彼女は言った。

「別室でも、いいから、私を“密室”に閉じ込めて」

でも、僕の“密室”には、別室はなかった…。


「Tight Rope」で、巨大な天の川を墜落させ、
日本武道館に、“TABOO”で、“GLAMOROUS ”な醒めない夢の中に突入していったBUCK-TICKは、
続いて、“魂”の叫び「密室」「Schiz・O 幻想 」「唄」と櫻井敦司の内面を抉り出すような、
そんなシリアスな展開へ進行する。



「あなたは僕だけのものでいて
 ああ何も何もない
 ああ何も望まない」



「お前を愛しているのに」



「密室」では、フロアにしゃがみ込んで唄う櫻井敦司。

それまで、抑え目のアクションで、じっくりとギター・ブーストを噴射していた今井寿は、
左側の花道へと進む。
この「密室」では、メイン・フレーズを作曲者の星野英彦が担当する。
今井寿は、シルバー・ポッドで、子宮の内部にようなエフェクトノイズを創り出す。

広い日本武道館に、櫻井敦司の唄声が広がっていくと、
照明も少しダウンし、メンバーの姿だけをスポット・ライトが浮かび上がらせている。
観客も、この「Tight Rope」「密室」への流れの中で、
じっくりと聴き入る体制を取っている。

櫻井敦司のヴォーカルは、繰り返すが、素晴らしいコンディションで、
最も情緒的なアルバム『Six/Nine』からのこの名曲で、
日本武道館を包み込んでいってしまう。

この広い日本武道館会場が、まるで、彼の“密室”と化してしまったかのように…。


「感謝したい 心から 太陽と水と空気と あなたに」


と、サプライズ的ともいえる“詩吟”で突入するアルバム『Six/Nine』で、
新境地を切り開いたともいえるBUCK-TICK。

これは、ジャパンロックのセンセーショナルであった。
忘れもしない1995年5月15日にビクターインビテーションよりリリースされた一枚。
重厚なハードロック・サウンドを基調に、ノイズを全面的に取り入れた大作で、
彼らの持つカオス面を前面に押し出した一つの到達点とも言えるアルバム。
BUCK-TICKの持つ世界観やサウンドの集大成は、徹底したアンダーグラウンドな世界観、
そして櫻井敦司の心の吐露を基調とし、シンプルな言葉を全面的に多用した独特な詞世界を、
全18曲という圧倒的なヴォリュームで結実した。
このアルバムは、彼らでしか成し得ない領域に達していると言える。


「宇宙(そら)に出かけよう さあ手を繋いで
 霧の朝焼けに 二人 飛び出そう
 鳥は囀り 僕は君へと 歩きはじめる」


各曲の哲学的タイトルの難解さや、複雑な楽曲から、さながらアート・ロックの一面も覗かせている。
6曲目「楽園(祈り 希い)」にイスラム教の聖典である「コーラン」を無断で使用していたため、
一時、回収騒動を巻き起こし、その部分を修正し、1995年9月21日に再発売されている。

この難解な内容で彼らは24万枚をセールスする。


「どうして生きているのか この俺は
 そうだ狂いだしたい 生きてる証が欲しい」


この年、西暦1995年は、日曜日から始まる平年。
第二次世界大戦終戦50年(半世紀)にあたる。
阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など大きな出来事が多発した年でもある。

1月17日、午前5時46分、兵庫県淡路島を震源とする直下型大地震、
「兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)」

衝撃であった。

物語や映画で見る様な光景が、リアル・タイムでテレビから映し出される。
この天災の悲劇を目の当たりにして、多くの人々が己の目を疑った。

「テレビでは悲痛な声でまくしたてるメロドラマ
 この僕は軽く涙流すふりで目を伏せた」

続く3月に、この世紀末如き、事件も発生する
3月20日、地下鉄サリン事件
3月30日、警察庁長官狙撃事件

「神のお恵みを 力なき弱き僕に
 独り迷い 目を開けたなら闇 」

4月に入り、事態は進展を見せる。
4月23日、オウム真理教の教団幹部村井秀夫刺殺される(村井秀夫刺殺事件)

5月には、彼らの2年越しの新作アルバム『Six/Nine』がリリースされる。
この狂った世界は、大きな“闇”に包まれているような空気であった。
5月13日、東京都立大島南高等学校の寄宿舎で、
生徒12人が上級生3人から漁港の堤防から海へ飛び込むよう強要され、3人が死亡。
1人が行方不明となる。
また生徒たちの日記や証言から、これ以前にも上級生らによるいじめが連日横行していた事が発覚し、社会問題化。
(※11月27日、新潟県上越市の中学1年生の生徒が、いじめを苦に自殺。
これを皮切りにいじめの報復殺人事件が相次ぐなど、
すでに昨年から今春にかけての連鎖自殺で社会問題となっていたいじめの残忍性を再確認させる。
さらに12月6日、千葉県香取郡の町立中学校で、中学2年の女子生徒がいじめを苦に自殺。
会見でのいじめの有無に対して二転三転し、いじめ問題は深刻化する)

5月16日、オウム真理教の教祖、麻原彰晃こと松本智津夫逮捕 。

「悲しげな夜苦しげな街 淋しげな夜退屈な街
 水のこの俺は下水管の中 仰向けでうたうみんな見ててくれ」

8月8日、村山内閣改造内閣発足
8月15日、村山首相、アジア諸国に植民地支配と侵略を謝罪。
8月30日、兵庫銀行が経営破綻。戦後初の銀行の経営破綻となった。

「何処だ・・何処なんだよ・・・どっちだ!?
 チェッ!・・・わからねぇ・・・
 完全に迷った、クソッ
 ドッチダ・・・」

9月4日、沖縄県で米兵隊員の運転する車両にはねられ母子3人死亡。
同日同県では沖縄米兵少女暴行事件が発生。
9月5日、フランスでは、南太平洋で核実験強行。

「どうしたんだこの世は どうしたんだ人間は
 どうしたんだ俺は 神と悪魔が歌い踊るよ」

同日9月5日、オウム真理教による坂本堤弁護士一家殺害事件で、
教団幹部の供述により坂本夫妻をそれぞれ新潟・富山両県内の山中から遺体で発見。
(9月10日には、長男を長野県内の山中から遺体で発見)

「360度夢見勝ちの俺は 罠にはまった鼠みたいだ
「自由!自由!」と叫ぶ 泣いて逃げてもダメ 追い詰められた時猫に噛みつく」

11月1日、お台場を走るゆりかもめの一部(新橋 - 有明)が開業。
11月20日、ザ・ビートルズが25年ぶり全世界同時新曲"Free As A Bird"発表 。天使は誰だ。
11月23日、Windows 95日本語版発売。
11月30日、朝鮮民主主義人民共和国平壌でよど号ハイジャック犯人グループのリーダー田宮高麿死去。

「I wanna live Just like a bitch
 Now what's your desire
 You wanna make Just like the rich
 Now what's your desire」

12月8日、高速増殖原型炉「もんじゅ」のナトリウム漏洩(ろうえい)事故が発生。

「欲望だけか 欲望だけさ
よくあることさ よくある芸だ
垂れ流された快感(オルガズム)が たどり着いたマンホールから覗く
それが鉄のブーツをはいて悦ぶお前の心蹴り上げる」






1995年のどうしようもない“閉塞感”。
僕は、この年、大学を卒業し、この「密室」から這い出て、サラリーマンになった。


「大地を蹴り宙に舞う 永遠の瞬間目を閉じる
 体中剥き出し宇宙に浮かぶ これが自由
 唾液を流し悶えてた」


人間は三度、“誕生”するという。
一度目は、母から、産まれ出た時。
二度目は、初めて、両親の手から解き放たれ家の外にデビューする小学一年生。
そして、三度目は、この社会人デビュー。社会人一年生。
これからは、自分で、自分を養っていかなくてはならない。
誰の保護もない。人生のお客様から、奉仕人への変化だ。
“義務”と“責任”の代価は、“自由”と“金”。
大いなる可能性と将来に“乾杯”!

これが、上司の新卒サラリーマンの僕への【ことば】だった。

「抱かれてた母星に さよならを告げよう
 胸の音聞こえる 確かに鼓動震え出す目醒めだ」

もう、ダイジョウブだ。彼らが、代弁してくれる。すべてを。

「水 空気 光と 愛 糧 生きがい 夢 欲 喜び あんたが大好き」

否、恋をする暇なんか、ありゃしない。

「宇宙(そら)に出かけよう さあ手を繋いで
 腐った世界のネオンが見える
 いつものように 歌い狂って 踊りまくるのさ
 籠の中の俺は上手く鳴けるか 真白な世界の女神手まねく」



日本音楽界に目を向けると、
5月1日、小林武史がプロデュースするMY LITTLE LOVERが、
シングル「Man & Woman」でデビューし、ヒットを連発。
5月22日、サザンオールスターズが「マンピーのG★SPOT」で活動を再開。
6月1日、甲本ヒロトと真島昌利を中心としたバンドブームの象徴THE BLUE HEARTSが解散した。

そして夏。

8月9日、小室哲也率いるglobeが「Feel Like dance」でデビュー。
この年から1997年にかけて、「小室ファミリー」の全盛期。
安室奈美恵、trf(現TRF)、華原朋美、H Jungle with t、globeなどがミリオンヒットを連発する。

「死に物狂いで生きている
 今ここに 終わるモノと始まるモノが クロスしている
 なんていう なんていう絶頂」

B'z「LOVE PHANTOM」
小沢健二「カローラIIにのって」
福山雅治「HELLO」
シャ乱Q「ズルい女」
L⇔R「KNOCKIN' ON YOUR DOOR」
ドリームズ・カム・トゥルー「LOVE LOVE LOVE」
JUDY AND MARY「Over Drive」・・・

「游ぐサカナ 游がないサカナ
 游げるサカナ 游げないサカナ
 有象無象の魑魅魍魎が跋扈する海の中のあの世界
 俺は一人金魚ばかりうるさい魚群(カタマリ)から抜け出す雑魚」

相川七瀬が「夢見る少女じゃいられない」でロックアイドルとしてデビュー。
スピッツが「ロビンソン」でミリオンヒット達成。
Mr.Childrenの「シーソーゲーム ~勇敢な恋の歌~」が大ブレイク、
この楽曲で発生する「CD売上金」「アーティスト印税」は、全て阪神・淡路大震災の義捐金に充てられた。

さらに桑田佳祐&Mr.Childrenの「奇跡の地球」がミリオンヒットを記録。
“音楽”が世界を救う。

「悲しい詩人 酒に溺れて 神秘の影をまとう
 涙をほんの少し 貰えたら幸せ
 人気者はごめんだ 人気者は僕じゃない
 両刃の剣 裸になれば 上も下もない水平
 可愛想 可愛想だ 生きていても淋しい 」

この年は日本のCDとレコードの売り上げの中でもっともミリオンヒットを記録したCDが多かった。
しかし、皮肉にもこの年、インターネットでMP3ファイルが出回り始めた。

「嘆きの星や 喜びの星 小さなとても小さな命 
 命 そして
“輪廻”
 遠い 遠い惑星 何にもない 裕福な その場所
 愛しい人よ もし居たら いつかまた いつか
 綺麗な場所で逢おう
 今日も太陽が眩しい 月が綺麗」

だから「密室」の扉を、僕は開けた。

「ドアの向こう側にそれが運命 闇の真実が待っている
 ドアの前で叫ぶそれが運命 闇の真実に帰るんだ」

そう、それまでは、ただ、わかったつもりだったに過ぎない。
「密室」で、僕が守りたかったものは何?“夢”?“愛”?
時間は誰のモノ?世界は誰の所有物?

僕は、社会の一部、歯車になったんだ。

だからって、別に、哀しくはない。

この道の先に、君が待ってる。

それで、いいよ。過去の“俺”。

「鳥は囀り 僕は君へと 歩きはじめる
 今夜は君と 会える約束
 真実が知りたい
 俺は狂いはじめた」



誰も入れないから、“密室”。
そして誰も、出られないから“密室”。



あの時、僕は“密室”の扉を開いた、つもり…で…。




密室
 (作詞:櫻井敦司 / 作曲:星野英彦 / 編曲:BUCK-TICK)


君に触りたい ここには望むものはない ああ何にも
君を奪いたい全てを 誰も邪魔させない ああ誰にも
たとえ嫌われ口もきかない ああそれでも君が要れば

君 の痛み知り僕の喜びは君に そうして傍にいて微笑んで
君の傷口に僕の溢れだす愛を だから此処にいて泣かないで

あなたは僕だけのものでいて

君を閉じこめておきたい この胸にずっと ああああなたを
いつか解るさ僕の気持ちが ああこんなに君のことを

君 の痛み知り僕の喜びは君に そうして傍にいて微笑んで
君の傷口に僕の溢れだす愛を だから此処にいて泣かないで

あなたは僕だけのものでいて

僕は醜さにいつも哀れみの唄を そうして傍にいて微笑んで
僕の醜さにいつも溢れだす愛を だから此処にいて泣かないで

あなたは僕だけのものでいて

ああ何も何もない

ああ何も望まない



【ROMANCE】