誰にとっても衝撃的なニュースでした。私ごときが何を言おうと失礼になってしまうことを承知で書かせていただきます。
私の世代は、学生時代はまだ携帯もなく、キャンパスではどの学生は各自のいつもの場所にたむろって偶然の再会を待っていたものです。もちろん、パソコンはごく一部の人のものでワープロで卒論を書いた時代なんですよ。大学の授業では、プログラミングの授業はあったものの何だか面倒くさいプログラム言語を入れて利用した思い出があります。つまり、コンピュータなんか相手に、愛着が湧くはずもありませんでした。一部のオタクな人のものだったのです。
1986年頃?アメリカでホームステイしていた時に、そのお家にMACが置いてあって、ステイ先のパパが自慢げに色々を利用方法を説明してくれたときに、「一家に一台から一人一台になるよ。」と言われて、アメリカは凄いな~と思いつつ、「何パパ言ってるの?まさか~」なんて、人ごとでした。
その後の、MACの革新的な提案は皆さんも知るところでしょうが、私が最も感激しているのは「インターフェイス」。どの新提案にも共通しているのは、インターフェイスの革新かと思います。まるで、机の前の書棚に座って仕事しているように、フォルダーをカチカチと行ったり来たりできた時のあの感動は忘れません。今では当然のことですが、当時は大胆な発想でした。彼は、誰もが言うように「類いまれな発想力と実行力」の持ち主だったことは間違いありません。せめて、彼の残した名言を私もいつも心に持ち続けたい・・・・
ベスト3 いつも貪欲であれ!!
これは今の日本で一番難しいことかもしれない。貪欲でなくても生きていくことはできてしまう。
貪欲と言うよりは、最良とは何か?最高とは何か?何をすべきか?何を達成すべきか?
をいつも第3者的に自分に問いかけることかと思うが、追及しない理由を探してしまうのが常だ。
ベスト2 今やっていることが何に結ぶ付くか?は、誰もわからない。だからこそ、今に打ち込むんだ。!!
今に打ち込む!!!本当に良い響き。
ベスト1 今日が人生最期の日なら、同じように過ごすだろうか?
これはある意味では、ベスト2の「今に打ち込む!」と通じるところがおありつつも、内なる声に耳を傾けて、ベストな選択をしているか?という意味もある。私も、振り返ると内なる声に耳を傾けたか?と聞かれると、うなずけないものです。よくわからないが、自分がこれまでに選択してきたきたjことは、無意識に何か共通なものに囚われていたような気もしてくる。それが、私固有の「内なる声」なのかもしれないが、その声はどんな背景で生成され、どんな特徴があるかを自覚していないと何ら意味をなさないように思える。なぜなら、人それぞれ育った環境により「内なる声」は異なり、それは無意識ではなく、意識して自由に変化、成長させていくべきものと思われる。
こんな話を今朝、10歳になる子と話したが、ジョブス氏の発想の斬新さすら理解しもらえなかったような気がする。私が小さい頃、洗濯機のない時代の話、お風呂を薪を割って沸かした話を、よく母が話していたものだ。「フーン。大変だったんだな。と思いつつも、私は新しい時代に生きて、新しく与えられた時間をどう使っていくかを考えるのよ。」ぐらいにしか思わなったものね((笑))。
世界を変えたジョブス氏の偉大さを自分のこれまでの人生の1コマ1コマで思い返すことができて、大変感謝してます。ご冥福を心からお祈りします。

