
ブルー ブルームより
以下転載
とある経営者が「大谷翔平は凄いけれども、たかが野球であり、単に娯楽であって産業や日本の将来になんの価値もないから大谷に娯楽以外の価値はない」というような意味の発言をしていたが、これは違うので書いておこう
哲学者の西田幾多郎は「善とは何か」を考えた結果、「善とは個の本分を開花させること」という結論に至った。
例えば「薔薇」が薔薇を全うし「百合」が百合を全うするのは「宇宙的に絶対善」なのである。
自然の法則というのは存在するマテリアルの個性や性能が十全に発揮されて調和し生長するのを「善」とする。
そして、天分を開花させるモノが存在する「善環境」は、そこに住む人々や空気やエネルギーに「善の連鎖」を与える。
風水で部屋に活け花をあると空間全体に命を吹き込むと言われるのは、まさに「花」の天命開花の善の作用である。
また旬の植物というのも「天命開花の善」であるので旬の食材を食べるのも命を取り込むことになる。
これは外観とか栄養学の話では無く、「内在する根源力」の話である。
さて、大谷翔平が力の出し惜しみをせず、花のように全力で「たかが野球」の天命を開花させることは「宇宙的に善」なのだ。
そして大谷のように「天命を開花」させている者が存在する場所、環境もすべて力を得て「善の循環現象」が発生するのであります。
つまり、大谷翔平の本質的な意義は、彼が圧倒的なパフォーマンスをすることで人々に元気を与えることや経済効果というような目に見えることではない。
大谷が「天分を開花」することによって環境に「善の循環」を発生させることが大何翔平の存在意義なのである。
大谷翔平が奇跡のような物語を引き寄せている秘密も「天命開花の善の循環作用」にある。
また「善」とは「清潔」であり「美」であり「美しい旋律」でもある。
「国家の品格」の著者の藤原正彦によれば、天才は、人口比率に比例して、あらゆる場所で生まれる訳ではなく、ある一定の場所に集中して生まれるらしい。
その一定の場所はどんな場所であるか調査すると、
例えば「整備された田園」や「美しい歴史ある建物が存在」するような
「美の存在する土地に天才は生まれる」そうである。
けっして、馬糞や人糞の匂いが充満する不潔な土地や倒壊した家を放置するようなカオス充満の土地には天才は出現しない。
これとよく似た話で、非常に懇意にさせて頂いている有名な彫刻家の先生が以前、私に言われたことであるが、
「街に飾られた彫刻を修繕しない地域は文化水準が低いのでけっして発展しない地域である。」という持論を展開され、私も非常に感銘を受けた記憶がある。
これも「善」の循環作用である。
故に「部屋や自分の身体を清潔にする」とか「ゴミ拾いや除草や補修環境美化」も「善の行為」となり、時間空間および運に「善の循環」を発生させるので無駄な労力ではなく、そこに住む人々の運命に良い影響を与えるのでエネルギーや波動的に非常に善なる有意義な行為であります。