我が家は住宅街に有ります。
ご近所さんにはご老人の方や子供(赤ちゃん)も沢山の方がいます。
以前からバイクの音を気にしてたけど近所の人に頼まれて忠告してきた。
頭の悪そうなビクスク乗りのお兄ちゃんがマフラーを変えて爆音にしてあるバイクに跨っていた。
自分はニコニコしながらお兄ちゃんに近づいてカッコイイバイクだねと声をかけた。満足げなお兄ちゃんの顔。
その瞬間、バイクの鍵を抜いて放り投げてやった。
ポカーンとした顔と怒りの顔が出てきた。
なにすんだよ!!とお兄ちゃんが言った瞬間に俺の手で往復ビンタ。
殴りかかって来たお兄ちゃんに更に往復ビンタ。
俺はお兄さんに、ここら辺は住宅街でご老人や子供も多いからバイク乗りなら考えろと一言、ゆる~い感じではなした。ご近所さんの人も出て来て俺の昔の話をお兄さんにしてくれた。彼(俺)も昔はバイクに乗っていたんだよ。だけどね彼はバイクの音がうるさいからガソリンスタンドまで押して行って暖気運転とかしてたんだよねぇと。そんな彼の姿を見て近所のバイク乗りは住宅街を抜けるまで押して歩くようになったんだよとお兄さんに話してくれた。
お兄ちゃんは何も言えなくなったみたいで顔を真っ赤にしてた。
これで静かになるでしょう。次にやったらシートを切り裂いて、カイワレ大根の種でもしこんでやる。

バイク乗りならカッコ良く乗って欲しいと思う。
久しぶりに先輩と昔の話をした。

お前の恐ろしい位の冷静さは異常だったなぁと。
お酒を呑んでも心の中は何故か冷静で常に何かに緊張してた。
皆が盛り上がってるから酔ったふりしてたけどね。
酒が入れば気も大きくなるし些細な事で喧嘩になってしまう事もあるんだけど自分は一歩引いて周りを見ながら呑んでるから何か有れば止めるのは自分の仕事。
女の子から親父に絡まれてるから助けてと連絡が先輩に来たら暗黙の了解で助けに行くのは自分の役目でした。
嫁さんは昔から行きつけの飲み屋の一人娘なんで若い頃の自分を知ってる数少ない人物。
嫁さん曰く酔ってる所を見た事が無いと。何時もCDとかおもちゃを持って大きいバイクに乗って来る不思議な男だったらしい。
昔は飲酒運転も今ほど厳しくなくてバイクで飲み屋めぐりをしてました。
バイクは隼の初期型の北米仕様のフルパワーです。
ぐでんぐでんに酔っては運転なんて無理な凶暴なバイクです。
でも自分は酔っていないから呑みが終わった後に自分の部屋に戻り箱根に行く準備でバトルスーツに着替える。ルートは決まっていました。国一を軽く流して新湘南バイパスに向かう。
ここからが本番。時間も午前2時とか3時じゃないと危なくて無理なスピードでバイパスを流す。真冬なのにメーターのスピード計を確認すると背中に冷や汗が流れる。
バイパスを下りて次は西湘バイパスに突入。前方に車や邪魔が無いのを目視してから一気にアクセルを回すと隼は物凄い勢いで走り出す。恐怖と緊張でバトルスーツの中は汗だらけでTシャツはびしょ濡れ。箱根新道も凄い勢いで登る。目指すは大観山パーキング。
ほぼ誰も来てない駐車場に隼を止めて缶コーヒーを飲みタバコに火をつける。
空を見上げると星がキレイだった。少しロマンチックな気分を味わいつつ帰りの箱根ターンパイクのオープンを待つ。下りは軽く流して江ノ島に向かう。冬の早朝の江ノ島が凄い好きだった。
江ノ島で休憩してるとバイク仲間からの携帯が鳴る。もう走り終わったと伝え皆が集まるナップスに向かう。仲間からはお前には着いて行く事が無理だと笑いながら言われる。笑顔で危ないからなと答える自分。今、考えると狂っている馬鹿な男なんだけど狂っていないと自分が自分じゃない感覚でした。鬼気迫る緊張感や刺激を常に求めていたんだと思う。音楽にしても同じだった。本番でも無い練習でスイッチが入ってしまい先輩が演奏を止める事も度々。
だけど、もうスイッチが入る事は無い。事故もきっかけだけど、もう違うんだと感じたから。
バイクに乗ってた頃は何時、死んでも良いと覚悟してたけどバイクを降りた今はもう少しは生きたいなぁと。狂っていたけど狂っていないと自分じゃ無かったなぁと。
うん。僕は30歳の時にバイク事故した西暦だと2000年の時です。
多少、体に障害があるけど生きてるので良いです。
音楽人間だった狂った様に音楽に没頭してた。
常に全力で心のスイッチが入ったまま日々を暮らして来てたので時に暴走したり誰かまわず気に食わないと殴りかかっていた。
でも事故で全てが終わってしまった。
馴染みのBARにも顔を出していない。
セッションがあったりライブがあったりすると先輩方から歌いに来いと誘ってくれ頂いているけど、やんわりと断ってしまう。
事故してから何回かはセッションやライブに参加させてもらったけど現状での100%の力はだせても事故前の100%には程遠いのを実感して悔しいけど自分の思う100%の表現が無理ならライブに参加しても、それじゃカラオケと何ら代わりが無いので僕自身の音楽って活動は終わりにしました。残念だし悔しいけどね。
店に顔を出さない理由はバンド仲間や音楽系の友達しか顔を見ても名前が出て来ないからなんです。
事故前後、数ヶ月の記憶はほぼ消えてるし思い出せない。
時々フラッシュバックで事故の直前の記憶が蘇る時があるんだけどね。
歌う事を辞めるって決断した時は悔しい思いでいっぱいだったけどね。
記憶が戻らないのが苦痛かなぁ顔は覚えてるけど名前が出て来ない。
相手は僕の名前も覚えているのにね。
大した事じゃないかもだけど僕には少し苦痛で店に行くのを辞めてしまった。
心のスイッチも切れてしまった。心が折れたの方が近いかな?
何処かで終わりにしないと永遠に苦しいだけだからね。
僕にとっては音楽が人生だったし振り返っても音楽無しの生活って無いんだよね。全てが音楽だった。
でも後悔とかやり残したって感じでは無いんです。狂っていたけど常に全力だったし。
仲間と歩む道は変わってしまったけど僕は僕なりに歩んで行くから。
そして僕は笑顔だ。