今日は俗にいうブラック企業とホワイト企業について考えてみたい。
”あなたはどちらの企業で働きたいですか?”
この質問に対して「私はブラック企業で働きたいです!」という人は中々いないのではないか。
もちろん世の中にはいろんな人(好きなヒロインはニナ・紫豚ですとか言う)がいるので皆無とも言えないけども…
大概の人はいわゆるホワイト企業で働きたいと思うはずだ。
ではブラックとホワイト、両者を分ける条件とは?
・給与
・残業時間
・人間関係
・社会保障
・仕事内容
一般的なところだとこんなとこだろうか。
今回はこの中でも自分が特に重要と思う、給与と仕事内容の2つにフォーカスしてみたい。
やっぱり、両立できるのが理想ですよね
楽しいことやって、お金いっぱいもらえて…
ただこの2つを両立させることは、とてもとても難しい。
例として、シャチが大好きだ!シャチに携わる仕事がしたい!となると
研究者、飼育員、ウォッチングガイドくらいか。
この中で両立できるのは研究者くらいではないか。
そしてその門は、非常に狭き門ときてる。
研究者というのは、学生のころから進路を定め必死に勉強して論文を書き、
大学院まで卒業したとしても希望の分野を研究できる可能性はとても低いそうだ。
そりゃそうだ、シャチという一種類を研究するのに100人200人も人手は必要ない。
では他の2つは??
・飼育員:狭き門な上給料も安い休みも少ない、希望の生物担当になれるかも分からない
・ガイド:秘境(つまり大自然)に住む必要がある、給料安い
どうだろうか、凡人を思いとどまらすには十分すぎる事項がいくらでも見つかる。
そう、好きなことに直に関わる専門的な職業に従事するには、
”著しい努力”や、”生活に直結する要素を捨てる”ことが求められる。
やりたい事で飯を食うには、人とは違う何かを持たなければならないのだ。
”夢は必ずかなうよ。誰だってかなえられる。ただかなう代わりに、他の何を失っても文句を言うなよ”
オレの好きなある詩人が言った言葉です。
昔に比べ、今は労働環境が随分改善されてきた。
加えて娯楽があふれる現代社会。
そこそこの賃金で、ホワイトな環境の会社で雇われ、穏やかな日常を過ごせるような世界になってしまった。
インターネットが世界中を繋ぎ、それをスマホという体の一部で体感できるようになり、我々は無限の情報を得ることができる。
ただそれは同時に、人生の選択肢を昔とは比べ物にならないほど膨大にしてしまった。
自分自身の意思での人生の取捨選択を迫られる。
選択肢は多ければ多いほど本当に欲しいものが見えづらくなる。
懐古主義と取られるかもしれないけれど
昭和初期に産まれ、高度経済成長期を支え、バブルの甘い汁を吸いながら死んでゆく。
まだそれほど選択肢が多くなく、目の前のことをがむしゃらにやれば社会との一体感を得られた時代。
個人が持てるデバイスなんてものはなく、その一瞬一瞬を生身で楽しんでいた時代。
そんな時代に産まれた方がどれほど楽だったろうか。
たまに思ってしまいます。
だいぶ脱線した気がするが、話を元に戻す。
給料と仕事内容の両立って話だったか。
ええと、つまりね。よっぽど実力があるか、運がいいか、じゃないとこの二つの両立はできないよ。
なぜなら、社会はピラミッド構造だからだよ。上に行けば行くほど枠は少なくなるよ。
文字が読めて算数が出来るようになった直後から今まで、ぼーっと生きてきたやつに上のスペースへ入る資格なんてないんだよ。
だから皆さん、今時日本でサラリーマンなんてやってる時点で両立は無理です。
やりがいをとるか、給料をとるか、自分の中で重要だと思う方を基準に考えましょう。
そうすればあなたにとってのブラック&ホワイトを判断する事が、随分簡単になるんじゃないですかね。
”どの道を歩いていこうと 君は君のその人生を 受け入れて楽しむ他ない 最後には笑えるように”
その時にっこり笑って死ねるよう、地に足付けて、今を生きようぜ。