26日は、能楽堂へ参りました。

これは特別な講座でした。

「能」ははっきり言って難しい。

 「それだからこそ、600年の時を経ても引き継がれているのです」というお言葉は胸をつきました。

歌舞伎は今から350年前。オペラとていまから400年前のものではありませんか?

 

「能とは」なかなか理解できるものではないので、私もこの講座に参加させていただこうと思ったのです。

理解しやすくて、すぐわかってしまうものは、消費されてしまうのだそうです。

一発芸に似てすぐ消えてしまう。もちろん何年かは続くのでしょうが……

何百年ではないのです。

消費されてしまうと無くなってしまうのです。…………なるほど。

 

それから能は一部の上流階級のものから、習うことによって楽しむもの、として普及して、その面白さが伝わってきたものでもあるとのこと。

説明して、実演して、実際にその演技を見せていただいて初めてわかる面白さというものがあるのですね。

そういえば、喜多流の能楽堂に行って、〈遊行柳〉を拝見した時、まだ暑い時期でしたのに、和服をお召しになり、膝には詞章を置いて、いらっしゃった方が何人かいらっしゃい

ました。それも結構オペラを観に行く年齢の方より若い方がだったように思いました。

やはり、お家のつながりというものが「和」の世界にはあるのでしょうか。

世の中には、私どものような下々のものが知り得ない階層というものがまだしっかりと存在しているのでしょうかね……

 

まあそれとは別に、今回の専門家の方がなさる説明は、少人数に対して丁寧にしていただいたので、本当にその熱意といったものが伝わってきました。

実際に謡の始めの部分と、囃子方の太鼓の実習があったのですが、太鼓の方は私は残念ながら膝が痛い状態なので、板ばりの舞台の上での(緑の毛氈状のようなものは敷かれていますが)正座でのお稽古はできませんでしたので、休憩中に主催の方にお断りしておきました。本当に残念。

手振りで、リズムや掛け声などは体験できましたが、太鼓の皮の感じなどが味わえずに本当にもったいなかったです。

 

身体って何をやるにもちゃんとしていないとダメなのだということがよく分かりました。こういう膝になる前にこんな経験をしてみたかったな………。

 

実は今回の講座は、中学校の音楽の教科書に載っている能の説明を、せっかく載っていても触れられずにいるという現状を、能楽協会の方が何とか能というものを授業で正しく扱っていただきたいということが大きな目標のように思えましたが、こうやって実際に実習を伴って扱わせていただく経験はなかなか得難いものなのです。

 

こういう時だけは学校関係者でよかったなあと思います。

3年前の2月には、みなとみらいホールのパイプオルガンを実際に弾かせていただいく、ワークショップがありました。弾いたものを録音にとってくださったので、ほんのちょっとでしたが、一度でも触ったことがある、ないは大きいことで、楽器の紹介で、自分が弾いたパイプオルガンの音を使いました。これも学校関係者、指導 者に対するスペシャルサービスでした。この時も学校関係者でよかったなあと思ったわけでした。

 

今回も能楽堂の本舞台ではありませんでしたが、地下にあるお稽古などに使う小さい能舞台でした。しかし橋掛りや、柱も、屋根もあります。

そこでお話の後に、能装束の着付けや、その説明を舞台の上で装束を着けながら見せていただけるのです。

今回は〈羽衣〉なので、その着物が腰のところに結わえてある形なのですが、説明を聞かなければ上半身に着ている白地に金箔で模様を描いた着物は、普通に着物なのです。

しかしそれは箔と言われて、いわゆる下着なのだそうで、能の装束としては最もセクシーな姿なのだということでした。

そんなことを言われてみると、よくヒップホップなどを踊られる方が腰に上着を巻きつけて、タンクトップなどで踊っていらっしゃる姿と同じなのだと想像できました。

 

髪の毛も、「馬尾毛」と書いて「ばす」と読むそうですがそれこそ馬の尻尾の毛でできていて、今使われている鬘は、すっぽりかぶる形式ですが、能の場合は長いままの毛を着けて、それを丁寧に束ね、元結で縛って段々と形にしていくのです。何本もの紐をつかって形に仕上げていくのです。最後に針巻きのような長い布を巻きその上に面をつけます。

今回は「小面」と呼ばれる面をつけました。

今回のかつらは馬の毛のものでしたが、人毛のものも使われるそうです。人毛は絡みやすいので、般若の面の時などにつけるそうです。

最後に頭の上にある花がついた冠を頭の上にのせますが、冠の傍に長く垂れ下がった飾りが付いています。

その時のお話によりますと、人は長くて揺れているものを見ると、心に何かを訴えられるものがあるそうで、何かを訴えたい時には長くて揺れるタイプのイヤリングなどが良いのでは…などとのお話がありました。なかなか人間の心理をついているのですね。

 

演技は短い部分だけでしたが、一番前の目付け柱のあたりで見ていましたら、身につけられた小面が、意思を持ったように、生き生きと表情を変えるのを目の当たりにしました。これは遠くではわからない、見えない部分なのだと思います。

今回すぐそばで拝見できたから、このような表情の変化までつぶさに感じることができたのだと思います。有難いことでした。