大野靖之 公式ブログ

大野靖之 公式ブログ

2005年メジャーデビュー。47都道府県を制覇した日本全国での学校ライブ®は、現在1144回。10校の学校の校歌制作や、道徳・家庭科の教科書に歌詞が使用されるなど、他に類を見ない道を進む唯一無二のシンガーソングライター。

このたび令和9年4月に開校する、

幸手市立東小中学校(埼玉県)の新校歌を作詞作曲させていただくことが決定しました。




今回で11校目の校歌制作となります。

これまでの校歌と同様、

この名誉あるお仕事を責任持って最後まで全力でやり遂げます。


この校歌制作のことを人に話すと、

時々こんな質問を投げかけてくる人がいます。

「校歌が新しいものに変わるんですね」と。


つまり今まで歌ってきた古い校歌を新しいものに作り直すという解釈です。




僕はずっと校歌制作に関わってきた人間なので現状をよく理解しているのですが、

いま全国で多くの統廃合が行われているのを知らない人もけっこういるんですよね。

教育現場に関わりのない方にとっては、全然ふつうのことだと思います。




とにかく少子化問題で生徒数は激減し、

それにより学校の統廃合が決まり、

新たな学校が全国でたくさん開校されています。




僕が関わった中では、

全校生徒30名とか15名とかそんな学校もあって、

少子化問題というのをリアルに感じてきました。


統廃合で新しい学校が生まれ、

新しい校名にもなるので、新しい校歌が必要になるというわけです。


なのでこの背景を知らない人にとっては、

僕がすでに校歌を10校も作ってるだなんて、

ちょっと不思議に思うのかもしれません。




僕は早くからこの現状を知っていたので、

この先きっと校歌制作は増えていくだろうと思い、

オフィシャルサイトでも校歌ページを作ったり、

積極的に意欲を発信していました。


様々な出会いやご縁が重なり、

そして誰かの猛プッシュがないと校歌は決まりませんが、

こんな未来を描いて昔から動いていたことも事実なのです。




全国で年間400校の学校がなくなってると言われてます。

少子化問題は深刻ですが、

これまで様々な時代があったように、

今の日本もまた、この新たな時代を歩んでいくしかないのです。


僕はそんな中、校歌を作るという仕事で社会の役に立ち、

子どもたちの心に温かいものをプレゼントしたい。

この新たな時代を生きていく、大きな力になると信じて。


先週に引き続き子どもたちから歌詞の元となる言葉をもらいに、

権現堂川小学校、吉田小学校、東中学校へ行ってきました。


歌詞の原石のような素晴らしい言葉たちをありがとう。

みんなと過ごした時間が、何より創作活動に役立ちます。


みんなに「大好き」だと言ってもらえる、

最高の校歌を必ず完成させます!



先月の渋谷La.mamaのライブではお話しましたが、

先日関係者の方から許可が降りて、

ついに情報解禁できる時がきたので皆さんに発表いたします。


令和9年4月、埼玉県幸手市にて新たな学校が開校されます。

権現堂川(ごんげんどうがわ)小学校、吉田小学校、八代小学校、そして東中学校の4校が統合し、

「幸手市立東小中学校」の誕生です。


そしてこのたび、

この東小中学校の新校歌を僕大野靖之が作詞作曲させていただくことが決定しました。




校名の通りこちらは義務教育学校となり、

小中一貫として子どもたちは9年間も校歌を歌います。

このような名誉ある偉大なお仕事をいただき、

感謝の気持ちと強い責任感を感じています。


今回で僕が作る校歌は11校目となりますが、

これが当たり前のことだなんて1ミリも思っていません。

音楽家としてだけではなく、

人生規模でこの奇跡のような出来事に胸がいっぱいです。


また改めて経緯などを詳しくお話しますが、

今回の校歌制作については2年前から動き始めていました。

令和9年の開校に向けて進めていく中、

大野靖之を校歌の作者として迎え入れるために、

ずっと頑張ってくれた人たちがいます。


あらゆる分野でもそうかもしれませんが、

特にこの校歌制作では、

こうした情熱を持って推薦してくれる方々がいないと絶対に決定しません。


そして昨年の秋ごろ正式なオファーをいただき、

先月契約を締結して、無事に校歌制作へと進めることができました。




先日、早速幸手市内の視察と子どもたちへのヒアリングに行ってきました。

校歌制作では必ず実施する大事な時間ですが、

今回も統合する4校を訪問して、

子どもたちから歌詞の元となる言葉をたくさんもらいます。


まずは八代小学校で開催。

「登下校中で見るもの」や「校歌に入れたい言葉」など、

僕からの突然の質問にも多くの手があがり、

歌詞の原石のような素敵な言葉をたくさん口にしてくれました。




市内の視察も実り多き時間でした。

幸手市郷土資料館館長の原さんの素晴らしいご案内により、

すでに校歌のストーリーが見えてきています。




来週は、権現堂川小学校、吉田小学校、東中学校へ訪問。

みんなに会えることが楽しみです。


僕はシンガーソングライターとして、

いわゆる王道な活動は全然できてないかもしれません。

多くのミュージシャンが夢見て、

目指しているような憧れの山はもう登ってないのかもしれません。


でも僕には僕だけが知ってる美しい山があって、

この山を登り続けることに大きな価値を感じています。


学校ライブもそうですが、

子どもたちに関わり、子どもたちの未来のためになることをしたい。

それが僕の一番の願いです。


子どもたちに愛され、心にいつまでも残り続ける、

あたたかい校歌を必ず作ってみませます!



遅くなってしまいましたが、

 

5月16日渋谷La.mamaで行われたライブ、

 

「SOUND STREET LIVE ACOUSTIC NIGHT」について書かせていただきます。



約1ヶ月、このライブのことを書きたい気持ちでいっぱいでしたが、

 

いろんな出来事やいろんな想いがあり、SNSからも離れていた日常を送っていました。


3月くらいからバタバタな日々を送り、そしてまさかの辛い出来事も重なり、

 

実はこのライブをやり遂げるだけでも必死な状況でした。


そんな中無事にステージをやれたことと、

 

たくさんの優しい出来事があまりに愛おしく、

 

それゆえに僕にとって人生の大きな節目となるほどの日だったのです。


まだまだ乗り越えなきゃいけない課題や悩みは色々ありますが、

 

だいぶ心が落ち着き、想いを言葉にできるようになってきたのでこうして文章を綴っています。


まずはライブに足を運んでくれたファンの皆さん、本当にありがとうございました。


今回の「SOUND STREET LIVE ACOUSTIC NIGHT」の主催でありMCを務められた溱剛(みなと・たけし)さんは、

 

僕の夢を叶えてくれた恩人です。


出逢いは僕が22歳の時。

 

2005年の冬、老舗ライブハウス「新宿ロフト」に溱さんが僕の歌を聴きにきてくれました。


ライブ後すぐに楽屋に来た溱さんは、

 

無邪気な笑顔で「素晴らしかったよ!」と固い握手をしてくれたことを今でも鮮明に憶えています。


中でも「心のノート」を絶賛し、

 

NHKのタイアップと共にこの曲で大野靖之をデビューさせようと、

 

その実現のためにすぐに動き出してくれました。


2005年7月6日、東芝EMIより「心のノート/あいしてる」でメジャーデビュー。


溱さんとの出逢いからわずか数ヶ月で、

 

僕はこの素晴らしいスタート地点に立つことができました。


ここから多くのメディアにも出れるようになったし、

 

デビューによりプロの歌手としての自覚が生まれたこの経験は、

 

音楽人生の中で大きな財産となっています。


それ以降、ある時期から溱さんとはお会いすることがなくなってしまいましたが、

 

僕の中でこの感謝を忘れたことなど一度もありません。


今年の2月に渋谷La.mamaでZYYGとZIGGY森重樹一さんのライブがありました。


ZYYGのギタリスト後藤康二さんとは20年以上ずっと仲良くしていただいていて、

 

このライブを後藤さんからご招待いただいたのです。


そしてこのライブの前節を務められていたのが溱さんでした。


後藤さんも溱さんとは長い間交流があったため、

 

この機会を通して僕と溱さんの再会へと導いてくれたのです。


ライブ翌日には溱さんからお電話をいただき、約20年ぶりにお話ができて、

 

今日まで歌い続けてきたことと、感謝の言葉を伝えることができました。

 


そのあとすぐに5月16日のライブの企画をしてくれた溱さん。

 

本当に嬉しかったです。


ライブ当日の会場には、溱さんはもちろんのこと、

 

僕が若い頃にお世話になった大切な人たちが来てくれていました。


この日を迎えるまでしんどい日々を過ごしていましたが、

 

ライブを観にきてくれるファンの皆さんのため、


そしてこの大切な人たちのため、

 

絶対に素晴らしい歌を届けたい一心でステージに立ちました。


後藤さんとこうして一緒にライブができたことも15年ぶりくらいだと思います。


いろんな事情や僕の勝手な想いがあり、

 

ずっと後藤さんにはサポートを頼めなくて、

 

こんな素晴らしい日を迎えられたことに胸がいっぱいでした。


出番が終わったあとの客席で、ある方と14年ぶりに再会しました。

 

僕が20代の時にめちゃくちゃお世話になった音楽関係者です。


今回ご本人から直々に観覧のご希望をいただき、

 

久しぶりに僕の歌を聴きにきてくれたのです。


会場でその方と会ったとたん、涙が止まりませんでした。


いまだにあの涙をうまく説明することができませんが、

 

一つだけ言える確かなことは、

 

あの頃共に頑張ってきた二人の絆を感じたということです。


固い固い握手をしてくれて、何も口にせずとも、

 

「大丈夫、わかってるよ」って聞こえました。


それから、ライブの前には帰ってしまったんだけど、

 

リハーサルの時に女優の烏丸せつこさんとも再会できました。


実は湊さんとの出逢いをつなげてくれたのが烏丸さんです。


当時僕の歌に感動してくれた烏丸さんは、

 

「素晴らしい歌を歌う若者がいるよ」と溱さんに伝え、

 

そのあと歌を聴きに来てくれたのが、あの2005年の新宿ロフトなのです。


今回そんな恩人である烏丸さんとも再会してお話ができ、

 

リハーサルでは僕の歌をがっつり聴いてもらえました。


出逢いってすごいよね。


そして長く続けていればこんな素敵な日がやってきます。


「人生の答え合わせ」


後藤さんが最近よく言う言葉です。


本当にそう思います。


あの頃自分がどんな風に生きていたか、

 

その人とどう関わっていたか、

 

そしてその後も何を考え何をして生きてきたか、


長い時を経て必ず答えが出ます。


まだまだ話したいことは山ほどありますが、

 

キリがないのでこのへんにしておきます。


ライブでお話したビッグニュースについては近日発表しますね。


今回一緒に出演してくださった、

 

ZYYGの高山征輝&後藤康二さん、寿渕愛さん、新谷隼平さん、


「心のノート」でサポートしてくれたパーカッションの土居はじめさん、

 

どうもありがとうございました。


渋谷La.mamaのスタッフの皆さん、

 

このライブに全面協力してくれた小林さん、

 

そして主催の溱さん、このたびは本当にお世話になりました。



この日のことは一生忘れません。