先日、娘さんを連れて広島を旅してきた真央ちゃんファンの友達がおみやげを持ってきてくれて、いろいろ話をしました。
私は、若い頃、一時岡山に住んでいたことがあり、そこで、広島出身の友達も何人かできました。
そのご縁で、彼女たちのご家族から原爆について貴重なお話を聞く機会に恵まれ、また、遺品などを拝見させていただくこともありました。
原爆ドームや資料館や記念館以外にも、そっと街中に残る歴史の証人のような建物、傷痕、人々の思いのかけら。
若かった私は、受け止めきれず、ただただ圧倒され、ずっと泣いていたことを覚えています。
初めて広島に行ってきたという友達から話を聞くうちに、なつかしい広島の友達や、そのご家族のことを思い出しました。
そして、昔聞いた、原爆のお話の記憶も・・・。
広島へ行ってきた友達へ。
私は、伝えたいことがいっぱいあるんだけれど、今は、あの時の記憶をうまく話せないから・・・
かわりに、広島に住むゆづ友さんのお話を紹介します。
まるミックさん、ありがとうございます。
記事の中で紹介されている峠三吉氏の「原爆詩集」は高校の現国の時間に知りました。
――一九四五年八月六日、広島に、九日、長崎に投下された原子爆弾によって命を奪われた人、 また現在にいたるまで死の恐怖と苦痛にさいなまれつつある人、そして生きている限り憂悶と悲しみを消すよしもない人、さらに全世界の原子爆弾を憎悪する人々に捧ぐ。
序
ここから始まる詩集の感想文が、夏休みの課題の一つでした。
きつかったです。
その後、原民喜氏の詩集「原爆小景」と小説「夏の花」を読みました。
それから・・・広島で観た原爆の図、もう一度観たくて・・・2013年の全日本選手権に行った時、たまアリって埼玉県だって気がついて、丸木位里、俊ご夫妻の原爆の図丸木美術館に飛んでいきました。
まるミックさん、原爆の遺構について教えてくださって、ありがとうございます。
私の地元でも、戦争に関する資料や施設の保存について、いろいろな問題が出ています。
伝えていくことの大切さはみんなわかっているのに・・・むずかしいですね。
私も、募金ぐらいしかできないのですが・・・。
まるミックさん、また、いつかね、広島のお話聞かせてくださいね。
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お盆なので、お墓まいりに行きました。
親戚の100歳に近いばあちゃんが、お堀に行きたいと言うので、車椅子で連れて行きました。
空襲のとき、火だるまになった人がここにいっぱい飛び込んで亡くなったんだよ、大人も子供もあかんぼも、ばあちゃんの知り合いもなぁ・・・と言ってお念仏を唱えました。
私がいつも、桜が咲いた、亀がいる、鴨が来た、蒼鷺が来た、鯉が泳いでる・・・と、のんびり眺めていたお堀。
ばあちゃんにとっては、弔いの場、祈りの場だったんだね。
いっしょにお経をあげました。
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いつもまとまりのない記事ですが、最後まで読んでくださってありがとうございます。