医療や介護の現場で本当に大切なのは、結局「給料の良さ」ではなく「その人の人間性」と「理不尽に動じない強いメンタル」なんだと思います。

 

過去の痛ましい大口病院点滴事件や最近では千葉の助産師の点滴事件をはじめ、介護士さんよりずっと高額な給料をもらっている看護師さんや、さらに高給な医師であっても大きな不祥事を起こしてしまう現実があります(検体の方々をバックに笑顔で写真を撮り、SNSに載せるような事例すらありますよね)。「給料をもっと上げれば不祥事が減るのか?」というと、決してそうではありません。お金だけでは解決できない根深い問題だと感じます。

人手不足に関しても「成り手がいない」「すぐ辞めてしまう」という2つの理由がありますが、これも最後は働く側の人間性とメンタルの問題に行き着くのではないでしょうか。これはどの業界でも同じかもしれません。

 

そして何より現場で一番大切なのは、利用者様との関係性です。「お世話してあげている」という横柄な気持ちが少しでもあると、適切なケアができなくなり、虐待やグレーゾーンの関わりに繋がってしまいます。利用者様から信頼される姿勢こそが、プロとしての本当の土台です。

 

ちなみに、職員同士の仲なんて極端な話、悪くたっていいんです(笑)。もし無視されたら「〇〇さんに無視されたのでできませんでした」と冷静に上司に伝えればいいだけ。粘り強く静かに持久戦に持ち込めば大丈夫。最後に勝つのは、いつだって「利用者様と良い関係を築いている職員」です。

 

最後に、ご家族や関係者の方に伝えたいのは「派遣のスタッフさんが異常に多い施設」は慎重に見極めてほしいということ。正規職員が定着しない背景には、特定のベテランが幅を利かせていたり、組織自体が腐敗していたりする構造的なリスクが隠れていることが多いからです。ぜひ施設選びの参考にしてみてください。

 

スポンサーの意向に左右されない個人が発信するX(旧Twitter)は、偏向報道を繰り返す既存メディアと違って情報に偏りがなく、現代における情報の中心となりつつある。ネットを通じて人々が真実を見極めるようになれば、これからの日本は少しずつ良い方向へ向かっていくはずだ。

 

 

テレビの不誠実さは昔から変わらない。例えばあるプロ野球選手の報道では、本人が言ってもいない高圧的な言動に捏造されたり、普段「僕」と話す選手なのに、テレビのナレーションでは『ワイがやったるで』等勝手に荒々しい口調へ改変されたりしていた。また最近のクマ出没に関しても、テレビは単に「ドングリの凶作」と説明するが、そんなものは昔からあったはずだ。真の問題は、山を削って風力や太陽光発電施設を強引に建て、クマの生息地を奪ったことも理由だろう。メディアはこうした不都合な真実を語ろうとしない。パンダパンダと騒いでいないで、日本のヒグマやツキノワグマをもっともっと報道しないのは何故だろう。

 

こうした現象の背景には、現代文明全体の「必要以上の肥大化」と「安易な快適さへの依存」があると感じる。それは乗り物の装備にも表れており、例えばバイクのオートクルージング機能などは「快適」と謳う反面、ライダーに必要な緊張感を奪い、かえって危険を生む。生身で走るバイクに求められるのは、快適さではなく絶えざる緊張感なのだ。

 

この「緊張感の欠如」は教育や医療の現場でも懸念される。看護師のように人の命や運命を左右する職業において、努力不足で退学になるなら自業自得で済むが、勉強不足や再試続きの学生をうやむやに進級・卒業させて現場に出すことこそが最も恐ろしい。責任と緊張感が伴うからこそ高い対価(給料)が発生するのであり、適当な甘やかしは現場や患者を苦しめることになる。

 

技術の過剰な発達、真実を伝えないメディア、そして責任感を曖昧にする社会構造。こうした時代の歪みに惑わされないためにも、テレビは天気予報と株価などの客観的データを確認する程度に留め、自分自身の目で本質と緊張感を持って生きることが大切だと感じている。

前からずっと思っているし、今でもどうしても納得がいかないことがある。

なぜ、犯罪をわざわざ「クレプトマニア」なんてカタカナの綺麗な言葉で言い換えるのだろうか?

医学的な病名だなんだと理屈をつけても、やっていることは普通に「窃盗罪」だ。

😡社会問題にすり替えるな😡

ニュースや特集番組を見ていると、まるで「社会や病気が原因の被害者」であるかのように語られることがある。

だが、社会問題にすり替えないでほしい。

実際に商売をしている人たちが、それによってどれほど多大な迷惑と損害を被っていると思っているのだろうか。

たったひとつの商品を盗まれるだけで、どれだけのお店の利益が吹き飛び、現場の人間が精神的に追い詰められるか。「病気だから仕方ない」「心が病んでいるから」で済まされたら、死活問題で店を張っている側はたまらない。

報道のせいで「普通の感覚」が麻痺していく

テレビを見ていると、時々自分の感覚のほうが間違っているのかと錯覚させられそうになる。

加害者の生きづらさや境遇ばかりにスポットを当て、共感を誘うような演出。そんな報道を繰り返し見せられているうちに、世の中の「普通の神経感覚」が少しずつ鈍らされていくのが本当に恐ろしい。

世の中のほとんどの人は、どんなにストレスがあろうが、生活が苦しかろうが、自分の理性と倫理観で自分を抑え、真面目に生きているのだ。

「悪いことは悪い」。

シンプルな話であり、そこに余計な言い訳や免罪符はいらないはずだ。

犯罪者を擁護する論調が、世の中をおかしくする

罪の本質を横文字でオブラートに包み、加害者側を擁護するような報道がまかり通るから、世の中の倫理観がおかしくなっていくのではないだろうか。

病名で罪をうやむやにせず、被害を受けた事業者の立場に立つ。

この当たり前の「普通の感覚」を社会が取り戻さなければ、ルールを守って真面目に生きている人間ばかりが損をすることになってしまう。

 

万引きをくり返した者が、精神疾患とか辛い競技生活云々語るが、その前に店への謝罪が先だろう。テレビに出てもそれが言うのが筋だろう。 当時、クレプトマニア報道を見てた自分は、いい大人が何を言ってるんだと思い、チャンネルを変えた。今でもその考えは変わらない。