限りなく、レーピンの絵に惹かれている私ですが、あまりレーピンの絵はありませんでした。

 

ロシアの自然を、春夏秋冬に分けて展示してあったのですが、ここにあった風景画は、その大きなロシアの自然を、繊細に描き分けてあり、北国特有の春を待つ気持ちが豊かに伝わってきました。

芽吹く前の白樺の細い幹。

最後に芽吹くとされているおおきな樫の木。

樹氷の枝の美しく輝く様が印象派風に…

広い野原を描いていても、その上の青空の雲の美しさが際立つ絵。

道の遥か向こうに見える風景。

 

なるほどこれで、ロマンティック・ロシアなのね。

 

4つの章に分かれて展示してありました。

 

第1章が、ロマンティックな風景

この章は

1-1が春    1-2が夏   1-3が秋   1-4が冬

 

 

この章の1-3の秋のところにあの「忘れえぬ女」を描いたグラムスコイの「花瓶のフロックス」という花瓶の花を描いた絵があったのですが、独特の描き方で、説明にグラムスコイは静物画を描かなかったそうで、コレが唯一の静物画であるけれども、この花(フロックス… 花魁草 )の花の肖像画であるとの説明がありました。

う〜んなるほど、花の肖像画か……

 

 

第2章が、ロシアの人々

この章が、2つに分かれていて

2-1がロシアの魂

2-2が女性たち

 

この2-1にレーピンの絵が2枚ありました。

一枚はあの「忘れえぬ女」を描いた 画家 クラムスコイ を描いたもの。

二枚目は、ピアニストにして作曲家  ルービンシュタインを描いたもの。

 

レーピンの肖像画は、なぜか一味違っているのです。

クラムスコイの静かな中に、見据えられた彼の目が見るものに深い何かを与えます。

ルービンシュタインは、ライオンと呼ばれた彼の演奏を具現化しているように思われる絵

です。見るものに何か強い印象を与えます。

 

その並びにコローヴィンという画家が描いたシャリャーピンの肖像画があるのです。

書き方も受ける印象も全然違い、きちんとしっかりと描き込んだというよりはさささと光の当たり具合や全体の印象を描いたという絵で、全然違った絵だなあという印象を受けました。シャリャーピンってどんな顔をしていらしたのだろうという感じで、全体の印象としては背が高く足が長く、洒脱な格好をしていらっしゃるなあ、靴が結構目立っています。そんなものは受け取れるのですが、肖像画といった雰囲気ではありません。

 

実はこの部屋にもう一度最後に戻ってきて、さっと、その区画を振り返ってみましたら、その3人が浮き上がって見えたのです。

 

どうしても混んでいると、絵の横にある説明を読んだりするので、絵との距離が近くなってしまって、全体を見る位置ではなかったのかもしれません。

特にシャリャーピンの絵は近すぎるとボヤボヤとしか見えないのです。

やはり絵はほどほどに距離がいるものが多いように思います。

その振り返った瞬間に、その3枚が浮き上がって見えたのですから。

描かれているものの姿がはっきり見えたように思いました。

 

その同じ部屋に、2-2の「女性たち」という章が設けられていて、あの「忘れえぬ女」がありました。

 

やはりこれは印象深い絵です。この展覧会を象徴する絵としてあらゆるところにポスターが飾られています。絵にあまり興味がない方でも、この絵は知っているという絵だと思います。

 

新しい女性像だったのだそうです。

冬の目抜き通りを馬車の幌もかけずに乗っていることが、その頃のロシアとしてはタブー

視されているできごとだったのだということ。

なるほど、彼女は意思が強そうに思います。

原題は「見知らぬ人」とのこと。どなたの訳かわかりませんが、やはりこれは「忘れえぬ女」だと思います。

いろが浅黒く、貴族などの上流家庭の方ではないとのこと。

 

今回実物を見て、彼女のえも言われぬ表情とともに、黒っぽい彼女のいでたちと、バックのとろけてしまいそうな色の雪を被った建物や、その空気感です。あの背景に彼女が座っていることが、彼女に目が釘付けになる要因なのです。

彼女自身の姿は、帽子の羽飾りや、縁取られている毛皮の質感、マフから少し出ている手袋をはめている手の表情などが細かく書き込んであって、あのバックにしてこの人という気持ちがいたしました。

 

これは本物の絵を目にして感じたことです。

 

「ヘアバンドをした少女の頭部」は、その彼女の秘めた思いが全体から滲み出てくるように感じられます。

 

「柵によりかかる少女」も何かを待つ風情に心惹かれます。

 

第3章は子供の世界

 

第4章都市と生活

4-1が都市の風景

4-2が日常と祝祭

と続きました。

 

実はこの4-2の中に「嫁入り道具の仕立て」という絵があったのですが、よくリートの中に、女性が糸を紡ぐという歌詞が出てくるのですが、だいたいそれは自分の結婚衣装を作っているという状況が多いのです。相手がまだ誰になるかわからない状況から、糸を紡ぎ布地を作りそれを仕上げていくという形が多いのです。

それが、よく歌詞の中に含まれています。

女性にとっての一大事業なのです。

 

この絵は、花嫁衣装を親戚一同の女性たちで作っているというところですが、何か根底に流れているものが一緒のように思いました。

 

ちなみに今取り組んでいるブラームスの《Schwesterlein》にも、とてもよく似ている2人が一緒に糸を紡ぐ歌詞が出てくるのです。

そして、最後に2人は同じ男性を好きになってしまうという歌詞になるのです。

それに呼応して微妙にメロディーにも変化があるのです。低音部が高音部の音の上に重なる部分がほんの一部ですが出てくるのです。

そういった曲の変化の後に「これでおしまい」という歌詞で締めくくられるのです。

 

その絵を見ながら実はそんなことを考えていました。