「冷たくコルト こめかみ弾く」
2007年12月29日、日本武道館。
二曲目にエントリーした星野英彦の妖艶なナンバーだ。
ダークワールド『darker than darkness -style93-』の「誘惑」で魅せた
ハードボイルドなテイストのロックンロール「La vie en Rose ~ラヴィアン・ローズ~」。
タイトルも“薔薇色の日々”という“退廃”な楽曲だ。
ここでのBUCK-TICKのパフォーマンスも、間違いなく現代のモノではなく、
年代物のアンティークの調度を思わせるようなアクションとなり、
どこまでも、“デカダンス”で、“カッコイイ”の一言である。
このタイトル『ラ・ヴィ・アン・ローズ』(フランス語:La Vie en rose)は、
1946年のエディット・ピアフ(Édith Piaf)の代表曲。
ピアフ作詞、ルイ・グリェーミ作曲で、日本語では「ばら色の人生」の曲名でも知られる。
エディット・ピアフは、フランスで最も愛されている歌手の一人であり、国民的象徴であった。
彼女の音楽は傷心的な声を伴った痛切なバラードであり、
その悲劇的な生涯を反映していたのが特徴であった。
彼女の他の有名な楽曲としては、
「愛の讃歌 Hymne à l'amour」 (1949年)、「ミロール Milord」 (1959年)、
「水に流して Non, je ne regrette rien」 (1960年)などがある。
当初、「ばら色の人生」は、ピアフの同僚や彼女の作曲チームはこの歌がヒットするとは思わなかったが、
この歌は観客の人気を集めるようになった。
その人気ゆえ後のアルバムの多くにこの歌が収録された。
また1998年製作のエディット・ピアフのドキュメンタリー番組も『La Vie en Rose』と名付けられた。
数々の伝記が書かれているにもかかわらず、
エディット・ピアフの生涯の多くの事実と出来事は謎に包まれている。
あまりに有名な「愛の讃歌」にしても
のちに多くの歌手が愛の高揚に身を委ねるかに歌うに比べピアフは愛の激しさ増すほど哀しい祈りとなる。
身過ぎとして歌を知り、歌を人生に取り込みやがてピアフの人生が歌に取り込まれていく。
歌が人生と完全に一致した、10月のある日。
別世の迎えは、旅立ちの心構えを待つことなく彼女を連れ去ろうとしている。
それは彼女と生きるを望まなかった親の代わりに
献身的な愛を注いでくれた娼館の女たちとの別離の場面に似ている。
留まりたい場所から、強引に連れ去る乱暴な馬車。
パリの塵と埃が諦めのカーテンを幼いピアフの前に引いた場面。
塵や埃はないが、生のざわめきも光もない孤独なベッド。
交錯する複数の過去の時間を必死に手繰るピアフ。
唯一の趣味であった編み物をするかに47年分の糸を、透けるほど華奢な模様に編みとっていく。
3歳時の失明が祈りによって完治したこと。
数度の自動車事故からしぶとく生還したこと。
路上の歌姫から一流キャバレーの支配人に拾われたこと。
ただ一人の愛する男と巡り逢えたこと。
裏社会の付き合いと訣別できたこと。
そして、何より魂の歌声を生まれ持ったこと。
その一つ一つに薔薇の花を捧げれば、ピアフの人生は花束となる。
原題「La vie en Rose」の意味はここにあるのだろう。
この楽曲は定番となり多くのアーティストにより歌われるようになった。
そして1998年にグラミー栄誉賞を受賞した。
また、楽曲タイトルとして繰り返し、多くのアーティストに使用されることになる。
この「La vie en Rose ~ラヴィアン・ローズ~」もその一曲だ。
そんな人生を唄うような楽曲が、この『天使のリボルバー』には、
この「La vie en Rose ~ラヴィアン・ローズ~」や「RAIN」などには含まれている。
櫻井敦司は、それを、20年目のロックンロールに封じ込めた。
この日の日本武道館でも、
このライヴツアー【TOUR2007天使のリボルバー】に一貫して言えることであるが、
楽器を通して伝わる躍動感が、人生を物語るようである。
ヤガミ“アニイ”トールの雰囲気のあるカウントからラディックが心地良く滑り出すと、
目を瞑った樋口“U-TA”豊のベース・フレーズがデカダンに繰り返される。
その躍動感にのるように、アコースティックからフェルナンデスのJAZZMASTERに持ち替えた
同曲の作曲者:星野英彦が、メインの旋律を奏で出す。
漆黒の翼を纏ったシルクハットの櫻井敦司は、樋口“U-TA”豊の影のように、背後に張り付き蠢き出す。
それを、見てヤガミ“アニイ”トールが、軽快なドラミングを披露しながら、
「ニヤリ」と笑うのだ。
無精髭の二枚目:星野英彦の横から、堕天使が飛び出す。
肩からは、グレッチのホワイト“ペンギン”のゴールドのピック・ガードが輝く、
ほぼ、ハンマリングとハウリングを利用した奏法で、魅力的なダンスと共に身体全体で、
この「La vie en Rose ~ラヴィアン・ローズ~」をパフォーマンスしている。
星野英彦のブラッシングを多用したカッティングと重なり合って本当に魅力的な、
バンド・アンサンブルを実現している。
同時に、今井寿は、ライヴ・アクトは序盤から容赦なく炸裂し、オーディエンスの目を惹きつけて行く。
蠢くリアル魔王:櫻井敦司も、独特の“退廃感”を爆発させながら、
この「ばら色の人生」を唄い始める。
ルート・フレーズを盲目のまま繰り返す樋口“U-TA”豊の横で、
櫻井敦司は、舞い上がり、魅せ付ける。
「吸い付くような肌に指滑らせば
冷たくコルト こめかみ弾く HO!」
右手でリボルバーをU-TAのこめかみ目がけて放つ櫻井敦司。
楽曲の合間には“口笛”も効果的に挿入されると、
高くキック一発!今井寿が蹴り上げると、
デカダンな相乗効果に、【13th FLOOR WITH MOONSHINE】で多用していた
今井寿の“足アゲダンス”が炸裂している。
オーディエンスは、目でドコを、ダレを追いかけていいか“当惑”してしまう。
それ程、この5人のメンバーが、個性的、且つ、魅力的にパフォーマンスされる
ライヴ・ツアー【TOUR2007天使のリボルバー】が躍動し出すのだ。
「安物コート 襟を立て
引きずる様に引きずられてゆく」
歌詞も櫻井敦司らしい人生を薔薇に見立てた
華やかさと儚さをフランスのパリ・リヨン・マルセイユに浮かべたようなフレンチ・デカダンスで、
アダルトな魅惑的な雰囲気が充満する歌詞である。
以前、シングル盤「21st Cherry Boy」にカップリング収録された楽曲に、
「薔薇色の日々」が存在するが、こちらも星野英彦作曲/櫻井敦司作詞楽曲で、
ヨーロピアンなイメージのなかでも、硬質なブリティシュやドイツの空気は今井寿、
そして、フランスやスペイン等の魅惑は星野英彦という印象がなくもない。
櫻井敦司は『悪の華』当時、フランス文学にも、興味を持ち、
詩人シャルル・ピエール・ボードレール(Charles Pierre Baudelaire)が、
生前発表した唯一の詩集『悪の華』をそのままタイトルにしたこともある。
フランス文学をアイティムとして、ポケットにしまい込むのは、オシャレであるが、
現実感が、足りないと『Six/Nine』以降は、少し使用を控えていた節も見受けられるが、
ここに来て、フランス・デカダンスの噎せ返るような詞を登場させてる。
櫻井自らも『天使のリボルバー』は短編小説集のようなニュアンスで語っていたから、
ここに来て、ドラマチックに展開した退廃芸術が、如何に彼の世界観とマッチするかを、
まざまざと再確認させられる想いだ。
デカダンスとは(décadence) は退廃的なことを指し、
特に文化史上で、19世紀末に既成のキリスト教的価値観に懐疑的で、
芸術至上主義的な立場の一派に対して使われる。
フランスのボードレール、ランボー、ヴェルレーヌ、イギリスのワイルドらが有名だ。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェも、その哲学のなかに退廃的芸術性を見出した一人だ。
「ゲンズブルー雨ドゥダダびしょ濡れのマリー
裸足のマリー 愛しいマリールー」
フランスの音楽業界では、セルジュ・ゲンスブール(Serge Gainsbourg)も高名なデカダンスだ。
1958年に歌手としてデビューするまで、
ゲンスブールはパリのキャバレーでピアニスト兼歌手として働いていた。
ここでボリス・ヴィアンの歌唱を聞き、その反骨精神に感銘を受けたことが後の作風に影響したという。
デビュー前から、ほかの歌手に提供する形で作曲はしていた。
ヴィアンはセルジュの才能を絶賛していた。
1958年にLe Poinçonneur des Lilas(『リラの門の切符切り』)でデビューして以来、
反体制的な作風で人気を博し1960年代の特に後半から1970年代にかけて
フランスのポピュラー音楽において中心的な役割を果たした。
作詞に特徴が強く、ダブル・ミーニングなどの言葉遊びを多用する。
また、ときにはメタファーを使って、ときには露骨に性的な内容を語った歌詞が多い。
俳優・歌手のジェーン・バーキンは3人目の妻であり、
俳優のシャルロット・ゲンスブールはバーキンとの間に儲けた娘である。
死後はその栄光をたたえて、ジャン=ポール・サルトル、シャルル・ボードレールなどの著名人が
数多く眠るモンパルナス墓地に葬られた。
69 année érotiqueは、邦題『69年はエロな年』としても知られ、
アルバム『Six/Nine』に収録される「君のヴァニラ」には、このインスパイアーを感じる。
アルバム『天使のリボルバー』では、
頭から「Mr.Darkness & Mrs.Moonlight」、「RENDEZVOUS~ランデヴー~」、
「モンタージュ」「リリィ」と今井楽曲が続き(その内3曲が今井寿作詞作曲の楽曲だ)、
5曲目のこの「La vie en Rose ~ラヴィアン・ローズ~」で、
芸術的な空気感の星野&櫻井のロックンロールが味わい深い作風として印象的なアクセントとなっている。
しかし、ライヴ会場で、この「La vie en Rose ~ラヴィアン・ローズ~」は、
そんなアクセントの一つに留まらず、BUCK-TICKという独特なロック・バンドの一面を、
魅せつけるのに格好な媒体となった。
各メンバーのパフォーマンスの魅力を十二分に匂い立たせる楽曲であり、
この日本武道館でも、熟練したサウンド処理と共に、ベストの状態のバンドのシェイプが、
ここに出現していたと言っていいだろう。
ノーヴルで、スノッヴなテイストを、ロックンロールに、ここまで変換出来るバンドを、
僕はBUCK-TICK以外に知らない。
どこまでもハードボイルドで、デカダンスな中に、
猥雑なエロスとエッジの鋭いナイフの切れ味を感じずにいられない。
本当に、凄いバンドだ。BUCK-TICK。
高級なボルドー・ワインに酔い痴れるように、快楽の淵へと嵌っていくかのように、
観客も両手を振りながら、このリズムに身を赦すのだ。
「路地裏 野良猫 俺は夢を見た
明日が欲しいと お前が欲しいと」
櫻井敦司が、自身も愛倖している“猫”のようなアクションをすれば、
それに、ハートを撃ち抜かれた女性ファン達は、早くも頭卒しそうなほどセクシーだ。
星野英彦のギター・ソロもデカダンに響き、
JAZZMASTERのピックガードがキラメク。

また“ダムドラの店”に、来客があったようだ。
この店は、パリに存在するのだろうか?
それは、わからない。
きっと、それは、とても近くに存在し、辿りつくには、滅法遠くに在る。
まるで「ASYLUM GARDEN」のように、どこにでも在り、どこにも存在しない。
そんな場所にある店だ。
彼女は、或る男を探していた。
これまでに、逢ったことの在るような、また、まったく初めて逢ったような顔をしている。
彼女は、高価そうな上品なブルー・ドレスに、カーキのトレンチ・コートを羽織り、
水商売の女が吸うような細長いメンソールのタバコを指に挟み、
氷のような眼差しで、店内を見回している。
“バッカス”と酒呑みの神様の渾名のついたゴブリンが、酔っ払って躓き、
転んだ瞬間に、あやまって尖ったシッポを出してしまった。
彼女はそれを見て、見下すように、冷やかな視線を向けるが、
すぐに、その視線は、バーカウンターの一番奥で、一人バーボンを啜る男のほうへ向いている。
「あの人に、逢ったというのは、あなたかしら?」
その男に、話しかける彼女。
チラッと彼女を見て、またすぐに、ショット・グラスに虚ろな目を戻してしまう男。
そして、ボソリと答えた。
「ああ、たしかに見かけたよ…」
ステージでは、初老のピアニストが、ジャジーなピアノを奏でている。
それを、うっとりと聴き入るように、娼婦が二人甘そうなカクテルを飲んでいる。
客はそれだけだ。
彼女は、バー・カウンターにその男のひとつ席を空けた所に座り、コートを脱いで、
タバコを上品に灰皿で消し、溜息をついた。
「どこで、見かけたのかしら?」
男は、彼女に視線を合わせずに答えた。
「ニューヨークだ」
「どこで、見かけたの?
エセックスハウス(Essex House)?
それとも、プラザホテル(The Plaza Hotel)かしら?
コンドミディアムもよく使ってたわね?
ウォルドルフ=アストリア(The Waldorf-Astoria)のバーでもよく見かけたわ」
「いや、ブリッカー通りの東端のボウリー地区だ。
CBGB(Country, Blue Grass, and Blues)の辺りだ。
【MOTEL13】にいるって言ってたぜ」
「なにか、話したの?
その・・・
彼は、私のことなんか言ってましたか?」
「・・・いや、ただ、アンタに連絡したら、お金をもらえる、って言ってたから」
「そう・・・。
そうね。報酬をお支払いしないとね。
幾ら欲しいの?
おっしゃって下さる?」
「・・・いや、そういう訳じゃないんだ。
別に、お金が欲しくって、アンタに連絡した訳じゃない。
俺も、・・・少し興味かあってね
アンタは、どんな人なんだろう、って」
バーテンダーが、彼女に話しかける。
「マダム。
何か、お作りしましょうか?」
「ありがとう。お酒は飲めないので、紅茶を頂けるかしら?」
気が付くと、ピアノ演奏が終了していた。
「かしこまりました。マダモアゼル」
バーテンダーは、彼女の前を、立ち去る。
バーカウンターの二人は沈黙のまま、しばらくの時間が過ぎていった。
彼女は、もう一本メンソールのタバコに火を付けると、
ゆっくりと細い線のような煙を吐きだし、湯気を立てた紅茶が、彼女の前に置かれた。
外は雨が降り出したようだ。
男は、俯いたままバーボンを飲み干すとバーテンダーにおかわりと注文した。
ステージには、長い金髪を靡かせる無精髭の男が、ギターを弾き出した。
古いブルースだ。
聴いたことのない曲だったが、どこか懐かしい。
結局、彼女は、タバコを一本吸い終わると、
紅茶には、口も付けずに、席を立った。
スラリと長身の彼女は、ピン・ヒールで更に高い視線で、ギタリストのほう見ると、
ひとつ深い溜息をついて、カウンターの男に話しかけた。
「ありがとう。まだ、生きてるってわかっただけでも、よかったわ」
「・・・」
「彼は、元気そうだった?」
「・・・」
「そう。また、どこかで見かけたら、連絡を頂けるかしら?」
「・・・」
コクリと頷く男。
「そう。ありがとう」
店内に入って来た冷たい視線は、少し暖かいものに変わっていたように、感じる。
「それでは、御機嫌よう。ミスター」
「・・・ああ、おやすみ、マドモアゼル・“Misty Blue”」
タバコを持つ指先に、そっとロマンスを抱きしめれば、
きっと幻ずっとこのまま、そして、すぐに消えた。
無精髭のギタリストの瞳は、鈍く光った。
「いい曲ね。ありがとう」
彼女は、少しギタリストに頬笑みかけて“ダムドラの店”を出て行く。
コツコツとピン・ヒールの音だけを残して…。
La vie en Rose~ラヴィアン・ローズ~
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:星野英彦 / 編曲:BUCK-TICK)
真夜中を切り裂きドレス引き裂く
声を上げて尻を上げて
吸い付くような肌に指滑らせば
冷たくコルト こめかみ弾く
安物コート 襟を立て
引きずる様に引きずられてゆく
人生はバラ色 何て素晴らしい
人生はバラ色 何て儚いのでしょうね
ゲンズブルー雨ドゥダダびしょ濡れのマリー
裸足のマリー 愛しいマリールー
路地裏 野良猫 俺は夢を見た
明日が欲しいと お前が欲しいと
ジダンの煙 殻のボトル
ひび割れた声 なる様になれ
人生はバラ色 何て素晴らしい
人生はバラ色 まるで夢みてるみたいね
人生はバラ色 何て素晴らしい
人生はバラ色 何て儚いのでしょうね
人生はバラ色 何て素晴らしい
人生はバラ色 まるで夢みてるみたいね
