大野靖之 公式ブログ

大野靖之 公式ブログ

2005年メジャーデビュー。47都道府県を制覇した日本全国での学校ライブ®は、現在1143回。10校の学校の校歌制作や、道徳・家庭科の教科書に歌詞が使用されるなど、他に類を見ない道を進む唯一無二のシンガーソングライター。

先日2月22日は、

宍粟市一宮市民局まちづくり推進課主催「第41回いちのみや生涯学習実践発表会」にて、

音楽講演をやらせていただきました。




兵庫県宍粟市一宮(しそうし・いちのみや)は、

兵庫県の中西部にある地域です。

かつては一宮町という町でしたが、

2005年に宍粟郡の4つの町(山崎町、一宮町、波賀町、千種町)が合併して宍粟市が誕生し、市の一部となりました。




宍粟市は自然豊かな山あいのまちで、

スキー場やキャンプ場もあります。

兵庫県では豊岡市に次ぎ2番目に面積が大きい市なのですが、

なんとJRや私鉄などの鉄道がありません。


なので一番近い最寄りの駅がJR姫新線の播磨新宮(はりましんぐう)駅となり、

そこからタクシーで約40分かけて会場の宍粟市立はりま一宮小学校へと移動しました。




タクシーの運転手さんがとても優しくて気さくな方で、

移動中も楽しい時間を過ごしましたが、

宍粟市に鉄道がないことやその背景についても運転手さんに教えてもらったのです。


記憶が正しければ宍粟市では初の公演となり、

主催者の皆さまとも今回が初めての出会いでした。


学校ライブやこのような講演はそのほとんどが直接僕にご依頼があるのですが、

その一方で講師派遣の会社とも数社提携していて、

そこからお仕事をいただくケースも実はこれまでたくさんあります。




今回の講演についても、

今まで多くのお仕事をつないでくださった会社より昨年5月にお話をいただきました。


人を挟まず公演当日まで先生や主催者と僕が直接やりとりすることを基本的に大切にしてますが、

何もかもをプロの方が間に入ってやってくださることもやはりとてもありがたいのです。


主催者との様々な準備はもちろんのこと、

新幹線のチケットやホテルの手配、

音響のご用意や旅のスケジューリングなど、

毎回本当に完璧な仕事をしてくださいます。




前日のリハーサルの時、

主催である宍粟市一宮市民局まちづくり推進課の中尾宏文さんに、

今回の依頼の経緯をお聞きしました。


以前からお付き合いのあった今回の講師派遣会社へ、

希望の条件と共にこの会にふさわしい講師を聞いたところ、

何名か候補として挙がった中に僕もいたとのことです。


その中で「この人を呼びたい」と思ってくださり、

正式なオファーにいたったと教えてくれました。

僕を選んでくれたこと本当に嬉しかったです。




第一部のいちのみや生涯学習発表会では、

各地域のそれぞれの自治会がお祭りや交流活動など日頃の様々な取り組みを発表。

第二部で僕の音楽講演をやらせていただきました。


ありがたいことに今までたくさんの講演のお仕事をさせていただきましたが、

そのすべてが歌を取り入れたライブ形式のものです。

この独自のスタイルに名前が欲しいと思い、

僕はいつしか「音楽講演会」と自ら称うようになりました。




会場は約200名のお客様がいらしゃいましたが、

年配の方がとても多かったと思います。


しかも男性が多くを占めていたため、

普段の学校ライブでの子どもたちに比べたら当然リアクションは大きいものではありませんが、

最後まで僕の歌や話を優しい眼差しで聞いてくれてとてもありがたかったです。




主催の中尾さんをはじめ学校関係者の方にもライブを見てもらえたので、

今後宍粟市でも学校ライブにつながっていくことを願っています。


先日送っていただいたアンケートにも、

「子どもたちにも聴かせたかった」という声がたくさんありました。

子どもたちの前に立つために、

まずは大人たちに知ってもらい感動を届けないとはじまりません。




なので僕にとってこの一つ一つは真剣勝負だし、

すべてに全力を尽くさなければならないのです。


主催の宍粟市一宮市民局まちづくり推進課の皆さん、

音楽講演会に参加してくれた皆さん、

前日から準備してくださった音響の近藤さん、

このたびは本当にありがとうございました。




そして手話通訳の皆さん、要約筆記の皆さん、

急なお願いにも関わらず素晴らしい写真と動画を撮ってくださった関係者の方にも、

心より感謝申し上げます。


また宍粟市に歌いに行けることを楽しみにしています。



シンガポール日本人学校中学部。

先日(2月16日)、学校ライブ®︎無事に終わりました。

1143回目の学校ライブとなります。

2000回まで、あと857回。




遅くなりましたがようやく家でゆっくりできる時間ができたので、

正式な活動報告をしたいと思います。


学校ライブ、記念すべき初の海外公演です。


昨年7月、シンガポール日本人学校中学部の学校長、

富山 司(とみやま つかさ)先生よりこの素晴らしいお話をいただきました。




僕は中国の音楽番組収録のため7月15日〜17日までマカオに行っていましたが、

帰国したその翌日に富山先生からご連絡をいただくという絶妙なタイミングでした。


海外から帰ってきてすぐに海外のお話があるなんて、

なんだかとてもドラマティックじゃないですか。


過去にSNSでも何度かご紹介しているかと思いますが、

富山先生はこれまでに日本国内の学校でたくさんの学校ライブを実現させてくれました。




2012年に開催した加須市立加須平成中学校(埼玉県)での学校ライブで初めて僕の歌を聴いた富山先生。

そこから埼玉県久喜市の鷲宮小学校、本町小学校、

栗橋小学校、栢間小学校、久喜東小学校にて、

教頭・校長時代で職場が変わるたびに必ず僕を呼んでくれたすごい人なのです。


「やっくんの歌をうちの学校の生徒にも聴かせたい」

その想いをずっと持ち続けてくれたことに感謝しかないし、

僕も子どもたちの心に温かいものを残したい一心で共に歩んできました。




特にコロナ禍真っ只中であった栢間小学校での「歌作りプロジェクト」では、

富山先生と電話やメールで何度もやり取りをし、

6学年全18名のために全力を尽くした日々は今も忘れられません。


そしてその子どもたちを想う熱い気持ちは、

ついに海を越える日がやってきます。




久喜市立久喜東小学校にて校長としての務めを終えた富山先生は、

在外教育施設シニア派遣により、

今年度4月、シンガポール日本人学校中学部の学校長に内定されました。


これは文部科学省支援のもと、

世界各地の日本人学校や私立在外教育施設などに教職員を派遣する制度です。

シニア派遣の場合は、定年退職した公立学校教員や管理職経験者(教頭・校長)となります。




一昨年の12月、内定のお知らせをご本人からいただき、

そのあと2025年2月に開催した千葉県市川市での一般ライブにも富山先生は来てくれました。


「しばらく会えなくなっちゃうのかな」なんて寂しい想いを抱く中、

帰り際で富山先生は僕にこう言ったんです。

「シンガポールでもやっくんを呼ぶので待っててください」と。


それが実現しなくても、その想いと言葉だけで十分嬉しかったんですよね。

でも本当にその約束を果たしてくれました。

まさに有言実行。

校長として着任して1年目で学校ライブを実現させてしまうんですから。




昨年夏から、日程や費用について、

体育館の音響や滞在中のスケジュールなど、

何から何まで考え完璧に準備してくれて、

無事に本番の日を迎えることができました。

協力してくれた道徳主任の大川先生をはじめ日本人学校の先生方にも本当に感謝しています。




シンガポール日本人学校の生徒の多くは、

日本企業の海外拠点で勤務する保護者の転勤により、

一定期間シンガポールに滞在している家庭の子たちです。

ほとんどが将来的には帰国し、

やがて日本の高校や大学に進学する前提で数年間を通うことになっています。




この異国の地で頑張っている日本人のみんなの元に、

同じ日本人として歌を届けにきたことは、

きっと大きな意味があったと勝手ながら思っています。


そして日本全国の学校で歌ってきた僕と、

日本人学校の子たちだからこそ共有できた素敵な瞬間がありました。


たとえば学校ライブ1000回目を達成した新潟県の話をすれば新潟県の子たちがいて、

ヤンチャな大阪の学校の話をすれば大阪の子たちがいるのです。

他にもこれまで僕が学校ライブを開催した県や市を口にし、

そこの出身の子を聞いたらそのほとんどに対して手を挙げてくれました。




本当にみんな日本各地からシンガポールに来てるんですよね。

こんな出来事は日本での学校ライブでは絶対にありえないし、

ある意味活動22年の集大成だと思えました。


一昨日富山先生が生徒たちのたくさんの感想文をデータで送ってくれたのですが、

そこにも奇跡のような子がいて胸がいっぱいになりました。




なんと僕が校歌を作った印西市立牧の原小学校(千葉県)出身の子がいたのです。

その子は中学2年からシンガポールに来てるみたいで、

母校の校歌を作った歌手が来ることに本当に驚いたと書いていました。




さらにすごい話があります。

一昨年に鹿児島県立楠隼(なんしゅん)中学・高校で学校ライブを開催し、

偶然そこにも牧の原小学校出身の子がいたのですが、

なんと二人は同級生だというのです。


世界と人は確実につながっていることを、

このシンガポールでの学校ライブで教えてもらい本当に感動しました。




そして対象は日本人の中学生と言えど、

シンガポールという異国の地で生きる子どもたち。

そんな子たちにもいつものメッセージやいつもの歌が届き、

日本国内の子たちと同じようなたくさんの笑顔や涙を見せてくれたことは、

僕の大きな自信となりました。



 
話したいことはまだまだありますが、

キリがないので今日はこのへんにしますね。


シンガポール日本人学校中学部の生徒のみなさん、

富山校長はじめ先生方、このたびはどうもありがとうございました。


またどこかできっと会えるでしょう。

この世界はつながっているから。


この3日間は一生忘れません。

人生とは、忘れたくない日々を生きるということ。

今僕は心からそう思っています。



兵庫県宍粟市での音楽講演会、

先ほど無事に終わりました。


これから新幹線に乗って帰るので、

取り急ぎライブの写真を何枚かアップします!

主催者の方が良い写真を沢山撮影してくれました。


主催の皆さん、鑑賞してくれた皆さん、音響の近藤さん、手話通訳の皆さん、要約筆記の皆さん、そしてタクシーの運転手さん、

このたびはどうもありがとうございました。

また後日、改めて活動報告をさせていただきます!