2023年の10月にステージ4の咽頭癌があることがわかり、11月に舌と声帯を含む喉頭部すべてを除去し、除去した部分には自身の腹部の皮膚を移植する手術を癌治療を専門とする東京都江東区の病院で行ないました。この手術の結果、声が出せず、食事はサラサラした液体を流し込むだけとなりました。また、この癌の転移のリスクを低減するため、2024年の1月から、癌があった辺りに、7週間連続の放射線照射と同時に点滴を用いた化学療法からなる2つの抗癌治療を受けて、2024年3月上旬に退院の運びとなり、癌治療はいったん中止となりましたが、残念ながらその夏にはCT検査で肺への癌転移が見つかって、3カ月ほど、2週間に1度、通院による抗癌剤オプジーボを点滴する化学療法を受けました。幸い、肺に映った癌の影は縮小し、回復は順調のように見え、また、抗癌剤治療はいったん停止しました。経過は順調のようにみえましたが、2024年の12月に頭部、特に左目の奥に強い痛みが起こりました。癌治療を実施した江東区の専門病院の医師に訴え、CT、MRI、髄液を取る検査などを行ないましたが、その原因がなかなか見つかりませんでした。このような状況下、自宅で苦しみもがいていましたが、左目の上部から上頭部にかけて疱疹が現れました。その症状から、痛みの原因を帯状疱疹と診断して入院して経過をみる処置となりましたが、疱疹がひいた後も、左目に動眼神経麻痺というしびれと左目の焦点がなかなか定まらないという後遺症が残り、さらに首を起こすとにぶい痛みを感じていたのですが、これらの症状はすべて帯状疱疹の後遺症とされていました。さらに、2025年1月末に、目が覚めて首を動かそうとすると猛烈に痛みが走る事態となりました。首を動かせない、回せないという状況は、まさに鞭打ちのような状態でしたので、自宅近くの整形外科に行ってレントゲンを受け、診てもらいましたが、単に「筋肉の緊張」と診断されて、湿布と痛み止めの処置が続きましたが、一向に改善が進みませんでした。実は後に癌の頚椎への転移によって引き起こされていたことが判明するのですが、それが分からないまま、半年ほど痛みに耐え、週にその整形外科でマイクロ波照射をするというリハビリを続けました。
 そうして、半年ほど首を起こせない痛みに苦しんでいましたが、2025年8月末、江東区の病院でのCT検査などで、体を起こしたときに痛みが抜けないのは、頸椎への癌の転移による頸椎亜脱臼によるものであり、頚椎自体が崩れかけていて痛みを生じていたこと、さらに補強するために手術が必要であることとわかりました。全身へ巡らされている神経を保護している頚椎が癌に侵されていたことが分からずに半年以上経過していましたが、頚椎を補強する外科手術は、江東区の癌専門病院では行なうことができないため、その手術ができる千代田区の病院に2025年9月に転院して頸椎を金属(チタン)と自身の腰骨で固定する手術を受けることにしました。その手術は2025年9月16日に行なったのですが、この手術後数日して術部に炎症が生じたため、9月29日に後頭部の傷口を開けて内部を洗浄する再手術を行ないました。2回の手術後はしばらく、頭部に猛烈な痛みが生じるものでしたが、モルヒネやペンタニルといった合成麻薬の助けにより、痛みは多少あるものの睡眠することも数分は首を起こすこともできるようになりましたが、首をこれまでのように普通に傾けることはできないようになり、安全のため、強度があるカラー(首のコルセット)を首に装着することになりました。このような経緯で、頚椎への癌転移によって生じた痛みに対処するため、モルヒネや合成麻薬であるフェンタニルなどの痛み止めが手放せない、緩和医療の生活を送ることとなりました。
 私は会社勤めをしていて休職して治療を行なっていましたが、入院中の2024年1月に治療に専念するため会社を辞めて、引退生活を送るようになりました。現在(2025年11月)も痛み止めが手放せず、体を起こして作業をするとすぐに体力が尽きて横になって休む毎日を余儀なくされていますが、なんとか和みのある毎日を送りながら、気づいたことなどをブログに書き留めていきたいと考えました。幸い、調子が良いときは、短時間であれば外出もできるまでに回復してきております。