第三章
女王陛下
 水星のフレッドは木星に沈む

(Mercury)

 誰がフレデリカを撃墜し、彼女は何を愛してしまったのか。

 それは俺にしては珍しく上出来なことだったと思っていた。
 彼女に声を掛け、BANを訊き出して、彼女の定時1秒過ぎに連絡して、例のSt.で待ち合わせた。

 あまりに性急かなと自分でも思ったが、多分一生に二度はないチャンスだと分かっていた。
 彼女が現れた時、俺は彼女こそ天使に違いないと思った。
 朝の件の後、慌ててリザーブした古典的なリストランテ、配給では口にすることのできないローヤルゼリーから作られた発泡酒、泡のような無駄話。
 そして、ELで窓外の星海とSITYの岩肌のような外壁の一部を眺めながら、この直径30㎞になる球体のSITYで俺達働き蜂(ワーキングクラス)の行ける最上層のプライベートテラスへと向かった。
 彼女は、JSの最外周に差し掛かった事を示す水星を見ながら言った。
 「運命って言葉、嫌いだった。私たちT3Bって30歳には全員死ぬでしょう。初めから決められたことが多すぎるから。」
 彼女は頬を少し赤らめて、俺の人差し指に自分の指を絡ませた。
 「元々JSってSS(太陽系)って言っていたのよね。」
 「太陽が役割を終えたのに、木星が再生するとは誰も思わなかったんだ。だから、大脱出までした。結局彷徨えるミツバチだったわけだけど。」 

 彼女の眼に軽蔑が浮かんだ。それから、失笑!
 「面白くないから!それ!」
 俺は笑った。彼女が可愛らしくて。
 「私はいま25歳、長くてあと5年、短ければ今日死ぬかも。でも、それでも良いわ、今は。」
 俺はナチュラル共とは違うから、帰還についての感慨などはないし、そんな事を考えているには、人生は短すぎる。

 ただ、奴らがA.E1200から始めたこの巨大なハニカムソーシャルストラクチャについては、根源的な怒りはあった。

 しかし、始められてから既に3000年近く経過し、システムは巧妙化し、より精密になっていた。最後の蜂起からは、2500年以上経っていた。
  テリトリアル・テスト・チューブ・ベイビー。 (T3B)
 (国防試験管ベイビーすなわち人造働き蜂)
 俺達は、働き続けなければならない。俺達はナチュラルには逆らえない。生殖はできない。俺達は30歳には細胞が自己破壊して死ぬようDNAにプログラミングされている。

 だから、非生産的年齢には達し得ない。しかし、極稀にはナチュラルへと変態するものもいる。

 中にはクイーン(女王蜂)へとオーバーロードすることもある。

 彼女はきっと女王蜂になるに違いないと思った。
 「俺も君に遇えたから。」
 接吻を交わしながら、俺は彼女の背に腕を回し、その確かなだけど軽やかな質量を確かめていた。


 盛り上がった女王の股間が甘美な奴隷性を呼び覚まさせる。

 私はクイーンの屹立した尖塔に、接吻をする。

 それから喉奥までその怒張を咥え込むと、恍惚の与えるままに貪り、頭を動かす。

 女王は言った。
 女王の口髭からは、私の秘所から溢れた水分が、水星のように輝いていた。
 「あたしたちは二人とも、蛆虫だわ。黄金時代の端に転がっている。でも、蝿にはなれなくても、蛭にはなれるわ。あなたが、女として女しか愛せないように、あたしは、男としてしか男を愛せない。でも、毎日はサーカスのテントで繰り返される空中ブランコよ。時には赤ん坊の取り違えだってあるでしょう。」
 私はクイーンを愛せるキングになれるのか。

 長大な槍先を私自身の花弁にあてがいながら、深い快楽が、それとも絶望が、そして虚無とか言う地獄が、そこに待っている予兆がした。
 私の瞼の裏を白金と見紛う翼が包んでいった。
 それでもA.D2007は、何事もないように過ぎていく。