「瞬間の集積が時間であり、時間の集積が人生であるならば、
私はやっぱり瞬間を信じたい」
(江國香織)
2008年12月29日【THE DAY IN QUESTION】日本武道館公演。
「4.ANGELIC CONVERSATION」「5.GLAMOROUS」「6.CREAM SODA」に続いてエントリーした
「7.ORIENTAL LOVE STORY」。
久々のライヴ登場となった一曲であろう。
この楽曲がクローズ・アップされたのは、
BUCK-TICK初のアンニュイ作品となった6分20秒に及ぶ
メジャー・セカンド・アルバム『SEVENTH HEAVEN』に収録されたオリジナルではなく、
1992年3月21日にリリースされたセルフカバーアルバム『殺シノ調べ This is NOT Greatest Hits』である。
同アルバム制作時のコンセプトは
“『狂った太陽』を経て劇的に向上したバンドスキルによる初期の楽曲の再生(リメイク)”であり、
当初BUCK-TICKメンバーは当時最新の『狂った太陽』に収録されている楽曲を収録するつもりはなかったが、
ビクター側の強い要望でいわゆる「ベストアルバム」としての商品価値を持たせるため、
『狂った太陽』収録のシングル3曲も収録せざるをえなくなってしまった。
そのため、既に作品として完成されているこの3曲の再アレンジにあたり、
メンバーはかなり苦心したようである。
とはいえレコード会社のセールスの思惑があったことは別としても、
人気シングルのリアレンジは、ファンにとって嬉しい出来事であったのは間違いない。
今井寿自身としては、インディーズ時代のマイナーな楽曲も並べたかったらしい、
もし、それが実現していたら・・・それはそれで凄い事になったであろう。
タイトルの“殺シノ調ベ”とはインディーズ時代のアルバム『HURRY UP MODE』のサブタイトルでもある。
「M・A・D」は原型を留めないほどの変化を象徴としたが、
この「スピード」始め、人気シングルは、そのポテンシャルに更に凄味をつけての
リアレンジとなった。
そもそもこのアルバムはシングル盤「M・A・D」のカップリングの
「ANGELIC CONVERSATION」を再録音し、その完成度にメンバーが予想以上の手応えを感じたことが
切っ掛けとなっていたのだが、「M・A・D」は
歌詞以外に共通項は無く、最早別の楽曲となっており、
これについて、リリース時のインタビューで今井寿は
「この曲はもう壊すだけ壊すしかないと思ったんですよ。
シングルで出した時にすでに完璧に完成してしまってたし、
これ以上のものを作るよりも一度壊してから組み立てるというか…。
全く新しい切り口で、新曲感覚でやろうと思った。
それならもうライヴで再現できないくらいにしちゃおう、と。
総て打ち込みです。中途半端はやめて、人間じゃ再生不可能にしました。
だからこのままではライヴでは出来ません。無理です(笑)」
このコメント通りこのリアレンジ「M・A・D」がライヴ演奏されたことは、
この【THE DAY IN QUESTION】でも、ない。
今井寿は、「M・A・D」殺シノ調ベアレンジの解説として、
「この曲だけコンピューターの打ち込み。
リズムを作って、後でギターのきれいな音色や汚い音色をどんどん重ねていった。
音楽というより、飾り・インテリア・オブジェみたいな発想」
「この曲はアルバムの時点で完成形だと思ったので、絶対に変えたくなかったのだが、
シングルは全部入れるという話になり、ならば原曲とまったく逆をやってみようと。
で、浮かんだのが、このアレンジ」
と語った。
また、星野英彦の「JUPITER」も冒頭のグレゴリオ聖歌コーラスを
インタビュアーに「苦肉の策」と指摘された。
しかしながら、星野英彦はこれに対し、
「これは再現できないでしょう(笑)。荘厳な曲になったなぁ、と。
昔オレが作ってたデモからすれば、比べもんにならないくらい豪華に変身してくれた曲なんです。
シングル盤の女性コーラスよりももっと清らかな雰囲気がグレゴリオ聖歌によって出せたと思います。
自分でもいい曲になったなぁと思うし、シングルで気に入ってくれた人にも大丈夫じゃないかな。
嫌がられないでしょう(笑)」
と笑った。
今井寿は、星野楽曲の雰囲気を大切にリアレンジを心がけた帰来がある。
「JUPITER」は或る意味“聖域(サンクチャリ)”なのだ。
「原曲の時も俺はほんの一部分しかギターを入れてなかった。
ヒデのアコースティックなギターが、メロディも感じさせるしリズムも感じさせるから、
それを活かしていったほうがいいと思ったんです。
やっぱり他にかぶさるギターはいらないなって」
彼らのセルフポートレイト「スピード」についても、
ヤガミ“アニイ”トールが語る。
「これもシングルとして発表した曲だから、
やり方としては『惡の華』や『JUST ONE MORE KISS』と同じ。
ただ、シングルよりテンポが速いんですよ。
でもテンポが上がった印象を与えないんじゃないかな。
おもしろいのは、今までライヴで演ってたテンポはシングルよりも遅いのに、
今回ではテンポが速くなってることじゃないっすかねぇ」
「This is NOT Greatest Hits」という内容と相反するサブタイトルには、
こういった経緯に対するメンバーの自虐的なメッセージが込められているが
やはり結論から言って『殺シノ調ベ This is NOT Greatest Hits』に
「M・A・D」「JUPITER」「スピード」は必要であったと言えよう。
一方、『殺シノ調ベ This is NOT Greatest Hits』の今井寿の新たなる試みは、
全編の収録し直しを敢行し、オリジナル・アルバム製作以上の時間を駆使し、
史上最強のMixAlbum『殺シノ調べ This is NOT Greatest Hits』を作り上げた。
原曲の形を留めていない楽曲も存在し発売当初は賛否両論、
しかしこの創造は公平に見ても賛に天秤は傾いていると感じる。
その証拠に、同作はオリコンでも初登場第1位を獲得した。
形上は企画モノ&ベストアルバムなのだが、
全ての曲を作り直してリアレンジを加え新たな境地を切り開いているという点から、
公式でもオリジナルアルバム扱いとされている。
『殺シノ調ベ This is NOT Greatest Hits』の試みのひとつに、
過去の楽曲の連結作業があった。
これは、まるでライヴ・アルバムを聴いているような臨場感を伴うものに出来あがった。
「...IN HEAVEN...」「MOON LIGHT」のエネルギッシュな連結や、
「TABOO」「HYPER LOVE」の甘美的連結はその後そのままライヴ演出で使用されたくらいだ。
『殺シノ調ベ T』ヴァージョンの「...IN HEAVEN...」のイントロは、始め何の曲か分らない...
しかし、あのお馴染みの名フレーズがやがてこの名曲へと誘う仕掛け。
そして、この「...IN HEAVEN...」のラストは次に収録される「MOONLIGHT」にそのまま繋がる。
更に「MOONLIGHT」の最後は、再び「...IN HEAVEN...」のメロが挿入される。
この“Loop”は、後に双子のアルバム『極東I LOVE YOU』と『Mona Lisa OVERDRIVE』の
オープニングとフィナーレに応用される輪廻となる。
この楽曲に於いてもイメージを変える為に細かな工夫が施されている。
この「...IN HEAVEN...」のアレンジについて今井寿は
「で、今回はサビとBメロのコード進行をちょっと変えて、ギターの絡みを凄く考えた。
サビのメロディーを半音変えた。
そうすると当然コード進行も変わって、そういう所で多少悩みました。
聴けばすぐわかると思うが、Bメロもコードを変えてる。
で、メロディーがもっと浮き立つ感じになって、凄くかっこよくて」
と語り、
樋口“U-TA”豊は
「クアトロ(クラブ・サーキット)でも演ってたけど、
レコーディングでは昔のノリを消さないで演れる方法はないかを考えてました。
クアトロの頃にはもう今井さんがアイデアを固めていたし、
レコーディングのリハもやってたから、結構スムーズにできた曲ですよね。
トント~ンとテンポよく歯切れよい感じが出てると思います」
と1991年の年末実施されたライヴツアー【CLUB QUATTRO BUCK-TICK】時には
すでにこの構想が出来上がっていたことを明かしている。
この日のパフォーマンスも後半からの盛り上がり素晴らしい。
今井寿のギターソロの名フレーズは何度聴いても耳に残る魔法のメロディーと言える。
「...IN HEAVEN...」と「MOONLIGHT」は、樋口“U-TA”豊によると
「「...IN HEAVEN...」から「MOONLIGHT」につながってるアイデアは、
最初から今井さんの頭の中にはあったらしくて、デモテープの段階からくっついてました。
こりゃあ面白いこと考えたなって思ったし、オリジナルでは出せない2曲間のつながりが生まれるな、と。
やろうやろうって感じでした、みんなも。
昔のアレンジと聴き比べてはいないんだけど…。
うん。なんて言うか、やっぱり昔のやつはちょっと照れるというか(笑)。
今は今だって割り切って演らないと、こんなアルバムは作れないですよね」
と本音を漏らす。
さすがに今井寿も『狂った太陽』時代の味付けを加えたたようで、
「この曲は昔のままだとイメージがちょっと健康的だったから、
もっと不健康で“死の匂い”を感じさせるものにしたいと思ってました」
とアレンジに工夫を凝らした。
やはり、この“死の匂い”を、当時も今井寿が重要視していたのがわかる。
彼は、根っからの“memento mori”だ。
それと同時に、クローズ・アップされた楽曲が、オリジナルを大胆にリアレンジした、
ややそれまで注目を浴びていなかったアルバム名曲の数々である。
「ICONOCLASM」の無機質な中に激情が込められたカオス。
「DO THE "I LOVE YOU"」の官能的な歌詞にマッチしたデカダンティックな世界観。
「VICTIMS OF LOVE」の禁断のエロシチズムに満ちた甘美。
以前から名曲とされていたアップテンポな「LOVE ME」は、アンヴィエントな陰世感が込み上げる。
そして、ただのベスト盤では納得がいかない今井寿をはじめとするBUCK-TICK。
なかでも「ORIENTAL LOVE STORY」は本作制作にあたり、
今井寿が真っ先に挙げた楽曲である。
「旧ヴァージョンはコード進行が複雑過ぎたので、
単純なコード進行のロックナンバーにしたかった」
とのことで、逆にリアレンジしてシンプルになった珍しい例に数えられるが、
幻想的なオリジナル(『SEVENTH HEAVEN』収録)に対して、
素晴らしいアレンジであったと評価される。
このリアレンジによってこの楽曲が持つ美しさに、櫻井敦司が、
「「ORIENTAL LOVE STORY」とタイトルした意味がわかった」
と今井寿が語った程の傑作と言えよう。
「オレは最初っから、この曲を入れたいって一人で騒いでた(笑)。
絶対にもっと良くなると思ったし、影の薄い存在だったから、復活させたかったんです。
しっとりとしたイメージから、リズムのきいた感じへと、すっかりカッコよくなりましたね。
満足してます。
ライヴでの再現に関しては、できないならそれでもいいやって思ったし、
再現の事を考えるよりも、もっとカッコイイ感じを出したかったから、
ライヴの再現については二の次でした」
今井寿は語る。
「この曲を作ってた当時はもっとバラードっぽいアレンジだった。
そこへアッちゃんが【ORIENTAL】って言葉を持ってきた。
あぁ、メロディーからそういう印象を受けたのかなっていうのが自分の中にずっと残ってた。
で、今回アレンジを変えて自分でギターを弾いてる時に、
アッちゃんの発想がなんとなくわかってきて、それをもっと強調しようと思った」
“時間”を超えて二人のセンスが重なり合った訳だ。
この「ORIENTAL LOVE STORY」のアレンジは、
当時の彼等の姿を生写しにしたものに他ならない。
そして“過去”と“現在”を行き来するツールにもなった。
今井寿曰く
「テンポも同じなんでくっつけちゃおうと。
今回は他にも6(ORIENTAL LOVE STORY)と7(スピード)、
13(TABOO)と14(HYPER LOVE)がつながってます」
ということで繋ぎのアレンジにも拘りを見せている。
このBUCK-TICKというバンドはいつもそうだ。
これ以上ないという位の「スピード」で前進しているにも関わらず、
経験してきた“過去”という“時間”を財産として決して蔑ろにはしない。
そして、この楽曲を聴いていると、
リスナーもそれぞれに浮かぶ“過去”と出会い。
センチメンタルな気持ちになりながらも、今、そして未来へと前進を続けるのだ。
今や完全に、カヴァーがオリジナルを喰った楽曲の代表例に挙がるだろう。
勿論、この2008年の【THE DAY IN QUESTION】で、サプライズといえる演奏が実現したのも、
この『殺シノ調ベ』ヴァージョンであるのは、間違いない。
そんな時間を越えて演奏となった「ORIENTAL LOVE STORY」。
時空の向こう側の恋人に、再会するように、
チャーミングな鐘の音と共にタイム・スリップするBUCK-TICKと日本武道館。
今井寿の美しいアルペジオで突入すれば、星野英彦のギターカッティングで、
再会の歓びを表すような躍動感とともに、
ややダイナミックなドラミングのヤガミ“アニイ”トールと、
ドラマチックなツー・フィンガー・フレーズの樋口“U-TA”豊。
「交わす言葉すれ違い 寄り添いただ見つめ合う
忘れはしない 【ROMANCE】 」
優しく唄い始める櫻井敦司。
年末の寒空が、この「ORIENTAL LOVE STORY」にはピッタリだ。
あの人は今頃、何をしているの?
幸せだといいな。
と、想いを馳せるかのように、センチメンタルな恋物語を唄う櫻井。
「分かち合える夢もなく 傷つけあうことばかり
あの日の幻よ」
若さか?
それは、記憶の果てで、淡く、儚く、脆く、溢れ出してくる。
癒すことも出来ずに、お互いを傷つけ合った事も、
今は、遠い想い出・・・。
そうだ。あれは、夢なんかじゃなく。
欲しかったのは、あなたの“ぬくもり”。
そう、傍に居て、触れて欲しかった・・・ただ、それだけ。
「枯れた湖の畔で 髪をほどくあなたを今も」
「密会」・・・それは、少年の記憶・・・。
あの少女が、湖畔のコテージに来ることはないと思っていた。
そう思えたから、コテージに寄ったのだが、彼女はいた。
雨の日と違うことは、
ベランダではなく40歩ほど湖によった葦のあいだにあるべきベンチに座っていたことだ。
きちんと礼が言えなかった自分が恥ずかしい、ともいえた。
「浅い眠り夢の中 つかの間なら抱き合おう
ああ もう これきり OH」
彼女がいてくれたことで、自尊心は充分に癒されている自分を自覚する。
おとといとちがう白鳥が、湖からちょっとくぼんだ入り江になったところに流れ込んできたので、
彼女はそれを気にしている。
僕は、彼女の右肩側から左にまわって、突然、動悸が胸を苦しくするのに慌てていた。
喉を意識しないと、空気が吸い込めない。
そういう感覚だ。
彼女の、髪を左右に分けた筋にのけぞる頭皮の褐色が、少しだけ薄く見えて、
それが彼女の体内の色ではないかと考えたら、ますます目眩がした。
「古い水彩画の中で 濡れた瞳にじんだ少女」
全身が震えそうになって、足もよろける。
紺に輝く髪をのせている肩と首の肌色は、
彼女の下腹部につらなる肉の豊かさを想像させ、
蓬色のたっぷりした衣装は、肩から手の甲になだれ落ちる腕を見下ろせるようにしている。
その蠱惑的な光景が僕の神経をはさみこんだので、
ベンチに音を立てて腰をおとす。
それで彼女は、僕を見た。
少女はなにも言わず入り江にしょざいなげにしている白鳥を見るようにする。
彼女も緊張していたらしかったので、僕は、言葉をつがなければならないという強迫観念にとらわれる。
彼女は僕の唐突な言葉に、くっきりとした瞳をさらに見開くようにする。
そのひどくはっきりした少女の瞳と僕の視線がぶつかって、
本当に息を呑む。息などできない。
と、彼女はひらりと喉を伸ばして、声をたてて笑った。
一方の手が、口元を隠すようにしたので、行儀悪くない。
声をたてて笑うしかないという反射神経の良さは、
彼女の感性のすこやかさを感じさせる。
が、僕は彼女を正視できず、視線を湖から自分の膝に泳がせる。
「Stay with me You can't stay here 後ろ姿」
肌色でのびやかな首筋と、喉から顎のいちばん柔らかな肌のぐあい、
白い歯がふくまれた口腔など、こんな時にしか覗けないのに、と思う。
なのに、視界にあるのは、皺のある自分の拳と食いこぼしと油の染みのある膝なのだ。
彼女のすこやかさに、完全に位負けしている。
肩越しから聞こえる笑い声が、うねりの底に入ったので、
僕は視線をあげて、葦の茂みの対岸の雑木林を見た。
人影はなく、白鳥も・・・いない。
入り江から左にひろがる湖面は、しわびきひとつ見せない。
「Stay with me I love you forever 手を振る影」
その水面に風が走れば、さざなみがササッとひろがる。
『ふたりだけなんだから、侮辱されても、我慢できる』
舞い上がっている意識のなかで、そんな言葉がつながってくれる。
膝のうえに組んでいた拳をといて、右手で髪の毛とつまんで伸ばし、指先でこねるようにする。
考え事などをしているとやってしまう癖なのだが、
このときは、意識してそれをやって、息をつこうとした。
なんで、また、逢えてしまったのだろうという後悔と、
それでも、また、逢えてよかったという気持ちがゴチャと重い。
それでも、こうも素直に笑われれば、
馬鹿にされているのではないとわかるから立ち上がりもしない。
彼女の座っているベンチにいられれば、ともかく、つながっていられるのだ。
その意識は、ひどく生々しい欲望らしいと意識するから、
身体は硬くなるだけで、頭には、なにも浮かばない。
「Stay with me You can't stay here 少し寒い」
僕は音をたてて息をつきながら、上体を彼女にねじむける。
が、彼女に息を吐くようになってしまったので、あわてて上体を正面にもどそうとして、
腰がなって、脇腹の筋肉がヒキつった。
むせながら、脇腹に手をやる。
彼女が腰をずらして、その掌が僕の背中から脇腹をさすってくれた。
その唐突な動作に、僕は全身が震えた。
彼女の掌のあたたかさに全身がつつまれるとも感じる。
一瞬の至福。
「Stay with me I love you forever 全て頬に伝う」
全身を預けてもいいという安心に、彼女に感じていた通俗的な感触はわすれて、
その感触が、僕のもっと深く忘れていた記憶を思い出させる。
母親の匂い。
僕が、必死でわすれようとしている記憶。
忘れようととしている事実。
「Stay with me You can't stay here 言葉もなく」
彼女の手が離れるときは素っ気なく、そのあとに残ってしまった空白は、
莫大な空しさの物量になる。
僕は彼女を押し退けようとしたのだが、彼女は、それをするりとくぐり抜け、
しかも、ずるいと思えるほどに、僕を認めてくれたのだ。
嫌われれば、あきらめがつく。
が、そうならなかった。
だから、僕は、嬉しさに、舞い上がりながらも、
今度は、本当に、意識が硬直する。
嫌われてくれなければ、まちがいを犯しそうな脆い部分があることを自覚するから。
それも、ずるいことだ。
が、そうでもしなければ、制御がつかないかもしれない自分・・・。
とんでもない失敗をしてしまう自分を意識する。
「Stay with me I love you forever 何を思う」
彼女は少しでも、僕に気がある素振りをみせてくれれば、
前後の見境なくついていってしまうかもしれない、という爆弾に点火したのかもしれない。
そう感じさせられる、お、ん、な……。
彼女の、いいわよ、の一言があれば、
彼女がどういうつもりであれ、ついていって、
馬鹿にされても、一緒に暮らしてくれと土下座してしまうかもしれない自分が、あ、っ、た。
現実でさせられていることは、全部、怖いことなのだから、
そういうものを忘れさせてくれるエキゾティズムは、いい。
そのうえ、憂いと闊達さを同居させている彼女は宝石に見える。
「Stay with me You can't stay here 夢の続き」
僕は、それ以上の言葉を重ねるのは、男として不甲斐ないことだとわかるから、
ベンチを立ち、歩み出す。
湖の湖面は冷淡な色になっていた。
逢ってどうにかしたいとすれば、僕が、彼女についていくしかないのだが、
なにも起こらないだろう。
振り返ってみた。
葦の葉のあいだから見えたベンチに彼女は座っていた。
彼女の姿は、ひょいと持ち上げられるほど軽い人形のように見えた。
好きだ、と口の中で言ってみて、僕は駆け出そうとする。
と、彼女は、足元を見るようにして立ち上がると、まあるくした背中をむける。
“……かわいそうに……”
その彼女の意志は、誰にむけられたものでもないのだが、
彼女自身と僕にむけられたものでは、ある。
だから、僕は、彼女の蓬色のドレスが、風に流れるように消えていくのを、
見つめるだけにする。
「Stay with me I love you forever
全て頬に伝う・・・」
涙が出た。

ORIENTAL LOVE STORY
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
交わす言葉すれ違い 寄り添いただ見つめ合う
忘れはしない ROMANCE
分かち合える夢もなく 傷つけあうことばかり
あの日の幻よ
枯れた湖の畔で 髪をほどくあなたを今も
浅い眠り夢の中 つかの間なら抱き合おう
ああ もう これきり OH
古い水彩画の中で 濡れた瞳にじんだ少女
Stay with me You can't stay here
後ろ姿
Stay with me I love you forever
手を振る影
Stay with me You can't stay here
少し寒い
Stay with me I love you forever
全て頬に伝う
古い水彩画の中で 濡れた瞳にじんだ少女
Stay with me You can't stay here
後ろ姿
Stay with me I love you forever
手を振る影
Stay with me You can't stay here
少し寒い
Stay with me I love you forever
全て頬に伝う
Stay with me You can't stay here
言葉もなく
Stay with me I love you forever
何を思う
Stay with me You can't stay here
夢の続き
Stay with me I love you forever
全て頬に伝う・・・
