ともだち あの日 | 冬のブログ

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家族の思い出や周りの人への感謝の気持ちを忘れないように綴っています。
大好きなスケートのこともほんの少し、たまにですがゆるゆると書いています。
自然の中で静かにぼんやりしているのが好きです。
退職後は晴耕雨読な生活を夢見ています。

誕生日のある月には電話をくれる友達。

今年は電話が無かったから、ちょっと心配になりました。

電話もメールも返信がなくて・・・。

とても心配になって、おうちに電話してみたら、息子さんが出て、友達が入院していることがわかりました。

何も言ってくれなくて・・・ほんとに驚きました。

でもきっと私もそんな連絡しない・・・。

心配かけたくないから・・・。

 

 

息子さんが言いました。

 

ちょっと前、いつもは元気で頑丈な母親がいつになく寒がってたから、かぜでもひいたのかなぁ・・・って思ってた。

今思うと、抵抗力っていうか免疫力が落ちてたのかも。

それで、これでも使ったらって〇ッカイロ渡したんだけど、俺がしてあげたのって、ほんと、〇ホッカイロを母親にぽいって投げたそれだけだった。

もっと早く病院つれていけばよかった・・・。

 

 

(お母さんはきっと大丈夫やよ。元気出してね。)

って凡庸な言葉が口に出かけた時、

 

いや俺、〇ッカイロ気安くぽいって投げた自分にちょっとびっくりっていうか何ていうか・・・

 

と息子さんが話し出しました。

黙って話を聞きました。

 

3月11日の話でした。

 

 

あの日、家が壊れて、家族が行方不明になって。

やっと家族が見つかった時、雪が降ってて、母親が、避難所でもらったらしい〇ッカイロを取り出して、冷たくなった家族ににぎらせて、

冷たかったろ・・・

寒かったろ・・・

助けてあげられなくて・・・ごめんね・・・ごめんね・・・

って泣いてた姿とあの〇ッカイロが忘れられない。

 

って思ってたのに、俺、あんなふうに〇ッカイロ投げて、それもあの母親にぽいって投げてて、なんか、自分にびっくりした、あのこと忘れてたのか、あの時の気持ち、忘れていくのか、あんな・・・一生忘れんって思ったのに・・・

電話の向こうの声が震えていました。

 

 

いつも明るくて、強くて優しい友達と、そっくりな息子さん。

表には出さないけれど繊細なところまで、とても似ている。

 

 

私は被災者でもなく、身内でもなく、ましてや電話で話していて、息子さんの表情さえわからない。

けれど、そんな電話の向こう側にだからこそ言えることもあるのかもしれない・・・。

相槌を打つことしかできなくて、ぽつぽつ話す息子さんの話を聞きました。

お母さんには内緒。

うん、うん。わかったよ。

(でもきっとね、こんなにもお母さんのこと思ってる気持ち、きっと伝わってるよ。)

(お母さんがあなたを思う気持ち、何も言ってくれなくても、あなたが感じているように。)

 

 

友達が、ゆづのことを好きになったのは、2012NHK杯のエキシ「花になれ」をテレビで観たときからです。

それまでは、フィギュアスケートはオリンピックの時にテレビでなんとなく見たことあるかなぁ・・・ぐらいだったそうです。

またいつか友達が、大好きな「花になれ」を見られるといいなぁ・・・って、心から思います。

 

 

 

 

 

せっかくFaOI仙台のチケットを手に入れていたのに、行けなくなってしまった友達。

かわりに、息子さんが行くのかもしれないなぁ・・・。

息子さんの話を聴きながら、そんな気持ちになりました。

 

 

長く生きていても、なにもできないものだなぁ・・・・。

何かできることがあれば・・・と思うのですが、お祈りと神頼みしかできない私です。

 

父が亡くなった時、もっと何かしていれば・・・って思ったけど、友達は生きてます。

息子さん、大丈夫やよ。

とんでいって、背中をさすってあげたい・・・。

 

 

 

 

 

☆☆☆。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

 

11日。

友達。家族。被災された方々のお幸せと一日も早い復興をお祈りしています。

九州や四国でも地震がありました。

自然災害の多い日本。

皆様のお心の安寧を心よりお祈りしています。

 

友達の回復もお祈りしています。

神様・・・。

お祈りばっかりしてますけど、感謝もいっぱいしています。

神様、よろしくお願いいたします。

 

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。