□『法のデザイン』(水野祐 著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4845916053
からの抜粋。
()つきのページは引用ではなく要約(あるいは固有名詞)的な抜粋
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大切なことは、ルールは時代とともに変わっていく/変わっていくべきという認識と、ルールを「超えて」いくというマインドである。ルールを超えていくことは、ルールを破ることを意味しない。ルールがどうあるべきかということを主体的に考えて、ルールに関わり続けていくことを意味する。ルールを最大限自分寄りに活かすことは知性の証明に他ならない。
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社会にこれまでにない、新しい価値を実装せんとするイノベーターは、いつの時代も孤独なものである。本書はそのような、さまざまな分野に潜在するハードコアたちに向けて書かれている。本書を通して、法を主体的に捉えることができる人が一人でも増え、社会に「リーガルデザイン・マインド」が醸成されていくことを期待している。
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現実と法の乖離は、法律や契約の文言の解釈に、いわゆる「グレーゾーン」と呼ばれる「ゆらぎ」をもたらす。現代は、現実と法の乖離、グレーゾーンの解釈がもっとも難しい時代であり、おもしろい時代だということでできるだろう。
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創造性やイノベーションを促進または加速するための潤滑油のように法を捉え、そのような視点で上手に設計することはできないだろうか。
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アーキテクチャ:物理的、技術的な環境
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米国の法学者ローレンス・レッシグは主著『CODE』のなかで、人間の行動や社会秩序を規制する要素を「規範・慣習」「法律」「市場」に加えて「アーキテクチャ(あるいはコード)」という概念を使って整理した
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アーキテクチャの特徴は「いちいち価値観やルールを内面化する必要がない」「人を無意識のうちに操作できる」
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情報化社会においては、アーキテクチャによる制度設計と法による精度設計、特に多様性、柔軟性を内包した法(ここでは法律よりも柔軟さを有する契約が大きな役割を果たす)による制度設計とのグラデーションのある、複合的な設計と協働により組み立てられていく必要がある。
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コモンズという「余白」
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創造性やイノベーションの本質は、文化人類学者レヴィ・ストロースが言うところの「ブリコラージュ」(相互に異様で異質な物事が出会うことで新しい「構造」が生まれるという意味)にあり、創造性やイノベーションの非予定調和的な性質は体系化に馴染みづらいと私は考えている。一方で、創造性やイノベーションが生まれやすい、確立を高くする環境や土壌を創出することは可能である。
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コモンズは、他分野からの参入障壁を破壊し、価格や品質をコモディティ化することで、その分野の境界を融解し、創造性やイノベーションを促進するのである。
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安全性・信頼性という価値と創造性・イノベーションの促進という価値の利益衡量やトレードオフの関係は、現在さまざまな場面で振り子のように、形を変えて立ち現れる。
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私の個人的見解としては、あらゆる情報がオープンになるべきとは考えていない。デジタル時代においては、ハードウェアとソフトウェア、アナログとデジタルの境界が融解し、曖昧になり、複雑化していっる。そのような時代にあって、3Dプリンターのような新しい技術と知的財産権の関係性や、オープンとクローズド(権利保護)のどちらが当該情報にとってよいのか、どちらが社会にとってメリットがあるのか、オープンとクローズドの両者のバランスをいかに図るのか、その見極めがますます重要になってきている。
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法律によるコモンズの確保という観点から、もう一つ私が適切だと考えるのは、著作権制度を抜本的にリフォームするというものである。その一つは、「禁止権」を中心とした著作権制度から「報酬請求権」を中心とした著作権制度にリフォームするものである。
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高度情報化社会は、「法の遅れ」を前提として、有史以来もっとも現実と法律の乖離が大きい時代であり、また、私たちが日々交わす利用規約を含む契約が大量化・複雑化している。そのようななかで、創造性やイノベーションの源泉である「余白」=コモンズをいかに法やアーキテクチャの設計や協働を通じて確保することが重要なのかについて述べてきた。
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このような情報化社会において、法律や契約を私たち私人の側から主体的にデザイン(設計)するという視点が重要になる。「リーガルデザイン(法のデザイン)」とは、法の機能を単に規制として捉えるのではなく、物事や社会を促進・ドライブしていくための「潤滑油」のようなものとして捉える考え方である。
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私たちはそろそろ、「法令遵守」に代わる新しいコンプライアンスの訳語を発明する必要がある。その新しい訳語は、リーガルデザインの概念とも相似するのではないだろうか。
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短期的な視点に基づく著作権の過剰な強化は、一部の権利者を利することはあっても、音楽文化を衰退させ、著作権法の目的である「文化の発展」に反する結果を招来することはすでに自明である。
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そもそも、音楽に限らず、なんらかの創作的行為がゼロから何を生み出すものだという前提に、私は懐疑的である。クラシック音楽ですら、楽譜というソースを後の解釈者が各々に翻案していくという二次創作の文化である。
(89)
「Musicity」
その場所に行けば無料でその場所に因んだ音楽をストリーミングで聴くことができる。
(97)
ブライアン・イーノ「Reflection」二度と同じ音楽は流れない
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この〔音楽に関する権利の帰属や収益の配分に関する〕見直しは、それぞれ実は、文化的な価値がどう作られるのか、異なる文化的な価値がどこからくるとわれわれが考えているのか、異なる文化的な価値の相互関係はどういうものなのかということに関する、新しい見方なのである。だからこれらは最終的には、「オレはいくらもらえるの?」というつまらない問いではないのだ。ーブライアン・イーノ「音楽の共有」
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音楽を「所有」という概念や「聴く」という行為から解き放つこと。音楽の送り手と受け手の境界が曖昧になり、音楽が都市、空有感、そして生活により溶け合っていくこと。非常に抽象的だが、そのように「音」をより広い意味で「楽」しむことの先に、より豊かな音楽文化が広がっているのではないか。
(106)
YouTubeではコンテンツIDという機能があり、著作権者は自身のコンテンツを登録することによって、違法アップロードがあった場合は通知を受け取れるのだが面白いのは、その際の選択として「削除」と「黙認」の他に、動画に広告を表示して自らの収益にすることができるという選択肢があるということだ。
(108)
初音ミクはイラスト部分はオープン化されているが、ボーカロイドとしての音声ソフトウェア部分は、しっかり権利保護されたプロプライエタリなソフトウェアで、そこでマネタイズがされている。
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インターネットにおけるパロディやUGCの隆盛の果てに、「放置」または「黙認」モデルが定着するのか、ライセンス契約モデルが増えていくのか、はたまた日本においてはパロディに関する法改正やフェアユース規定が導入されることがあるのか。個人的には、コンテンツIDやブロックチェーン技術など、技術的なアーキテクチャが発達していけば、アーキテクチャとの協働を前提として、ライセンス契約モデルがスタンダード化していくと予想する。
(123)
コミケでの「当日版権システム」。これは、フィギュアや模型などの展示即売会に合わせて、時間、場所等を限定した、簡易な著作権、商標権、商品化権などのライセンス制度である。
(124)
いとうせいこう『親愛なる』
読者によって内容を変えるパーソナライズ小説
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フランスでは、いわゆる「追求権」という権利が法律上認められている。追求権とは、オークションあるいは仲介者を介して行われる取引において支払われた金額の一部を美術作品の著作者が受け取ることができる譲渡不能かつ放棄不能な経済的な権利のことをいう。
(147)
「Startbahn」ネット時代におけるアートの統合型プラットフォーム
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アーキテクチャに対抗するための「余白」としてのフェアユース
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戦前のドイツや明治時代の日本においては、写真の権利が被写体に帰属する法律が制定されていたことがあったという。
(167)
ゲルハルト・リヒター 『Betty』
(170)
ダグ・リカード『A New American Picture』
(174)
新津保健秀『\風景』
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ファストファッションはファッションにおけるフリーカルチャーの恩恵をユーザーやコミュニティに市場に還元する意思とその仕組みがないことこそが問題なのではないか。
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二次利用を許すことは鑑賞者・利用者の「エンゲージメント」を高めることにつながる。「エンゲージメント」とは、本来「約束」とか「従事・雇用」を意味する語であるが、インターネット上のサービスやコミュニティにおいては「愛着」や「共感」といった意味で使われる。
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西洋音楽はなぜ楽譜という形で伝承されるのか。演劇はなぜ戯曲という形で残されるのか。日本舞踊の伝達方法が口承で行われるのはなぜか。これらはあえて偶然に他分野からの混入の「余白」を残すためのチャンス・オペレーションなのではないか。
(249)
コカ・コーラの成分配合やGoogl検索のアルゴリズムは特許を取らず秘匿するという戦略がとられている。
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鈴木健「なめらかな社会」
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人々の生活や暮らしは円滑に、スムーズに進むかもしれないが、そのような「ゆらぎ」「余白」の少ない(少なくなりやすい)社会が人間にとって幸せな社会なのかわからない(もちろん人間にとって幸せなのかはもはや重要ではないかもしれないが)。「なめらかな社会」における余白の確保のために、アーキテクチャを柔軟に設計することや、柔軟性を確保しやすいアーキテクチャを法律や契約により実現できるよう制度設計するなど、法律や契約を、アーキテクチャとの絶え間ない行き来とバランスのなかで柔軟に設計し、解釈・運用していくことがこれまで以上に重要になるように思われる。
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「アート」や「クリエイティブ」はたまた「カルチャー」といった言葉を発した瞬間に、何か特別なことのように人々の関心が離れていく瞬間を数多く目撃してきた。本書は、デザイン思考を持ち込むことにより法に潜むポジティブな側面を炙り出すことを第一の目的としているが、私のなかで通底するもう一つのテーマは、文化がいかに経済と地続きであり、有用かつ不可欠な視点であるのか、ということを法的な視点から提示するという試みであった。これは控えめに言っても深淵なテーマであるため、本書における私の取り組みもおそらく失敗しているだろうが、私はこのトライを続けていくのだと思う。
□オフィシャルWeb(フィルムアート社)
http://filmart.co.jp/books/society/business/legaldesign/
□著者ブログ