではないか」と、トークショーの中での話ですが、音楽堂の総合支配人の方がどなたかに背中を押してもらったのだとのことでした。
演奏者のアンサンブルK の代表のメッセージでは、
こんな時代、ポピュリズムと民主主義のの狭間、重大な道徳の危機。
国家主義と不寛容が再び台頭している今、社会に発信しようとしている取り組みを理解し、議論していただきたいとのこと。
ベストセラーになったという、その原作を読んでみたいと思いました。
館内の放送を聞いていましたら、原作本も販売しているとのことで、即買い求めて、開演までの時間に目を通すことができました。
それほど短い話なのです。
日本語訳は、大月書店より1100円で販売されていました。
この本が販売されて話題を集めていた時、私はそういったニュースを知らなかったのです。
この本が執筆、刊行されたのは1998年。
背景には、極右として知られるジャン=マリー・ル・ペンが大きな支持を得て台頭してきたことがあるようです。
この極右の政党があっという間に力を強めたことに世界が脅威を感じた時に、この話が書かれ、1ユーロで売られて広く読まれたのだということを知りました。
開演前のちょっとした時間で読み終えてしまえる本ですが、「なるほど」と思える力です。難しい言葉や、声高に叫ぶ主張もありません。淡々とした文章でさっと読めてしまうのです。
極右の政党が票を伸ばし、政権をとろうとする情勢のことは覚えております。
その時に書かれ、力を持った本だったということを理解しました。
「茶色」はナチスドイツのシャツを連想させる色なのですね。
コンパクトな編成で「わざわざオペラ仕立てにする必要があったのか」との疑問への説明も書かれていました。
〜歌い手が登場し、、声を発し、演戯し、右に左に動き、座り、腹ばいになる。
演奏家は自分の担当する楽器を弾くだけではない。声を発し、パーカッションを奏で、その存在を前景化する歌い手が発する「わたし」とはべつの声、「わたし」が耳にするべつの声を立ち上げる。
普段はみえない、見えていないはずの演奏家が、ときにその姿を表す。しかも茶色の服を着てあらわれ、またそっと消えることが、ステージに「オペラ」にする意味を持っているんだ〜
とのこと。
このオペラの初演は2009年。
今はその時よりもコロナという要素が付け加わり、ますます不寛容の要素が強くなっていると感じる時です。
そんな時に、「公共の施設で積極的にこの作品を演奏することに意味があると感じる」とのプログラムの言葉は心を打ちます。
「その勇気を感じている」………
私もそう感じました。
この作品のメッセージ性だけでなく、もちろん演奏の技術が磨きあげられたものであることが裏付けになっているからだと思いますが……