左手で書いた「0」は、
少しゆがんでいました。
7月の家計簿の、
「収入」の欄。
私のパート代のところです。
右手は、まだギプスの中。
6月の雨の日、
家の階段で足を滑らせて、
手首の骨を折りました。
休んだ6週間、パート代は0円。

このブログについて
申し遅れました。
このブログのキャラクターの、
典子です。
このブログでは、
私や、私のまわりの人たちの
身に起きた「休めば止まる収入」の
ことを、一人の話に
まとめて書いています。
正直に言うと、
こんな話を書くつもりは
まったくありませんでした。
元気なうちは働ける。
パートは休んでも、
治ればまた戻れる。
そう思っていたからです。
それなのに、56歳になって、
手首を折っただけで、
お金のことで
悩むことになりました。
このブログでは、
大丈夫だと思っていたのに
悩んだ、その経験を
そのまま書いていきます。
けがや病気は、
いつ誰に来るか分かりません。
同じように悩んでいる人は
きっといると思います。
このブログが、そんな人の
支えになればと思って
書くことにしました。
スーパーの品出しのパートを、
9年続けてきました。
週4日、1日5時間。
時給は1,100円です。
整形外科の先生には、
「品出しは、6週間は
やめてください」と
言われました。
店長は電話で、
「治ったらまた来てね」と
言ってくれました。
翌週、シフト表を見に行くと、
私の名前は
どこにもありませんでした。
1週間で2万2,000円。
6週間で、13万2,000円。
会社を休んだ人には、
傷病手当金というお金が
出ることがあると聞きました。
調べてみると、
出るのは、会社の健康保険に
自分で入っている人でした。
私は、夫の会社の
健康保険の扶養に入っています。
私には、出ないお金でした。
整形外科の支払いは、
6週間で1万6,000円ほど。
入るお金は止まって、
出るお金だけが続きました。

パート代は、
食費と光熱費に使って、
残りを少しずつ
「老後のぶん」として
貯めてきたお金です。
夫は59歳。
来年、定年を迎えて
再雇用になります。
給料は下がると聞いています。
家計簿を閉じる前に、
入ってくるお金と
出ていくお金を、
左手で全部書き出しました。
私の手が止まったら、
うちの収入も、半分止まる。
ギプスが外れた今も、
あのゆがんだ「0」は、
家計簿に残っています。
最後に、少しだけ
お知らせさせてください。
ここまで読んで、
同じ気持ちになった方も
いると思います。
私は、ずっと
大丈夫だと思っていました。
夫の給料と、私のパート代。
少しずつ貯めてきた
老後のぶん。
少なからず準備は
してきたはずでした。
それなのに、手首を折っただけで、
足りないという現実を
見ることになりました。
「元気なうちは働ける」と
信じきっていたことを、
今はとても後悔しています。
だから今、
このブログの運営者と一緒に、
こう呼びかける活動をしています。
働ける体を
信じて待つだけでなく、
今のうちに一度、
これからのお金を
見直そう。
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