自分は自分の容姿が嫌い。自身が持てない。鏡を真っ正面に見ることが出来ない。

本当に自分の容姿が醜く嫌いなのではなく、人から嫌われる事を恐れているから、そのようにしている。

 

人から嫌われたときに、「自分の容姿が醜いから嫌われるのだ」と言い訳がついて、納得することが出来る為に、「自分の容姿が醜く嫌い」と思い込んでいる様にしている。

 

人に嫌われる事が怖い為に、「自分の容姿が悪いから」と思い込み、人との接点を避ける選択をしている。

 

人に嫌われる事を避ける為に、人との接点を避ける為に、嫌われたときの理由付けの為に、「自分の容姿が醜い」と思い込むようにして、自分自身に自身を持たない、自分自身を嫌いになる選択をしている。

 

自分自身を好きにならない選択をしている。

 

 

その選択をしたのは、12、13歳頃。何故その選択をした?

 

その頃に、人との接点に於いて、容姿を嫌われ、傷ついた。

その傷は当時の思春期に於いては大きなものだった。

だから、また容姿の事で傷つく事を避ける為に、人との接点を避け、嫌われる事を避け、嫌われたときの回避として、「自分の容姿が醜く嫌い」と思い込んでいる様にして、自分自身に自身を持たない、自分自身を嫌いになる選択をした。

 

 

自分の容姿は醜く嫌われる事が当然と、自分自身で作り込んで、嫌われる事を避ける為に、人との接触を持たないように暮らしているだけで、実際は思い込みの世界に閉じこもっているだけ。

だから、現実を受け入れ現実を楽しんで生活する事が出来ない。俯いて人の顔を気にして、本当の自分がやりたいことも出来ないし、しようともしない。

 

だから、楽しく生活している人を羨み、羨ましさは自分が出来ないことの憎しみに変わる。

 

 

その選択を選び直すには、今の自分を受け入れ、結果がどうであれ前に踏み出す勇気を持つ。