2026年3月17日午前2時11分、私の一番下の妹が亡くなりました。
まだ47歳でした。
独身で実家暮らしでした。
妹は体が大きかったです。
糖尿病と高血圧の持病もありました。
1週間ほど前、私の勤めるスーパーに買物に来ていました。
腰が痛いと言うので、「お母さんが鍼治療に行きたいって言ってたよ、一緒に行ってきたら?」と妹に勧め、15日に予約を取っていました。
その時の妹の顔色はとても悪く、唇は赤みがなく茶色で素人目で見ても体調が悪いのがわかりました。
脚を見たら赤黒くぱんぱんに腫れ上がっていました。
13日、39度の高熱が出たというのでかかりつけ医に行き、検査と点滴をしてもらいました。
インフル、コロナともに陰性。
なかなか病院から帰ってこないのを心配した母は何度も妹に電話をしています。
その都度連絡は取れていて「眠たいからスーパーの駐車場で車の中で寝ている」と言うから心配だから見てきて、とお願いされました。
駐車場にはおらず、なんとか自宅に帰ってきていましたが本来の駐車場に入れる気力がなく、自宅横の道路に横付けしていました。
運転席からなかなか立ち上がることが出来ませんでしたがなんとか歩いて家の中に入れました。
翌14日に検査結果がわかると言うので、かかりつけ医に私が連れて行くようにしていました。
約束の時間に迎えに行くと布団から起き上がれはしていましたが、立ち上がることが出来ません。
私は母にかかりつけ医に電話して指示を仰ぐようにお願いしました。
症状を伝えると救急車で救急病院に行ってくれとのことですぐに救急車を呼び搬送されました。
診断は両下肢蜂窩織炎、炎症からくる高熱で即入院点滴治療することになりました。
14日、15日はLINEをすると一言ではありますが返信がありました。
「早朝の目覚ましアラームを切り忘れていて鳴ったから慌てて消した」
「ベッドから降りる許可が出ないので寝てばかりです」
こんな内容でした。
15日、私は半日仕事でお昼に実家へ行くと母の体調が悪く、いろいろ実家の用事をしていると妹の面会時間に間に合わなくなりました。
この病院は病室での面会はNGなので充電器だけ届けて看護師さんから渡してもらうように考えていました。
行けなくてごめんとLINEして、翌日月曜日。16時まで仕事だし今日も面会は無理か、と思っていたら13時前に主治医から連絡がありました。
「妹さんが病棟に響き渡るくらいの大声で叫んでいます、普段からこんなことありますか?」
と聞かれたので「いいえ、そんなこと聞いたことありません」と答えました。
とにかく病院に来て欲しいとのことだったのでそのまま病院へ向かいました。
本来は病室での面会はNGですが、特別ということで、と妹に会いました。
息づかいは荒かったのですが、充電器持ってきたよ、と伝えると「ありがとう」と言いました。
スマホを見ようと手に取りますが手から滑り落ちてなかなか見れません。
半分寝ているようにも見えました。
主治医が「さっきまで大きな声で話してたんですよ、今は落ち着いていますけど」と言われました。
ひと通り説明を受けたあと、リハビリ担当の看護師からも今後の説明を受けました。
この時は命に関わると思ってなかったので先生や看護師さんの言うこと聞いて頑張りなさいよ、家のことは心配しないで、と伝えました。
妹がしんどそうだったのとうとうとしていたのとで私は看護師にあいさつをして仕事に戻りました。
治療計画書も貰い、1週間の入院予定と書かれていたのを確認しました。
脚の腫れも入院時と比べるとおさまっていたので大丈夫かなと思っていました。
月曜日から火曜日に変わった午前1時ごろ、電話が鳴りました。
妹の病院からでした。
「心停止しました!!今すぐ来てください!!」
1時ごろ息が苦しいと言い始めて、それから容態が急変したとのことでした。
急いで母に連絡して、母と病院に向かいました。
着くと医師と看護師数名が心臓マッサージをして心肺蘇生をしていました。
強心剤も最大で打ちました、心臓マッサージをしても戻ってきません、と。
どうにもならないんでしょうか、と聞くと最大限力を尽くしたがどうにもならない、と言われました。
母と私がもういいです、と言うまで心肺蘇生は続きます。
マッサージをしている時は心電図は30、35の数値ですがやめると0になります。
意識もありませんでした。
でも延命措置の判断は私たち母子に託されます。
もう大丈夫です、と言いました…
午前2時11分、医師が確認をして妹は47歳の生涯を閉じました…
あれから早いもので1週間が経ちました。
今もバタバタ忙しいのは続いています。




