宇多田ヒカル「花束を君に」から「忘却 featuring KOHH」 | 不可思議?

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不定期に面白い不思議ネタを書けたらいいな。

ちょっと前に宇多田ヒカルのTwitter

「盲目の祖母と、深刻な視力の病気(黄斑変性)を患う母を持った者として、今や世界中で視覚障害者の役に立ってるものが日本人の発想だったってことが嬉しい」っていうのがあって、彼女が瞽女(ごぜ)である祖母と浪曲師の祖父と天才歌手であり母である藤圭子をどうふまえているかが、肌に伝わってきてゾクッとして、この2曲をエンドレスで2時間ぐらい聞いたことがある。

 

言うまでもなく、宇多田ヒカルは天才だ。しかも、軽薄に使われる「天才」という言葉ではなく、本当に数少ない一人だろうと思う。怖いくらいに、ヤバいくらいに天才なのだとしみじみ思った。

 

ついさっき米津玄師の「Lemon」について書いたのだが、宇多田ヒカルはのような天才であればこそ、同じモチーフの反転世界である「光と闇」を抱きかかえることは必定なのだ。

 

この宇多田ヒカルの2曲は、どちらも死をモチーフにしている。

「花束を君に」が亡き母へのレクイエムなのだとしたら、やがて来る、そしていつもそばにいる自分の死を歌わざるを得ない。

 

 

 

 

♪普段からメイクしない君が薄化粧した朝

 始まりと終わりの狭間で

 忘れぬ約束した♪

 

「始まり」「誕生」だろうし、「終わり」「死」なのだろう。母は自分の起点であり、自分はまだ生きていて、つまりは「狭間」にいる。

 

♪毎日の人知れぬ苦労や淋しみも無く

 ただ楽しいことばかりだったら

 愛なんて知らずにすんだのにな♪

 

♪抱きしめてよ、たった一度 さよならの前に♪

 

もし、絵にかいたような満ち足りた親子関係であったなら、愛も憎悪も混沌とした言い知れぬ「思慕」なんか自覚しないで済んだんだよ。だから、自分の生のあり方を、それとは別次元の感謝を込めて、あなたに言いたいから、言ったのだから「抱きしめてよ」につながってくる。

 

サビの

 

♪花束を君に贈ろう

 愛しい人 愛しい人

 どんな言葉並べても

 真実にはならないから

 今日は贈ろう 涙色の花束を君に♪

 

は2番では

 

♪花束を君に贈ろう

 言いたいこと 言いたいこと

 きっと山ほどあるけど

 神様しか知らないまま

 今日は贈ろう 涙色の花束を君に♪

 

となるが、自分の生の実感が、死者とのディスコミュニケーションの前に阻まれているだろうという、きわめて現代人的な途絶を歌い上げるのだ。しかも、頭韻と脚韻を使って余情豊かに。

 

さらに、母から継続した生を、

 

♪眩い風景の数々♪

 

と歌う。眩さは美しさばかりではなくって、闇へ突き落される地獄そのものでもあることを自覚している。

こんな詞を、あの楽曲に乗せて、自ら歌うなんて天才しか出来っこない。

 

本物の天才だからこそ「光」を描けば、「闇」を目にしないわけにはいかない。眩い闇と黒々とした光。

 

それが歌われているのが「忘却 featuring KOHH」だろう。

これも「死」の歌だが、それは「母の死」であり「自分の死」だ。

 

KOHHの女性的で癖のある発音の静かな語り(ラップ)を聞いて思い出したのは、美術家の森村泰昌の声だった。名画や写真をモチーフにその中に入り写真作品を創作する彼の声だ。自分の外までタトゥで染め続ける彼の声だ。

 

もう一つ、森村泰昌を想起させたのは、宇多田ヒカルの『初恋』のジャケットだ。これ、だれが見てもフリーダ・カーロそのものじゃないか。

♪明るい場所へ続く道が

 明るいとは限らないんだ

 出口はどこだ 入口ばっか

 深い森を走った♪

 

この「A」音で踏まれた韻を、次のラップ部分では「O」音で返し、「I 」音につなげていく中で展開する苦海。最初のラップ部分で物語を示し、後のラップで

♪強いお酒にこわい夢♪

と歌った自身の現実のイメージを暗黒まで閃光のように語らせる。

しかも「メロス」「ゲロ」受けるなんて最高だ。

 

♪全部忘れたらいい 

 過去にすがるなんてださい

 もういらない♪

を、

♪カバンは嫌い 邪魔なだけ♪

と受けて、

 

生の世界を「入口ばっか」とと断じ、また、その世界を「暗い森」と表現し、出口をまさぐる。

 

♪生きてんのは死ぬ為♪

と語らせると、のびやかな高い澄んだ声で、天使のように

♪いつか死ぬとき 手ぶらがbest♪

と歌い上げる。

 

宇多田ヒカルは彼女の「折れた背骨」を自覚しながら天賦の才に覆いかぶさるように歌う天才だ。

ぎしぎしという、神殿の石柱がやがて崩れるその音が冬の砂漠の突風と共に吹きぬめるようだ。

閃光と正気の限界の色彩をともなって。