靜岡市は「茶どころ日本一」としての名声を守らねばなりません。

安倍山間地のお茶「本山茶」は、きれいな空気と水にめぐまれ、春先の霧に包まれて育だちます

 徳川家康公が井川の大日峠にお茶蔵を建てて、夏の暑さを避けながら秋まで壷に保管してお茶を熟成させたことは歴史的に有名であります。冷凍設備が無かった江戸の時代に、お茶の保存方法に冷気が必要だった事を知っていたのです。大日垰は標高1100メートルだから6,7度の温度差がある事になります。

井川の海野家と口坂本の朝倉家が御用を受けてお茶蔵を守り、家康公の命を受けて駿府城まで籠に乗せて運んだのです。「下にイー・・下にイー」と籠にお茶壷が乗って運ばれた情景は滑稽でもあっておかしいですね。シラー

 

私が市議会議員に当選した平成3年には、すでに「お茶壷道中・第9回目」でした。井川出身で茶業振興に情熱を燃やした、当時の静安茶連専務・岡部廣様がこの歴史再現発案者でした。河合代悟元市長、麻機の剣持鉄雄様や藁科の和田克己様達が中心になって毎年4月の靜岡祭りに、浅間神社からスタートして久能山東照宮までお茶壷道中行列で町を練り歩きました。


「本物のお茶壷道中にして欲しいので、井川大日峠に「お茶蔵」を再建し、井川海野家跡から出発して欲しい」と思いを訴えました。皆さんの思いは一つになって、第10回目から井川からスタートする一大イベントになりました。その後お茶蔵屋敷の調査が進み、小さいながらもお茶蔵が建設されました。


雨今日は台風まがいの大雨警報で。井川からのお茶壷道中は中止となりました。私は朝7時に井川垰のお茶蔵に向かってマイカーを運転するつもりでしたが、担当者から中止との電話連絡があって、本当に残念でした。

明日こそ、安西小学校から久能山東照宮まで無事にお茶壷道中を繰り広げたいものです・・・

ガーン私は、皆さんにお願いいたしました