こうしてパパ活をやって、ネット記事やSNS、ブログをチェックしていると、段々と自分がこの世界に染まっていくのが分かります。その最たるものが、「PJ」とか専門用語を使うようになることです。
やっていることは同じくせに、自分はどこかで女性から疎まれるおじさんと一緒にされたくない。この界隈の当たり前にどっぷり浸かりたくない。そんなことを考えて、なるべく中立な状態でいるように心がけています。自分がそう思っているだけで、女性からしたら私もただのおじさんなのは分かっています。でも、気持ちだけはそうありたいのです。
何か中立でいるということなのかというと、男性側にも女性側にも特に肩入れしないということ。SNSをで論争が起きたり、揉め事があって炎上するような事案があっても参加しません。男性からパパ活についての悩みを相談されても、その人に問題があれば指摘してアドバイスします。女性も同様です。パパ活だけが趣味や生きがいにならないよう、他に趣味を楽しみ、交友関係を持つようにします。
そんな想いでいると、Xでパパ活アカウントをチェックしていると、かなりしんどくなってきます。男性は「PJにNS(ノースキン=生での性交渉)打診したらブロックされた」とか、女性は「今日顔合わせしたP、キモすぎて2回目はなし」といった言葉が並び、さながら汚染物質でよどんだ空間に身を置いているような気分に陥ります。
私が正気を保っていられるのは、縁あってお付き合いする女性を「PJ」に二文字で片付けず、1人の女性=人間として向き合うことを忘れないようにしているからだと信じています。ブログでは便宜上、伝わりやすいように「PJ」や「定期さん」というフレーズは使いますが、実際に女性と会うときに「PJさん」「定期さん」を口にすることはありません。それをやったら、もう完全に世界に染まりきったんだと思って、足抜けします。
そういう違和感のようなものを頭の片隅に抱えながらパパ活しておもしろいのか?と思われるでしょうが、やっぱり女性に会って話すのは楽しいし、男である以上、関係を持てればうれしいです。でも、誰でも良いわけではなくて、やっぱりしっかりとその人の容姿やスペック的なものではなく、性格、価値観、人柄、所作、醸し出す雰囲気まで見ていくと、長く付き合える人はやはり限られてきます。
いま東京に1人、大阪に1人とプロフィールには書いていますが、大阪の人はもう長く会っていません。おそらくこのままフェードアウトでしょう。毎月会うのは東京の女性だけです。彼女とは深い関係を持ちましたが、いまは買い物や映画・演劇鑑賞、食事デートが基本で、セックスは旅行に出かけたときしかしなくなりました。それがお互い無理なく、心地よい付き合い方なのでしょう。もうすぐ4年目に入ります。
なんだか威丈高に思われるかもしれませんが、パパ活をするにしても、最低限の超えてはいけない一線を踏むことがないようにしたいのです。顔合わせやデートでも、今までに騙されたことはたくさんあります。そういう話を顔わせですると、女性にいつも「そんなの、やさしすぎですよ〜」と笑われます。でもやっぱり、騙すような人はいずれ地獄を見ることになると信じているので、気にしないようにしてます。
取り留めのない話になりましたが、男性はPJを1人の女性として、女性はPを1人の男性として向き合ってほしい。単なる「P」記号の感覚で騙したり、貶めたりするのはやめてほしい。そう願うばかりです。
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