2006年12月29日の【THE DAY IN QUESTION】。

次にエントリーした楽曲が「残骸」であった。

櫻井敦司が、自分の前のモニターに座り、横向きで唄いだす鎮魂歌。
そのまま、右足を前に出して腰掛けていた櫻井。

ハイパー・デジタル・ロックンロールを標榜としたアルバム『Mona Lisa OVERDRIVE』の
先行シングルとしてリリースされた彼らの原点モデルともいえるギター・リフ・ハードロック。

作曲を担当した今井寿によると、

「一番シンプルな考え。
ギター・リフで引っ張っていく。“ロックンロール”」

ということであるが、
BUCK-TICK新約教典『ONE LIFE、ONE DEATH』でのCONTENTSに正しく、
同楽曲を収録した感電しそうなエナジーを封じ込めたデジロック傑作アルバムが、
『Mona Lisa OVERDRIVE』といえるだろう。

同アルバムは、アメリカのSF作家、1988年、ウィリアム・ギブスンの著書に
同名の小説『MONA LISA OVERDRIVE』が存在するが、
今井寿自身はこの小説の存在は知らず、
SAMURAI OVERDRIVE(スェーデンのパンクバンド)からインスピレーションを受け、
思いついたと語っている。

ウィリアム・ギブスンの小説『MONA LISA OVERDRIVE』を
山岸真が、1986年から本書「モナリザ・オーヴァドライブ」発行までの時代の雰囲気を伝えている。

「とくに日本では、人々は競ってギブスンのことを語った。
パソコン雑誌やロック雑誌、ビデオ雑誌、文芸誌、一般週刊誌、美術雑誌、広告会社の社内報、カルチャー講座…」
「やがて、本書の抜粋が雑誌に掲載されはじめた。
まず本書第十五章がアメリカのライフスタイル雑誌High Time1986年11月号に。
あけて1988年初頭、世界のどこよりも早くこの日本で、第一章の翻訳が資生堂のPR誌<花椿>1988年3月号に」

と伝えられているから、
BUCK-TICKがメジャーデビュー直後にリリースされたSF小説ということになる。


同書は、1988年6月にイギリスで発行、11月にアメリカで発行。
そして、翌1989年2月10日付けで、本書「モナリザ・オーヴァドライブ」がハヤカワ文庫SFより、
黒丸尚訳で邦訳出版された。

ウィリアム・ギブスンはベトナム戦争の際に、徴兵を拒否してカナダに移住し、しばらく路上生活を経験。
その後、ブリティッシュ・コロンビア大学英文科を卒業している。

1977年にセミプロ雑誌でデビュー。
1982年に発表した短編『クローム襲撃』(Burning Chrome)で一躍脚光を浴びる。
1984年の初長編『ニューロマンサー』(Neuromancer) で、
サイバーパンクSFというSFの新しいジャンルのけん引役となった

『MONA LISA OVERDRIVE』内容はタイトルが表す通りである。
このスピード感、この喧噪と興奮を見よ。
80年代前半からの知的冒険の季節の最後を盛り上げるかのような事態である。
知的スノッブはこぞって「サイバーパンク」の語を使いたがり、
時代の空気はここにあるとうそぶいていた。
SFが今よりはるかに一般的で、世界は未来を夢見ていた時代である。
テキストの意味を、皆がひとりひとり勝手なことを語り、
コンテクストが自由に書き換えられていた時代の話だ。

主人公の一人は、やくざの大親分の娘・久美子。
安定していた日本の裏社会で抗争が勃発し、彼女はロンドンに避難させられる。
しかし、ロンドンで別の騒動に巻き込まれてしまう…。

同作はウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」「カウント・ゼロ」に続く、三部作最終章である。
舞台は、「ニューロマンサー」が未来の千葉シティにはじまるのと同様に、成田空港からはじまる。
「カウント・ゼロ」から7年後。「ニューロマンサー」から数えて、ほぼ15年後の出来事である。
「カウント・ゼロ」の、ボビイやアンジィが登場する。
それぞれ7歳年をとって、もう少年少女ではない。
「ニューロマンサー」のミラーシェード・モリイも登場する。
こちらは15年経って、少々くたびれているようだが、あいかわらず格好いい。ケイスの未来も分かる。
三部作にすべて登場するのは、フィン。
まさかこの人が全部に登場するとは思わなかったけれども、そういうものなのだろう…人生って。

もちろん、新たな登場人物にはことかかない。
タイトルの名前を持つ少女モナ。
バイオAIのコリン。
ジェントリイ、スリック、チェリイのでこぼこトリオ。
そして、久美子、アンジィ、モナの3人を取り囲むそれぞれの個性的な男達。
恋愛なし、ビジネスあり、たくらみあり、死体あり、だ。

「サイバースペース」はギブスンの造語である。
その日本語訳の「電脳空間」は、本作品の翻訳者、黒丸尚による。
ちなみに装幀は、奥村靫正。
彼の『スプロール・シリーズ』と呼ばれる一連のシリーズ
(ニューロマンサー、カウント・ゼロ、モナリザ・オーヴァドライブ、クローム襲撃、記憶屋ジョニィは、
日本の漫画/アニメ『攻殻機動隊』や映画『マトリックス』に大きな影響を与えたと言われている。
現在読んでも、おそらく古臭くは感じないだろう。
そんな共通点が、BUCK-TICKの初期ナンバーを思わせる。

「サイバーパンク」って言葉は、手あかがついてしまい、
そして、「サイバーパンク」の代表的な三部作と言われているけれども、そんなこと関係ない。

今すぐにでもヴィジュアル作品として映像化して欲しいくらいの躍動感だ。




1995年の彼の短編『記憶屋ジョニイ』(Johnny Mnemonic)が、
映画『JM』(Johnny Mnemonic, 出演:キアヌ・リーヴス、北野武)として映画化されている。
脚本はギブスン自ら手掛けている。
その後映画『エイリアン3』の脚本に参加するが、
結局彼の書いた物で映画に残ったのは囚人の首のバーコードのみであったと言われている。

サイバーパンク分野でいち早く「コンピュータネットワーク」の可能性に言及し、
コンピュータ上のバーチャルリアリティの概念を世に発表した。
その影響がSFや映画、コミック等の娯楽作品は数知れず、その中に、前述の日本の漫画/アニメ『攻殻機動隊』や
爆発的ヒットを記録した映画『マトリックス』シリーズも含まれる。
その影響には、以下のようなものがある。

進化したAI(人工知能)が自我を持って神のようにふるまうこと 。
別々の存在が融合し、ネット上に拡散して上位的存在となること 。
仮想現実空間をマトリックスと呼ぶこと 。
聖域「ザイオン」 の存在 。
インプラントプラグ(人体に埋め込んだプラグ)へのケーブル接続によるサイバースペース侵入。
透明スーツ(光学迷彩)『擬態ポリカーボン』 。
人間をハッキングして操るAI『人形使い』 。
電脳を通じて他者の視覚情報や感覚を共有できること。
ハッカーに対する攻撃的防御プログラム(→攻性防壁) 。
眼球の代替物として顔に埋め込まれたミラーシェードのグラス。

アメリカの映画『マトリックス』に関しては、
当初、ウォシャウスキー兄弟は『ニューロマンサー』そのものを映画化しようとしたが、
スポンサーサイドがピカレスク小説であることに難色を示し、
現在の『マトリックス』へと企画が変更された。
また『マトリックス』のパンフレットにはギブスン自身による映画の解説も載っている。
2作目の『リローデッド』編の劇中で『ニューロマンサー』の続編と同題の
『モナリザ・オーバードライブ』という曲が流れるのも、かなり意図的である。
ちなみに、そのプレゼンテーションの際に、ウォシャウスキー兄弟は『攻殻機動隊』の映画そのものを使って
「こういう映画を作りたい」とアピールしたと語っている。

ギブスンは日本マニアとしても知られ、日本のテクノロジーや風土・精神性・社会・メディアには
強い関心があり、作品中にしばしば日本風の存在が登場する。

作中の「サムライ」とはストリート上の傭兵・用心棒的な存在を指すが、
俸給に対して忠義心が強く、契約に忠実で死すら厭わないという存在として描いている。
ヤクザは作品世界におけるマフィアコミュニティであるが、
「ネオン菊の息子達」と形容され、畏怖を持って語られる存在として描かれている。

また日本企業らしき「オノ・センダイ」等の企業名や、
「チバ」に代表される日本の実在の地名を
サイバネティックス医療技術で先端を行く国際都市として登場させるなどしている。

『ニューロマンサー』に登場する殺し屋・モリィのデザインは
短篇『記憶屋ジョニィ』がS-Fマガジン1986年11月号で初めて日本で翻訳された際に
末弥純が描いた挿絵に影響を受けたものである。

『モナリザ・オーヴァードライブ』では日本人やくざの娘・久美子が準主役として登場し、
『ヴァーチャル・ライト』では大震災ゴジラにより東京が壊滅したことが語られる。


そんなウィリアム・ギブスンの世界観に、劣らないサイバーパンク・ワールドを、
今井寿がBUCK-TICKのアルバム『Mona Lisa OVERDRIVE』で展開している。

彼自身が、新境地を開拓したと語るタイトルに捩った「Mona Lisa」(まさに暴走する淑女)では、
自らラップで哲学を高らかに歌うという暴走と、教典『ONE LIFE、ONE DEATH』で見せた
「細胞具ドリー:ソラミミ:PHANTOM」が如きドラマチックな展開。

また、まさに“サイバーパンク”そのものといえる「Sid Vicious ON THE BEACH」で聞かせる
メイン・ヴォーカルでの退廃性、そして青空。

それと同時に突き抜ける青空を表現した「RHAPSODY」の続編で、
今井寿の新境地といえる様な「GIRL -Shape2-」でのセンチメンタリズム。

「原罪」では、櫻井敦司が、キリスト経的世界観の「カイン」「サファイア」で見せたデジ・ゴシック。
「LIMBO」での黙示録チックなハイパートランスパンク。

星野英彦楽曲に目向けると、エロティックな「BLACK CHERRY」とサイバースパーク「MONSTER」。
そして極め付けが決定的なデジタル・愛の賛歌「愛ノ歌」・・・。

そんなデジタル・ロックンロールを凝縮して封印したアルバム『Mona Lisa OVERDRIVE』を
象徴するような、一曲が、まさしく「残骸」であった。


【THE DAY IN QUESTION】。

モニターの上の櫻井敦司は前髪で顔が半分隠れている。
そこから、夢のかがり火、命の残滓(ざんし)を燃やながら、歌う「残骸」。

今井寿のスタビライザーからは「HEAVEN」へ登り詰めるようなスペイシーな嘶きが木霊する。
モニターから飛び降りた櫻井敦司は、日本武道館の戦友達に、鋭い眼差しを捧ぐ。

「戯れ言は お終いだが 絶望だけだ
 俺はもう夢見ない 明日が来ることを」


そして、この夢が覚めず、明日が来ないとしても、
ここで、こうして、燃やし続け“魂”の残骸は、永久に残るだろう。


だから・・・

もっと、深く・・・

深く・・・





残骸
 (作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)


瓦礫の上で歌う 気の狂えた天使
静かに叩きつける 雨は鎮魂歌

残骸が 残像が 残酷に燃える
お前は夢見る 明日が来ることを
雨に 撃たれ

止まない激しい雨は 誰の鎮魂歌
麗しいお前の肌を 俺は汚すだろう
戯れ言は お終いだ 欲望だけだ
俺はもう夢見ない 明日が来ることを

深く もっと深く 俺は穢れて行く
腐りきった日々よ 最後は お前の中で 深く…

残骸が 残像が 残酷に燃える
お前は夢見る 明日が来ることを

戯れ言は お終いだが 絶望だけだ
俺はもう夢見ない 明日が来ることを

深く もっと深く 俺は穢れて行く
腐りきった日々よ 最後は お前の中で

深く もっと深く 深く 愛してくれよ
砕け散った日々よ 最後はお前の中で

深く …深く

雨に 撃たれ


【ROMANCE】