人から嫌われたくないと承認を求める。
その人の承認を求めるように行動をする。
その人の言いなりになる生活を送る。
その人の人生を自分が送る。
その人は自分を否定し、周りの人とともに見下し笑っていた。
それに対して自分は、俯き、その人に嫌われないように、逃げるように行動をした。
そんな自分を見て、その人は、さらに周りの人と笑い、その共有の関係性を強めていった。
その人が求める人生を送っていた。
今でも、そのことを鮮明に思い出し、憎くなる。その人が居なければこんな人生にならなかったと思う。
しかし、実際は、その人が居なかったらもっと良い人生を送る事ができたと、自分の人生に嘘をついて、言い訳をしているだけかもしれない。
堕落した人生を送る目的の為に、その理由付けをしていただけかもしれない。
なぜなら、過去をどう解釈するかは自分次第である。
人を卑下する事はその人の人生を狂わせてしまうから、そんな人間にならない様に、そんな人を助けられるようになると、何かに取り組めたかもしれない。
結局は、その人に嫌われたくない、認められたいと、その人が望む自分になり、その人の人生を送ってしまい、自分の人生を送る事が出来なくなってしまった。
その人が、自分をどう思うかは、その人の課題であり、自分の課題ではない。
自分が赤の他人の人生を見て、関心を持つかは、そうではないように。
自分の課題は、自分の人生をどう歩むかである。
もう、人の望む人生を送るのは、辞めにしよう。
着たくも無い服を無理矢理着せられて、苦痛になることは、絶対無いことじゃないか。