ザ・グレート・ブログ

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興奮冷め止まぬ翌日レポート

 

ただただOasisの圧倒的なカッコよさに酔いしれた90分だった

当時バンドの絶頂期だったOasisが、2日間で25万人を動員したという伝説のライブ

本人たちと当時の観客達のコメントと、ライブ映像を織り交ぜて構成されていて、当時の雰囲気が凄く伝わってきた

 

Oasisは大好きで昔から聞いてるんだけど、あのカッコよさはなんだろうね

最高の曲と最高の音と最高のパフォーマンス(リアムの振舞いなんか正に)

特に音、なんかこう音の壁がグワっと覆いかぶさってくる感じ

ノエルのシンプルだけど耳に残るリフやソロ、リアムの突き抜けた歌声、個性豊かなバンドメンバー(ボーンヘッドの顔とか最高)

ドキュメンタリーだからライブ映像が小間切れになるのは仕方ないけど、劇場でライブ映像をフルでやってくれたらまた行っちゃうな

 

観客のコメントで印象に残ったのは

「当時は携帯なんてまだ無かった。自分の居場所や食事を人に知らせることよりも、今自分が何をしているかがより重要だった。」

これは刺さりますネ

ライブに限らず花火やショーなんかでも半分以上の人がスマホを構えている

これじゃ自分に見せてるのかスマホに見せてるんだかわかったもんじゃない

海外の最近のライブなんか見てるとみんなスマホで撮ってる撮ってる

そういう意味じゃ日本のライブはまだ救われてるんかな?禁止されてるからね

 

公演から25周年経ったということで、この映画が製作されたそうだけども

関連商品が色々と発売予定であります

基本は本編映像と2日間のライブフル映像で

 

・1BDに全編収録

・2DVDで分けて収録

・1DVD(本編)+2CD(ライブ音源)

・レコード3枚組(ライブ音源のみ)

 

レコードはとりあえず予約しちゃったけど

映像も欲しいなあ…なんて悩む平日のまっ昼間でございます

今日のテーマは

 

ツラい…

しんどい…

もうまぢムリ…

 

な時に見ると元気が出る又は、救われる?映画について考えてみよう

 

よく「疲れた時にお勧めの映画教えてくださーい」みたいな質問があるけども

これは難しい質問だよねえ

 

一言に疲れたと言っても色々あるわけで

仕事が辛い・・・ 家庭が辛い・・・ 失恋した・・・ 死にたい・・・etc

キリがないのである

さらにはその人の好みに合わせても映画の用法用量は変わってくるわけで… 

 

だから今日はオレの、オレによる、オレの為の映画を紹介したい!

人の好みなんざ知ったことか!!ザマーミロやーいやーい!!!

 

というわけで一つ目は~

死にたくなった時に見る映画~! 

 

いきなり重いです。

でもね、これは勢いで行った方がいいし、死にたい気持ちを忘れさせてくれれば趣味として勝ちです

作品は、はいコレ!!

 

生きる 1952年公開

監督:黒澤明

主演:志村喬

 

はい、ベタですね。

でもこれが劇薬並みに効くんだな

内容は、いわゆる役所勤めの無気力おっさん(志村喬)が、がんで余命宣告され残りの人生を

どのように使ったのかという話

要望をたらいまわしにされまともに取り合ってもらえない住民たちの願いを聞き入れ、人が変わったように奔走し、

最後にはやり切ったという後悔の念が一切感じられない表情で最後の時を迎える

はっきり言って泣けます←これ大事

泣くということは人間にとって、ストレス解消に非常に効果がある行為なんだそうだ

 

主人公が余命宣告され自暴自棄になり、しかしそれを乗り越えて残された日々を必死に生きているところを見ると

「なんだ死ぬなんていつでもできるじゃん」

「なんか自ら死ぬなんて勿体ないな」

「そうだ、死ぬのはもっと自分の限界が来た時にしよう、今日はもう寝て明日からもっと生きてみよう」

と思わせてくれるのです

 

では2つ目

人間関係に疲れた時に見る映画~!

 

日常のストレスはほぼこれですね

ストレス過多の現代社会、乗り切るためには強引なが必要です

作品はコレだっちゅーの!!

 

コマンドー 1985公開

監督:マーク・L・レスター

主演:アーノルド・シュワルツェネガー

 

続けてベタですねどうにも

ま、いっか みんな大好きでしょ!

説明不要のアクション超大作

娘を誘拐された元コマンドー隊員メイトリクス大佐が、その驚異的な肉体と戦闘力で憎きテロリストどもを千切っては投げ千切っては投げ…

ネット上でもカルト的人気を誇りある程度ネタ化されているので、見たことなくてもセリフは知ってるって人は多いのではないだろうか

やっぱこういうのだよね、人が嫌になったときは

シュワの理不尽なまでの圧倒的な力の前に人がごみのようにほうきでハわかれていく

嫌いなアイツもこの中にいればな…オレがメイトリクスなら首をへし折り椅子に座らせて、「ああ部長を起こさないで、死ぬほど疲れてるんです」なんてねフフフフフ…と妄想がはかどる事請け合いだ

 

会社でいじめられたとき、上司や同僚に殺意がわくような日は、定時ダッシュで家に帰り

ポップコーンとコーラを用意して再生ボタンを押そう

 

『一体何が始まるんです?』『第三次大戦だ』

 

ほいじゃ最後に3つ目

失恋した時に見る映画~!

 

これは問題です

人生お先真っ暗、なんでやねんなんで俺じゃダメやねん、アイツのどこがええんやー!!死んでやるー!!!

となる前に

作品はコレですわよ!!

JOKER 2019年公開

監督:トッド・フィリップス

主演:ホアキン・フェニックス

 

はいこれはね、なんか方向性間違ってね?って言われそう

失恋した後にこんなくらーい根暗映画見たら再起不能になって、まさかの自分がJOKER化し元カノにパニッシュしに行くみたいになっちまうんじゃ…

でもね、この映画の大きなテーマの一つに、[自分の悲劇は、他人から見れば喜劇だ]というのがある

主人公のアーサーを取り巻く状況はマジでドン引きするほど絶望の極みだ(詳しくはご覧になって)

それを自分に照らし合わせると最悪の気分になるわけだけども、そのテーマを聞いてオレは気づかされた

 

映画という媒体を通している時点で、どんな悲劇もエンターテイメントなんだということに

 

タイタニックのディカプリオが死んだ時も、泣きはするけどその涙は身近な人の死やもしくは自分に向けられるものとは違いますよね?

戦争映画なんかも、こんな悲惨な過去が…繰り返さないようにしないと…という感情100%で見てる人なんていないでしょう?

つまりね、JOKERという映画は、今のこの自分の吐き気がするような状況が、

[他人からすれば出来の悪い喜劇に過ぎない]

ということに気付ける貴重な作品なわけです

それでいくらか自分の事を第三者的な視点で見れるようになった後、EDで流れるフランク・シナトラ「That's Life」の歌詞で次へ進む力をもらえる

すばらしくポジティブな映画じゃないか!

 

とまあこんなとこでいかがでしょう

やっぱり映画っていいものですね

皆さんの、そばに寄り添ってくれる、依存できる、心の支えとなる、映画は何ですか?

 

 

 

今日は俗にいうブラック企業とホワイト企業について考えてみたい。

 

”あなたはどちらの企業で働きたいですか?”

 

この質問に対して「私はブラック企業で働きたいです!」という人は中々いないのではないか。

もちろん世の中にはいろんな人(好きなヒロインはニナ・紫豚ですとか言う)がいるので皆無とも言えないけども…

大概の人はいわゆるホワイト企業で働きたいと思うはずだ。

 

ではブラックとホワイト、両者を分ける条件とは?

・給与

・残業時間

・人間関係

・社会保障

・仕事内容 

一般的なところだとこんなとこだろうか。

今回はこの中でも自分が特に重要と思う、給与と仕事内容の2つにフォーカスしてみたい。

 

やっぱり、両立できるのが理想ですよね

楽しいことやって、お金いっぱいもらえて…

ただこの2つを両立させることは、とてもとても難しい。

 

例として、シャチが大好きだ!シャチに携わる仕事がしたい!となると

研究者、飼育員、ウォッチングガイドくらいか。

この中で両立できるのは研究者くらいではないか。

そしてその門は、非常に狭き門ときてる。

 

研究者というのは、学生のころから進路を定め必死に勉強して論文を書き、

大学院まで卒業したとしても希望の分野を研究できる可能性はとても低いそうだ。

そりゃそうだ、シャチという一種類を研究するのに100人200人も人手は必要ない。

 

では他の2つは??

 

・飼育員:狭き門な上給料も安い休みも少ない、希望の生物担当になれるかも分からない

・ガイド:秘境(つまり大自然)に住む必要がある、給料安い

 

どうだろうか、凡人を思いとどまらすには十分すぎる事項がいくらでも見つかる。

そう、好きなことに直に関わる専門的な職業に従事するには、

”著しい努力”や、”生活に直結する要素を捨てる”ことが求められる。

やりたい事で飯を食うには、人とは違う何かを持たなければならないのだ。

 

”夢は必ずかなうよ。誰だってかなえられる。ただかなう代わりに、他の何を失っても文句を言うなよ”

オレの好きなある詩人が言った言葉です。

 

昔に比べ、今は労働環境が随分改善されてきた。

加えて娯楽があふれる現代社会。

そこそこの賃金で、ホワイトな環境の会社で雇われ、穏やかな日常を過ごせるような世界になってしまった。

インターネットが世界中を繋ぎ、それをスマホという体の一部で体感できるようになり、我々は無限の情報を得ることができる。

ただそれは同時に、人生の選択肢を昔とは比べ物にならないほど膨大にしてしまった。

 

自分自身の意思での人生の取捨選択を迫られる。

選択肢は多ければ多いほど本当に欲しいものが見えづらくなる。

 

懐古主義と取られるかもしれないけれど

昭和初期に産まれ、高度経済成長期を支え、バブルの甘い汁を吸いながら死んでゆく。

まだそれほど選択肢が多くなく、目の前のことをがむしゃらにやれば社会との一体感を得られた時代。

個人が持てるデバイスなんてものはなく、その一瞬一瞬を生身で楽しんでいた時代。

そんな時代に産まれた方がどれほど楽だったろうか。

たまに思ってしまいます。

 

だいぶ脱線した気がするが、話を元に戻す。

給料と仕事内容の両立って話だったか。

ええと、つまりね。よっぽど実力があるか、運がいいか、じゃないとこの二つの両立はできないよ。

なぜなら、社会はピラミッド構造だからだよ。上に行けば行くほど枠は少なくなるよ。

文字が読めて算数が出来るようになった直後から今まで、ぼーっと生きてきたやつに上のスペースへ入る資格なんてないんだよ。

 

だから皆さん、今時日本でサラリーマンなんてやってる時点で両立は無理です。

やりがいをとるか、給料をとるか、自分の中で重要だと思う方を基準に考えましょう。

そうすればあなたにとってのブラック&ホワイトを判断する事が、随分簡単になるんじゃないですかね。

 

”どの道を歩いていこうと 君は君のその人生を 受け入れて楽しむ他ない 最後には笑えるように”

 

その時にっこり笑って死ねるよう、地に足付けて、今を生きようぜ。