過去を見つめ過ぎて、現在と未来を見つめることが出来ていなかった。
そこから現在と未来を見つめるように変わる勇気を持つ事が必要になる。
しかし、その勇気は、何の切掛で無くしてしまったのか。
一つはよくわかる。
今回のテーマにも出てくる、「12歳の出来事」だ。
もう一つ思い出した。
「12歳の出来事」の前に起きたこと。そこで一つ勇気が既にくじかれていた気がする。
10歳ぐらいのとき、中学に上がる前。
塾に通っていたが、なれない英語の単語の暗記が出来なかった。
設問に答えられない自分に、よくわかる表情で苛立ちや面倒さが表情や言葉に表れていた。
あるとき、講義終わりにその講師から呼び出され、部屋に2人になって、問いただされていた。返答に戸惑っている自分に、強烈なビンタをした。
その後もその塾に通ったが、あるとき課題を忘れた。忘れたというより、勘違いをし箇所を間違えた。「なぜやってこなかった」と声を張り上げる講師に対して萎縮し、忘れたと答えた。
何故忘れたと問いただされた。何故と言われても勘違いをしたし、それが通るようにも思えない。勘違いした箇所をやった他はいつも通り過ごしていたわけだから、「遊んでいた」と答えた。講師は、出て行けと室内に響く大声を張り上げた。
実際、講義を受けなきゃと思う自分は教室に戻ったが、その講師は授業が始まった後に入ってきて「なんでそこに居るんだ、出て行け」とまた声を張り上げた。
そして、自分は塾を出て家に戻った。いつもは自宅に帰るまで山を登りと遠かった道のりも、あっという間に付いてしまった。親になんて言えばいいのかその間ずっと考えていた。
家に戻ると、その講師から既に連絡があったらしく、家でも「なんでそんな事をしたんだ」と言われ、お得意の1時間コースだった。
今でもイメージがしっかり残っている。その後に声をかけてきた同期も覚えている。
自分はずっと俯いていたと思う。
その後はその塾に通わなくなった。塾からは「なにか言いたいことはあるか」と連絡があったらしく親も「ここで逃げ出したら、一生逃げ出すことになる」と言っていた。
自分は一体どうしたらいいのか解らなかった。どうしてほしいのか解らなかった。
ビンタされ、怒鳴られ、大人たちから問いただされ、
最終的に「それでもいい」と塾に通わなくなった。
それが時代なのか、塾としての功績の為いらない塾生を追い出すためなのか、今となってはその検討もつくが、10歳の子に塾の大人たちも何もせず傍観をして、
恨みには成らない。今ではアンチテーゼを語るいい経験だと思う。
勇気がくじかれた一つの切掛を思い出しただけ。