2006年2月15日に、『SINGLES on Digital Video Disc』がリリースされた。
BUCK-TICKの全シングルのヴィデオクリップを収録したデビュー20周年記念PV集。
この作品で、シングル盤という観点からBUCK-TICKを振り返るのも・・・、
ただただ、ひたすら“感動的”だ。
GLAMOROUS
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
水の中のベットに君を誘う
数え切れないクリスタル飲み込んで
君はとってもけなげに何かを探してるけど...
帰れない二人がいるだけ
扉を突き抜けたら光のシャワーの中へ...
溶けて消える二人に 眩暈を...
ねえ ぼんやり君の目見つめていられるのなら
目覚めを知らない夢の中
ねえ 確かに聞こえた天使の囁く声が
さよなら おやすみ 君の中
血を流す事もなく涙も無い 深い海の闇になる 抱き合って
君は微笑み浮かべて何かを探し続けて やがては疲れ果て眠れる
瞼を焦がしたなら光のシャワーの中へ...
溶けて消える二人に 眩暈を...
「例えば「GLAMOROUS」とかアルバム全体(『ONE LIFE,ONE DEATH』の事)の
トーンとかっていうのは外側に向きかけていると思うし。
その、大衆化されるっていうのも……そうやって自分たちで特別視していたいっていうのもあるけども。
それだけで、自己満足でやってても後々自分で自分を見て“みっともなぇな”って思うのも嫌だし。
だからチャレンジは凄いですよ。
個人個人違うかもしれないですけど。
まあ今までと同じことをやるんであれば、それなりに出来ると思うんですけども、
そういう感じは自分の中ではなかったんで。
だからもっと新しいものを……前やってたものでいいものは残してまた一皮剥いて、みたいな。
そういう意味では焦りとか危機感も持ってやってた」
(櫻井敦司)
2000年9月6日にリリースされた移籍第一弾シングル「GLAMOROUS」は、
先鋭的なセンスを持つ傍ら、普遍的なメロディを生む才能に長けた今井寿が、
“最近しまっていた伝家の宝刀”をズバッと抜いたような、
―――まるで水面に乱反射する光のおぼろげなキラメキを、
そのまま音に封じ込めたような、まばゆい美しさを湛えた楽曲であった。
個人的で申し訳ないが、僕は、当ブログのタイトルを考えた時の候補に、
【ROMANCE】と【GLAMOROUS】の双方で悩んだ。
それほど、この楽曲は、このBUCK-TICKというバンドの象徴的な楽曲であったのだ。
(少なくても、僕に取っては…)
マーキュリー時代の、いや、もっと前、
暗黒世界に足を踏み入れた『darker than darkness -style 93-』や
魂の叫びと、その渾身の内面を抉り出した『Six/Nine』の頃からか、
インナーな世界へと深く深く潜り込んだBUCK-TICKのパワーは、
アーティスティックを追求し、その内向性を高めていった。
世間の評判からの“反骨精神”からか『COSMOS』でロックへの回帰を試みたが、
これも、好奇心からの実験的な挑戦の一環であり、
極めつけは、マニアックな世界観を更に貫いた『SEXY STREAM LINER』で、
排他的とも取れるアヴァンギャルドな一連の楽曲群は、
非常に高品質のクオリティーを誇っていたが、決して分かり易い作品とはいえなかった。
そして、外へ向かっての“音”への執着心は、
この「GLAMOROUS」で解き放たれた。
そういう意味において、この「GLAMOROUS」は、
強い外へ力が漲る『狂った太陽』と同質のパワーを感じるし、
BUCK-TICKのリアル・タイムという意味では、
セルフ・ポートレイトとしての代表曲「スピード」に近い感覚で、
この「GLAMOROUS」は、展開されているといっても過言ではないだろう。
1985年結成。
惰性で転がり始めてもおかしくないような長い年月の中で、
BUCK-TICKは常に時代の空気を呼吸しながら新しい刺激を込めた音を創ってきたし、
その過程で商業主義的なものとは対極にあるようなストイックで混沌とした音作りに取り組んだ時期もあった。
それでもなお、日本武道館ライヴをやれば完売する。
根強いファンを掴んでいる分、現状維持でもある程度存続できる。
でも、音楽番組を見ていて“この人、羞恥心がないなぁ”と思うことがあるが、
BUCK-TICKは、アーティスティックな表現欲だけではなく、
そういう――客観的に自己批判できるかどうか、という意味で羞恥心も持ったバンドだ。
だから自分との馴れ合いや独りよがりに陥らない。
「GLAMOROUS」発表後、BUCK-TICKは、3年ぶりのオリジナル・アルバム『ONE LIFE,ONE DEATH』をリリース。
それに伴い、ホールクラスを回る【PHANTOM TOUR】
ライヴハウスでの【OTHER PHANTOM TOUR】
そして年末12月29日の日本武道館を含む【TOUR ONE LIFE,ONE DEATH】という3本のツアーを実施。
この「GLAMOROUS」に始まる一連の動きには、
そのキャリアや実力を再確認させる存在感や凄味も感じたが、
それ以上に、ハッとさせられたのは、作品とツアーに一貫してあった、
外に向かい突き抜けていこうとする5人の強い意志と
それが生み出すポジティヴで瑞々しいエネルギーであった。
21st Cherry Boy
(作詞:櫻井敦司・今井寿 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
輝くんだ 世界中 目覚めてくれ
深い闇で生まれたお前は愛
狂おしく無邪気な残酷さ
君のその欲望は綺麗で汚い愛しい
罪深きこの手に 降り注ぐ愛の歌にまみれて 踊ろう
飾り立てたならおいで悪魔の夜は抱き合っていよう
俺に触れてくれ その唇であなたの愛の息吹を
さあ 神となって
21st Cherry Boy Too young to die.
21st Cherry Boy I wanna be your toy.
21st Cherry Boy Too young to die.
21st Cherry Boy I wanna be your toy.
俺もお前も独りだ強く、この世界で 躍るだけだ
飾り立てたならおいで悪魔の夜は抱き合っていよう
そして触れてくれその唇で あなたの愛の息吹を
さあ 神となって
2001年11月21日、待望のシングル「21st Cherry Boy」がリリースされる。
コンセプトは、新世紀【21世紀】の到来。
「21st Cherry Boy Too young to die.
21st Cherry Boy I wanna be your toy. 」
のサビの歌詞とタイトルから明解な解釈は、誰もが判るように、
1970年代のグラム・ロックの雄T-REXの最も著名なシングル「20th Centruy Boy」からパロディ。
この楽曲は、浦沢直樹の大ヒット漫画『20世紀少年』のモチーフにもなったが、
これも、同世代の今井寿が遊び心一杯に一足先に“グラム・サイバー・ロック”に仕上げていたと言える。
作詞の方は珍しく、櫻井敦司と今井寿の共作という事になっている。
しかし、どのパートをどちらが作成したかも、意外とわかり易いのではないだろうか。
それほど、両名の作風は、個性的であり、まったく異なるファクターを混ぜ合わせる科学反応が、
この「21st Cherry Boy」で起こっていると言えるだろう。
それにしても、“20世紀童貞少年”というセンスは間違いなく今井寿によるものだろうし、
「俺に触れてくれ その唇であなたの愛の息吹を さあ 神となって」
という一行は、まさしく櫻井敦司にしか書けないだろう。
そして、外へのエネルギーを充満させたアルバム『ONE LIFE,ONE DEATH』に収録されていても、
おかしくないようなポジティヴさを兼ね備えたBUCK-TICK流のグラマラス・ロックであったから、
シングル・リリースとしては非常に明るい未来を感じた楽曲となった。
また、ヴィデオ・クリップが秀逸で、
初めてダンサブルで陽気な外国人女性ダンサー2名がフューチャーされ、
一緒に踊るダークな櫻井敦司との違和感がなんとも言えなく艶めかしい。
星野英彦が、ハンマーでミルク・パックを潰すと、そのハネッ返りが、今井寿の顔面にかかるシーンや、
今井寿のキメのポーズを、櫻井敦司が真似をしたりとマニアには名シーンが満載の内容となった。
映像としても、また、2001年のBUCK-TICK活動再開に相応しい内容を伴った名作「21st Cherry Boy」は、
マイペースな活動内容となったこの年のBUCK-TICKにとって、
充分に、その存在感を示す楽曲となり、ファンにとっては、期待感を発露する起爆剤となる。
年末の12月19日には、契約条件消化と言われるベスト・アルバムで
マーキュリー在籍時代の楽曲を集めた『SUPER VALUE BUCK-TICK』をリリースするも
この「21st Cherry Boy」一曲のインパクトに勝るものはなかった。
この2001年12月29日に初めて開催された【THE DAY IN QUESTION】のセットリストはファンであれば、
本当に溜息が零れるような内容である。
この日本武道館で6曲目にセットされた「21st Cherry Boy」のMC
「しゃべらせてもらいます。
今年は初めてのライヴで、もう最後のライヴですけど・・・
いろいろやっていました。
その結果を次の曲で・・・、皆さん、コーラスを一緒にして下さい」
(櫻井敦司)
SCHWEINでの、「本気の浮気」を経験した櫻井敦司にとっては、
BUCK-TICKという本家の活動に戻るリハビリ的な活動と言える韓国での初公演は行っているものの、
やはり、日本のロック・バンドとしての活動が一夜限りという刹那的な感情と不安感が伴ったようだ。
そして、そこで披露することになった新曲。
BUCK-TICKにとっても、そしてファンにとっても、「回帰」という意味で、
新たなる歴史を刻む年末のスペシャル・イベントとして【THE DAY IN QUESTION】の意義は大きい。
それは、誰よりも、聴き続けてくれるファン達へ贈り物として、最高の形を実現したライヴとなった。
わざとファンを遠ざけるようなパフォーマンスを繰り広げた時期もあった…
それは、クリエイターとしての苦悩のひとつでもあったかも知れないし、
すべての“予定調和”への反骨精神の表れであったかも知れない。
ただ、活動内容が少ないと言われた、この2001年に、彼らは、経験という価値を加えて「回帰」した。
ファンをその創作活動の力に取り込む努力、そしてライヴというバンドとファンの共同作業。
これは、パラドクス的であるが、独創的であり続ける上で大きな収穫となった。
彼らには、彼らの歴史を実証してくれる証人があるという自信。
変わり続けることと、変わらないものの“調和”を覚えたBUCK-TICKにとって、
このニュー・シングル「21st Cherry Boy」と【THE DAY IN QUESTION】は、
新世紀の始まりにエンジンを駆けると同時に、過去への「Loop」を可能にするハンドルを手に入れたようだ。
眩い“光”を放射しながら…
「君が駆け抜ける」
極東より愛を込めて
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
見つめろ 目の前に 顔を背けるな
愛と死 激情が ドロドロに溶け迫り来る
そいつが 俺だろう
俺らはミナシゴ 強さ身に付け
大地に聳え立つ
光り輝くこの身体
そいつが お前だろう
今こそ この世に生きる意味を
愛を込め歌おう アジアの果てで
汝の敵を 愛する事が 君に出来るか
愛を込め歌おう 極東の地にて
悲哀の敵 愛する事が 俺に出来るか
2002年2月20日、アルバム『極東I LOVE YOU』の先行シングルをリリースした。
それが、「極東より愛を込めて」である。
この楽曲は、2002年、日韓合同開催で、アジアに旋風を吹かせた
FIFAワールドカップサッカーのTBS系特集番組のテーマとなった。
恐らくは、この「極東より愛を込めて」が、戦争という人間社会発生時から続く、
因果な行為への警鐘としてアップされた櫻井敦司の歌詞と、
国家間戦争をスポーツという行為に変換して、競技化した、
このFIFAワールドカップの主旨とが合致したした為であろう。
先にリリースされた「21st Cherry Boy」とは対照的に
この「極東より愛を込めて」は、次の新アルバム『極東I LOVE YOU』の為に制作された。
先行シングルとしての意味合いが大きい。
「極東」のタイトルからもわかる通り、新アルバムの世界を象徴するようなマイナーコードの疾走感と
テクノ・ノイズの今井寿センスに満ちた完成度の高いBT流ロック・ナンバーとなっている。
ややキャッチーさという側面では「21st Cherry Boy」にインパクトは譲るが、
ロックという側面からは前作に続き、無駄な音をほとんど削ぎ落としたシンプルな構成で、
BUCK-TICKというロック・バンドの実力を象徴した一曲といえる。
彼等にしてみれば、こういった王道BTサウンドをシングルに持って来た事のほうが異例であったかも知れない。
櫻井敦司による歌詞も、ここまで来ると“伝道師”か、もしくは“神の使者”と言った感じで、
凄味に加えて、神聖な雰囲気さえ漂わせる内容だ。
これは当然、この当時、全世界を震撼させた【アメリカ同時多発テロ事件】がモチーフとなる。
米NYの資本主義経済の象徴、世界貿易センタービル・ツインタワーの北棟は、
2001年9月11日8時46分にアメリカン航空11便の突入を受けて爆発炎上した。
この時点では多くのメディアがテロ行為ではなく単なる航空機事故として報じた。
ジョージ・W・ブッシュ大統領も「第一報を受けた時点では航空事故だと考えた」と発言した。
ここから始まる前代未聞、未曽有のテロ・パニック。
過ぎ去ったかと思われた世紀末の悪夢が、時期を遅らせて舞い降りたかのように…。
全世界を巻き込む戦争が始まってしまったのだ。
その原因は、因果な人間の“怨念”に他ならない。
まさに、櫻井敦司が描いた「楽園」「無知の涙」の世界が繰り広げられる。
尊い命が失われ、人々は悲しみにそこにまた、“怨念”を生み出す“Loop”。
そう、このテロ戦争は、哀しみと怨念を繰り返す終わりなき“Loop”。
そして、BUCK-TICKは、遠く「極東の地から」問う。
ジーザスの【ことば】だ。
「汝の敵を愛する事が 君に出来るか?」と。
もう、「楽園」の涙で目を背けることは、不可能だった。
ヴィデオ・クリップの壮絶な炎の前でパフォーマンスを決める彼等にも、
この哀しみが滲みでる。
爆破ごとに水面を蹴り上げる今井寿…
水面に、四つん這いの櫻井敦司に…衝撃を受ける…。
非常にセンセーショナルな今井寿のロック・サウンドに乗って、
櫻井敦司の痛烈な“嘆き”が聴こえる。
間違いない。
傑作だ。
残骸
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
瓦礫の上で歌う 気の狂えた天使
静かに叩きつける 雨は鎮魂歌
残骸が 残像が 残酷に燃える
お前は夢見る 明日が来ることを
雨に 撃たれ
止まない激しい雨は 誰の鎮魂歌
麗しいお前の肌を 俺は汚すだろう
戯れ言は お終いだ 欲望だけだ
俺はもう夢見ない 明日が来ることを
深く もっと深く 俺は穢れて行く
腐りきった日々よ 最後は お前の中で 深く…
残骸が 残像が 残酷に燃える
お前は夢見る 明日が来ることを
戯れ言は お終いだが 絶望だけだ
俺はもう夢見ない 明日が来ることを
「ロックンロール。
リフで引っ張っていく、一番シンプルな考えで、出来た曲」
(今井寿)
「そうですね。映像監督のイメージとしては「惡の華」だったらしいんですけど。
でも、ああいう映像とか客観的に見てると、ホントに思うんです。
15年やってるくせに、全然変わってねえなって(笑)」
(ヤガミ・トール)
2002年1月8日にリリースされた『Mona Lisa OVERDRIVE』先行シングル「残骸」。
このヴィデオ・クリップ自体も、「残骸」の持つシンプルな“攻撃性”と、
ロック・バンドとしてのBUCK-TICKの姿勢を“自然体”で切り取った作品となった。
そして、とことん“過激”である。
1990年、復活の狼煙をあげた名曲「惡の華」を思い起こさせる
疾走ビート・ロックとスリリングで歪んだギターリフ、
サイバーなノイズも加えられ聴かせるパワフルな1曲となった「残骸」。
シンプルな構成のなかでも
ロック・バンドとしてのBUCK-TICKと、ノイズを駆使するアーティストBUCK-TICKの
両方の要素を詰め込んだ会心作とも言える。
メンバーの5人が、ライヴさながらに、お約束の五角形に布陣を敷き、パフォーマスする姿と、
パーソナルにジャイヴする各メンバーのカット・シーンに分けられて撮影が進められたが、
これまでの、イメージ的な映像は、一切使用されず、
ライヴ・シーンのみで構成されるこの「残骸」のヴィデオ・クリップは、
ライヴ・バンドであることへの強い意志表示。
それまでの凝りに凝ったギミックや、深淵なコンセプトを一度解除し、
頭で考えるよりも、行動に訴えかけるようなロックンロールの姿を目指した。
マイク・スタンドを背に担ぐ櫻井敦司。
高速回転でスピンする今井寿。
クールでスタイリッシュなアクションの星野英彦。
グルーヴィに身をくねらせる樋口“U-TA”豊。
エネルギッシュにスティックを振り上げるヤガミ“アニイ”トール。
「夢のない夢。自分も含めて、過ちの繰り返しで、救いのないとこまで、
こう……あきらめてはいるんだけども……、
でも、求めるものが、まだある。
それが、さっき(今井が)言った“希望”だったり、“ぬくもり”だったり、
本当に微かに、こう……あるんであれば、頼む、って感じ」
「夢だったり、希望だったり、自分の大切なものだったり、
かき集めてじゃないけど、そこまで、求める、と」
(櫻井敦司)
ロックンロールであると同時に、櫻井敦司による、
BUCK-TICKの“夢”と“愛”の残骸が、美しくも狂おしくもリフレインする。
もっと!もっと!深く、と。
モノゴトが計画通りに進んだかどうかなんてことは、たいした意味を持たない。
逆に、予定通りにコトが運ばないことのほうがアタリマエなのだと、
BUCK-TICKのマイペースな活動に歩調を合わせ、人生を揺さぶられてきた人たちは心得ているはずだ。
そんな、予測不可能な歩調こそ、ロックンロール。
そして、2003年の頭に登場したこの「残骸」。
果たして、BUCK-TICKにとっての“ロックンロール”とは?
勿論、巷にありふれた“ロックンロール”という古典的定義ではないはずだ。
この答えは、徐々に全貌を表していくことになる。
この楽曲が、この年のBUCK-TICKの在り方を示唆していたのは言うまでもない。
これぞ、BUCK-TICKロックンロールだ。
これこそ、BUCK-TICKの16年目の“意思表明”となった。
繰り返そう、16年目のBUCK-TICKは、とことん“過激”であった。
幻想の花
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:星野英彦 / 編曲:BUCK-TICK)
幻想の花 歌っておくれ
この世界は 美しいと
それは素敵な夢だと
君は狂ったように笑う
甘い蜜 飲み干せば やがて苦しみに染まる
花を…花を敷き詰めて
幻想の花 歌っておくれ
この世界は 美しいと
それは素敵な夢だと
君は狂ったように笑う
甘い蜜 飲み干せば やがて苦しみに染まる
花を…花を敷き詰めて
あなたはとても綺麗な 花びらを千切る
真実に触れた指に 朝日が突き刺す
DVD『Mona Lisa OVERDRIVE -XANADU-』に収録されるラスト・ナンバー。
「幻想の花」
未発表楽曲として、演奏されたアンコール楽曲は、まだ、歌詞が完成しておらず、
お蔵入りとなった『極東I LOVE YOU』時代の仮歌詞のまま唄われたとされる。
よって、上記の歌詞は、音源では【-XANADU-】だけの“幻”である。
かつて、1998年に展開されたライヴツアー【SEXTREAM LINER】のアンコールで、
然も、その全公演で、演奏された「月世界」が想い浮かぶ。
しかし、今回は、たったの2夜のみの幻。
日比谷野外音楽堂公演初日、2003年6月28日【-XANADU-】
のMCで、櫻井敦司が語る。
「今までみんなが聴いたことない曲を…」
櫻井敦司は1曲しか歌えない時間状況を詫びつつ、「幻想の花」と題されたその曲を歌いあげた。
それがそのまま、最初の夜の余韻になった。
シンプルなサウンドだが、星野英彦のアコースティック・ギターが染み渡る、
じっくりと耳をそばだてて聴きたくなるナンバー。
深い余韻を締めるのにふさわしいエンディングだった。
「あの曲を作ったのは『極東I LOVE YOU』の頃ですね。
2枚組にするとかそういう話もあったじゃないですか。
で、結果1枚になったんで入りきらなくて、
“じゃあ次に回そうかなぁ”とか言ってるうちにだんだん置いてきぼりを喰らったというか(笑)。
『Mona Lisa OVER DRIVE』には色的に合わなかったんで、
またいつか機会があったら出そうかなって気持ちでいたんですけど
……まあ、カッコ良く言えば隠し球ですかね(笑)。
確かに珍しいですよね、BUCK-TICKがああいうふうに未発表曲をやるのは。
久しぶりだったせいかもしれない理由?べつにないですよ(笑)。
せっかくの機会だからやってみたかったていうだけで。
次のヒント?いや、まだまだ、そこまでいってませんから」
(星野英彦)
誰もが、密かに、「幻想の花」がBUCK-TICKの“次”を解く鍵になるんじゃないかと予測していた。
つまりこの曲が披露されたことはある種の“謎かけ”なんじゃないか、と。
しかし星野英彦の柔和な笑顔は、あっさりとそれを否定していたのである。
この楽曲こそが、“まぼろしのはな”だ。
僕は、勝手ながら、「FLAME」で唄われる心の「密室」に咲いた“花”は、
この「幻想の花」であったのではないか?と感じていた。
それは、以前、耽美な世界を極めた“華”ではなく、
脆く、儚く、それでいて、生命の力強さを感じるような、路地に咲く“花”。
“名もなき花”だ。
櫻井敦司のこの時、未だ、未完成であった歌詞で、
この楽曲を聴いていると、そんな気がしてならない。
この儚げな“花”、生命の“花”が、昔の“キラメキ”以上の輝きを放つ。
ハッと気付く。
その“花”は、実はずっと、傍に居てくれた“花”…。
その時、“まぼろしのはな”が……
咲いた。
この“花”は“命”だ。
「幻想の花」は櫻井/星野作品という観点から見ると、
これは、「JUPITER」以来の衝撃と言えた。
「歩き出す月の螺旋を 流星だけが空に舞っている
そこからは小さく見えたあなただけが 優しく手を振る」
“歩き出す月の螺旋”の上には、この“幻想の花”が咲いていたのだ。
また、歌詞の面でも、櫻井敦司の詩作にも、ポジティヴな前進が見られる。
「FLAME」でどこまでも、儚く哀しく“恋”という胸に咲く花。
「あの日恋をした 忘れかけた花が咲く
あの日恋を知った 炎みたいな 」
“忘れかけた花”が囁き歌う、この世界は、美しい、と。
幻は幻である。
しかし、カタチにならない、自分の中のこの宇宙で、
確かに存在している。
それは、「残骸」で唄われている。
“夢”だったり、“希望”だったり…、
“生命の光”だったり。
美しい花には、棘がある。
“光”があれば、必ず“影”が射す。
“哀しみ”を知らなければ、“幸せ”を感じることは出来ない。
“喜怒哀楽”は、“Loop”する。
だから…、大丈夫。焦らなくていい。
その棘で傷付くことが、人生…、それでいい。
だから、花を敷き詰めよう。
誰もが、自分の【幻想の花】を咲かせるんだ。
いや、それは、すでにあなたの隣に咲いているのかもしれない。
まだ、あなたは、気が付いていないだけで…。
「あなたはとても綺麗な 花びらを千切る
真実に触れた指に 朝日が突き刺す」
隣を見てみよう。
そして、それに気が付いたら、夜が明ける。
この夜の果てを越えて。
ROMANCE
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
月明かりだけに許された
光る産毛にただ見とれていた
眠り続けている君の夢へ
黒いドレスで待っていて欲しい
ああ 君の首筋に深く愛突き刺す
ああ 僕の血と混ざり合い夜を駆けよう
月夜の花嫁
天使が見ているから月を消して
花を飾ろう綺麗な花を
ああ ひとつは君の瞼の横に
ああ そしてひとつは君の死の窓辺に
闇夜の花嫁
ああ こんなに麗しい跪き祈りの歌を
ああ 今夜も血が欲しい闇をゆき闇に溶け込む
ああ こんなに麗しい跪き祈りの歌を
ああ いつしか腐りゆく跡形も無く消えてゆく
ROMANCE
ああ そして最後の場面が今始まる
ああ 君のナイフが僕の胸に食い込む
そう深く・・・さあ深く
ああ こんなに麗しい 跪き祈りの歌を
ああ 今夜も血が欲しい闇をゆき闇に溶け込む
ああ こんなに麗しい跪き祈りの歌を
ああ いつしか腐りゆく跡形も無く消えてゆく
2005年3月2日、シングル「ROMANCE」がリリースとなる。
記念すべき結成20周年を迎えるBUCK-TICKの一年が、この「ROMANCE」と共に胎動を始める。
「ROMANCE」、ひいてはアルバム『十三階は月光』のコンセプトは、
「ゴス云々以前に、“櫻井さんのソロ作品を今井さんがプロデュースしたらどうなるのか?”的な発想」
に尽きるのではないだろうか。
今井寿は、こうも語る。
「BUCK-TICKは、……やっぱり、あっちゃん。あっちゃんなんだよ」
当時、各雑誌メディアでも頻繁に引用されていた「今井寿プロデュース/櫻井敦司ソロ作品」が、
この「ROMANCE」の正体であったのかも知れない。
誤解を恐れずに言えば、ソリッドで個性的な音の立った星野、樋口、ヤガミの演奏も、
そして、コンポーザーである今井寿本人すら、
出来得る限りその個人の自己主張を抑え、月影に包み込むように、
すべてを、櫻井敦司の「ROMANCE」に“献身的”に捧げているように映る。
やはり、この『十三階は月光』の一連のプロジェクトは、
これまでのBUCK-TICKキャリアとは、まったく、違った輝きを放っていた。
そして、それは、奇しくも結成20周年という節目と重なったが、
その後の、BUCK-TICKとも、また、違った“色”を放ったと言える。
在りそうで、無いもの。
そんな、身近な存在の価値に気付く瞬間。
人間は、測り知れない“飛躍”を達成するのかも知れない。
そこに、在ったBUCK-TICKの姿は、ソソリ立つ個性の激突による、
それまでの、苦悩する魂でもなければ、疾走するミュータントでもなかった。
不純物を全て削ぎ落とし、ギラリと鈍く光る。
神々しいまでに、完成し尽くされた世界。
ヒトなるものの情動の入り込む隙間すら存在しない。
「このイントロとか全体にあるリフは、けっこう前からストックとしてあって。
そのコード感とか雰囲気とかは今回使えそうかな、と。
そこから作っていった感じですね」
「自分ではわりとそうだったんですけどね。
会議のとき、レーベル側からは“普通っぽい”って言われて、
“ああ、そっかぁ”って(笑)。
なんか、今までになかった流れが求められてたところもあったんで、
こっちは逆に“じゃシングルは「DIABOLO」で”って言い返したんですけど…
…なんか結果、怖気づいたみたいで(笑)、
“やっぱり「ROMANCE」がいいです”みたいなことになって」
「ええ。あと今回は尖ったものっていうか、そういうのとは全然違うサイドでの発想なんで。
実際そういうことは今までやったことなかったから、
そういう部分ではBUCK-TICKとして新しいかもしれない」
(今井寿)
「最初に「ROMANCE」を聴いたときの印象としては……、
やっぱりゴシック・ホラー的なイメージでしたね。
たとえば『オ―メン』だとか、ああいった色トーンで物語を進めていければいいな、と思いました。
“優しい”なんて言うと可愛らしい感じを受けてしまうかもしれないですけど、
穏やかさのなかに何かを注入していくというか、
そこにさまざまアイデアを封じ込めて個性を与えていくというか。
穏やかなまま終わるんではなくて。
そういう発想で臨んだ曲ですね。最初に聴いたときの自分の印象を大切にしながら」
(櫻井敦司)
※本日の記事は以前【ROMANCE】で記事にしたものに加筆・修正したもの。
この「ROMANCE」を持って『SINGLES on Digital Video Disc』の全22曲は終了する。
そして、想うのだ。
20年という“時間”の価値を。
すばらしい、ロマンスを・・・、ありがとう。






BUCK-TICKの全シングルのヴィデオクリップを収録したデビュー20周年記念PV集。
この作品で、シングル盤という観点からBUCK-TICKを振り返るのも・・・、
ただただ、ひたすら“感動的”だ。
GLAMOROUS
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
水の中のベットに君を誘う
数え切れないクリスタル飲み込んで
君はとってもけなげに何かを探してるけど...
帰れない二人がいるだけ
扉を突き抜けたら光のシャワーの中へ...
溶けて消える二人に 眩暈を...
ねえ ぼんやり君の目見つめていられるのなら
目覚めを知らない夢の中
ねえ 確かに聞こえた天使の囁く声が
さよなら おやすみ 君の中
血を流す事もなく涙も無い 深い海の闇になる 抱き合って
君は微笑み浮かべて何かを探し続けて やがては疲れ果て眠れる
瞼を焦がしたなら光のシャワーの中へ...
溶けて消える二人に 眩暈を...
「例えば「GLAMOROUS」とかアルバム全体(『ONE LIFE,ONE DEATH』の事)の
トーンとかっていうのは外側に向きかけていると思うし。
その、大衆化されるっていうのも……そうやって自分たちで特別視していたいっていうのもあるけども。
それだけで、自己満足でやってても後々自分で自分を見て“みっともなぇな”って思うのも嫌だし。
だからチャレンジは凄いですよ。
個人個人違うかもしれないですけど。
まあ今までと同じことをやるんであれば、それなりに出来ると思うんですけども、
そういう感じは自分の中ではなかったんで。
だからもっと新しいものを……前やってたものでいいものは残してまた一皮剥いて、みたいな。
そういう意味では焦りとか危機感も持ってやってた」
(櫻井敦司)
2000年9月6日にリリースされた移籍第一弾シングル「GLAMOROUS」は、
先鋭的なセンスを持つ傍ら、普遍的なメロディを生む才能に長けた今井寿が、
“最近しまっていた伝家の宝刀”をズバッと抜いたような、
―――まるで水面に乱反射する光のおぼろげなキラメキを、
そのまま音に封じ込めたような、まばゆい美しさを湛えた楽曲であった。
個人的で申し訳ないが、僕は、当ブログのタイトルを考えた時の候補に、
【ROMANCE】と【GLAMOROUS】の双方で悩んだ。
それほど、この楽曲は、このBUCK-TICKというバンドの象徴的な楽曲であったのだ。
(少なくても、僕に取っては…)
マーキュリー時代の、いや、もっと前、
暗黒世界に足を踏み入れた『darker than darkness -style 93-』や
魂の叫びと、その渾身の内面を抉り出した『Six/Nine』の頃からか、
インナーな世界へと深く深く潜り込んだBUCK-TICKのパワーは、
アーティスティックを追求し、その内向性を高めていった。
世間の評判からの“反骨精神”からか『COSMOS』でロックへの回帰を試みたが、
これも、好奇心からの実験的な挑戦の一環であり、
極めつけは、マニアックな世界観を更に貫いた『SEXY STREAM LINER』で、
排他的とも取れるアヴァンギャルドな一連の楽曲群は、
非常に高品質のクオリティーを誇っていたが、決して分かり易い作品とはいえなかった。
そして、外へ向かっての“音”への執着心は、
この「GLAMOROUS」で解き放たれた。
そういう意味において、この「GLAMOROUS」は、
強い外へ力が漲る『狂った太陽』と同質のパワーを感じるし、
BUCK-TICKのリアル・タイムという意味では、
セルフ・ポートレイトとしての代表曲「スピード」に近い感覚で、
この「GLAMOROUS」は、展開されているといっても過言ではないだろう。
1985年結成。
惰性で転がり始めてもおかしくないような長い年月の中で、
BUCK-TICKは常に時代の空気を呼吸しながら新しい刺激を込めた音を創ってきたし、
その過程で商業主義的なものとは対極にあるようなストイックで混沌とした音作りに取り組んだ時期もあった。
それでもなお、日本武道館ライヴをやれば完売する。
根強いファンを掴んでいる分、現状維持でもある程度存続できる。
でも、音楽番組を見ていて“この人、羞恥心がないなぁ”と思うことがあるが、
BUCK-TICKは、アーティスティックな表現欲だけではなく、
そういう――客観的に自己批判できるかどうか、という意味で羞恥心も持ったバンドだ。
だから自分との馴れ合いや独りよがりに陥らない。
「GLAMOROUS」発表後、BUCK-TICKは、3年ぶりのオリジナル・アルバム『ONE LIFE,ONE DEATH』をリリース。
それに伴い、ホールクラスを回る【PHANTOM TOUR】
ライヴハウスでの【OTHER PHANTOM TOUR】
そして年末12月29日の日本武道館を含む【TOUR ONE LIFE,ONE DEATH】という3本のツアーを実施。
この「GLAMOROUS」に始まる一連の動きには、
そのキャリアや実力を再確認させる存在感や凄味も感じたが、
それ以上に、ハッとさせられたのは、作品とツアーに一貫してあった、
外に向かい突き抜けていこうとする5人の強い意志と
それが生み出すポジティヴで瑞々しいエネルギーであった。
21st Cherry Boy
(作詞:櫻井敦司・今井寿 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
輝くんだ 世界中 目覚めてくれ
深い闇で生まれたお前は愛
狂おしく無邪気な残酷さ
君のその欲望は綺麗で汚い愛しい
罪深きこの手に 降り注ぐ愛の歌にまみれて 踊ろう
飾り立てたならおいで悪魔の夜は抱き合っていよう
俺に触れてくれ その唇であなたの愛の息吹を
さあ 神となって
21st Cherry Boy Too young to die.
21st Cherry Boy I wanna be your toy.
21st Cherry Boy Too young to die.
21st Cherry Boy I wanna be your toy.
俺もお前も独りだ強く、この世界で 躍るだけだ
飾り立てたならおいで悪魔の夜は抱き合っていよう
そして触れてくれその唇で あなたの愛の息吹を
さあ 神となって
2001年11月21日、待望のシングル「21st Cherry Boy」がリリースされる。
コンセプトは、新世紀【21世紀】の到来。
「21st Cherry Boy Too young to die.
21st Cherry Boy I wanna be your toy. 」
のサビの歌詞とタイトルから明解な解釈は、誰もが判るように、
1970年代のグラム・ロックの雄T-REXの最も著名なシングル「20th Centruy Boy」からパロディ。
この楽曲は、浦沢直樹の大ヒット漫画『20世紀少年』のモチーフにもなったが、
これも、同世代の今井寿が遊び心一杯に一足先に“グラム・サイバー・ロック”に仕上げていたと言える。
作詞の方は珍しく、櫻井敦司と今井寿の共作という事になっている。
しかし、どのパートをどちらが作成したかも、意外とわかり易いのではないだろうか。
それほど、両名の作風は、個性的であり、まったく異なるファクターを混ぜ合わせる科学反応が、
この「21st Cherry Boy」で起こっていると言えるだろう。
それにしても、“20世紀童貞少年”というセンスは間違いなく今井寿によるものだろうし、
「俺に触れてくれ その唇であなたの愛の息吹を さあ 神となって」
という一行は、まさしく櫻井敦司にしか書けないだろう。
そして、外へのエネルギーを充満させたアルバム『ONE LIFE,ONE DEATH』に収録されていても、
おかしくないようなポジティヴさを兼ね備えたBUCK-TICK流のグラマラス・ロックであったから、
シングル・リリースとしては非常に明るい未来を感じた楽曲となった。
また、ヴィデオ・クリップが秀逸で、
初めてダンサブルで陽気な外国人女性ダンサー2名がフューチャーされ、
一緒に踊るダークな櫻井敦司との違和感がなんとも言えなく艶めかしい。
星野英彦が、ハンマーでミルク・パックを潰すと、そのハネッ返りが、今井寿の顔面にかかるシーンや、
今井寿のキメのポーズを、櫻井敦司が真似をしたりとマニアには名シーンが満載の内容となった。
映像としても、また、2001年のBUCK-TICK活動再開に相応しい内容を伴った名作「21st Cherry Boy」は、
マイペースな活動内容となったこの年のBUCK-TICKにとって、
充分に、その存在感を示す楽曲となり、ファンにとっては、期待感を発露する起爆剤となる。
年末の12月19日には、契約条件消化と言われるベスト・アルバムで
マーキュリー在籍時代の楽曲を集めた『SUPER VALUE BUCK-TICK』をリリースするも
この「21st Cherry Boy」一曲のインパクトに勝るものはなかった。
この2001年12月29日に初めて開催された【THE DAY IN QUESTION】のセットリストはファンであれば、
本当に溜息が零れるような内容である。
この日本武道館で6曲目にセットされた「21st Cherry Boy」のMC
「しゃべらせてもらいます。
今年は初めてのライヴで、もう最後のライヴですけど・・・
いろいろやっていました。
その結果を次の曲で・・・、皆さん、コーラスを一緒にして下さい」
(櫻井敦司)
SCHWEINでの、「本気の浮気」を経験した櫻井敦司にとっては、
BUCK-TICKという本家の活動に戻るリハビリ的な活動と言える韓国での初公演は行っているものの、
やはり、日本のロック・バンドとしての活動が一夜限りという刹那的な感情と不安感が伴ったようだ。
そして、そこで披露することになった新曲。
BUCK-TICKにとっても、そしてファンにとっても、「回帰」という意味で、
新たなる歴史を刻む年末のスペシャル・イベントとして【THE DAY IN QUESTION】の意義は大きい。
それは、誰よりも、聴き続けてくれるファン達へ贈り物として、最高の形を実現したライヴとなった。
わざとファンを遠ざけるようなパフォーマンスを繰り広げた時期もあった…
それは、クリエイターとしての苦悩のひとつでもあったかも知れないし、
すべての“予定調和”への反骨精神の表れであったかも知れない。
ただ、活動内容が少ないと言われた、この2001年に、彼らは、経験という価値を加えて「回帰」した。
ファンをその創作活動の力に取り込む努力、そしてライヴというバンドとファンの共同作業。
これは、パラドクス的であるが、独創的であり続ける上で大きな収穫となった。
彼らには、彼らの歴史を実証してくれる証人があるという自信。
変わり続けることと、変わらないものの“調和”を覚えたBUCK-TICKにとって、
このニュー・シングル「21st Cherry Boy」と【THE DAY IN QUESTION】は、
新世紀の始まりにエンジンを駆けると同時に、過去への「Loop」を可能にするハンドルを手に入れたようだ。
眩い“光”を放射しながら…
「君が駆け抜ける」
極東より愛を込めて
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
見つめろ 目の前に 顔を背けるな
愛と死 激情が ドロドロに溶け迫り来る
そいつが 俺だろう
俺らはミナシゴ 強さ身に付け
大地に聳え立つ
光り輝くこの身体
そいつが お前だろう
今こそ この世に生きる意味を
愛を込め歌おう アジアの果てで
汝の敵を 愛する事が 君に出来るか
愛を込め歌おう 極東の地にて
悲哀の敵 愛する事が 俺に出来るか
2002年2月20日、アルバム『極東I LOVE YOU』の先行シングルをリリースした。
それが、「極東より愛を込めて」である。
この楽曲は、2002年、日韓合同開催で、アジアに旋風を吹かせた
FIFAワールドカップサッカーのTBS系特集番組のテーマとなった。
恐らくは、この「極東より愛を込めて」が、戦争という人間社会発生時から続く、
因果な行為への警鐘としてアップされた櫻井敦司の歌詞と、
国家間戦争をスポーツという行為に変換して、競技化した、
このFIFAワールドカップの主旨とが合致したした為であろう。
先にリリースされた「21st Cherry Boy」とは対照的に
この「極東より愛を込めて」は、次の新アルバム『極東I LOVE YOU』の為に制作された。
先行シングルとしての意味合いが大きい。
「極東」のタイトルからもわかる通り、新アルバムの世界を象徴するようなマイナーコードの疾走感と
テクノ・ノイズの今井寿センスに満ちた完成度の高いBT流ロック・ナンバーとなっている。
ややキャッチーさという側面では「21st Cherry Boy」にインパクトは譲るが、
ロックという側面からは前作に続き、無駄な音をほとんど削ぎ落としたシンプルな構成で、
BUCK-TICKというロック・バンドの実力を象徴した一曲といえる。
彼等にしてみれば、こういった王道BTサウンドをシングルに持って来た事のほうが異例であったかも知れない。
櫻井敦司による歌詞も、ここまで来ると“伝道師”か、もしくは“神の使者”と言った感じで、
凄味に加えて、神聖な雰囲気さえ漂わせる内容だ。
これは当然、この当時、全世界を震撼させた【アメリカ同時多発テロ事件】がモチーフとなる。
米NYの資本主義経済の象徴、世界貿易センタービル・ツインタワーの北棟は、
2001年9月11日8時46分にアメリカン航空11便の突入を受けて爆発炎上した。
この時点では多くのメディアがテロ行為ではなく単なる航空機事故として報じた。
ジョージ・W・ブッシュ大統領も「第一報を受けた時点では航空事故だと考えた」と発言した。
ここから始まる前代未聞、未曽有のテロ・パニック。
過ぎ去ったかと思われた世紀末の悪夢が、時期を遅らせて舞い降りたかのように…。
全世界を巻き込む戦争が始まってしまったのだ。
その原因は、因果な人間の“怨念”に他ならない。
まさに、櫻井敦司が描いた「楽園」「無知の涙」の世界が繰り広げられる。
尊い命が失われ、人々は悲しみにそこにまた、“怨念”を生み出す“Loop”。
そう、このテロ戦争は、哀しみと怨念を繰り返す終わりなき“Loop”。
そして、BUCK-TICKは、遠く「極東の地から」問う。
ジーザスの【ことば】だ。
「汝の敵を愛する事が 君に出来るか?」と。
もう、「楽園」の涙で目を背けることは、不可能だった。
ヴィデオ・クリップの壮絶な炎の前でパフォーマンスを決める彼等にも、
この哀しみが滲みでる。
爆破ごとに水面を蹴り上げる今井寿…
水面に、四つん這いの櫻井敦司に…衝撃を受ける…。
非常にセンセーショナルな今井寿のロック・サウンドに乗って、
櫻井敦司の痛烈な“嘆き”が聴こえる。
間違いない。
傑作だ。
残骸
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
瓦礫の上で歌う 気の狂えた天使
静かに叩きつける 雨は鎮魂歌
残骸が 残像が 残酷に燃える
お前は夢見る 明日が来ることを
雨に 撃たれ
止まない激しい雨は 誰の鎮魂歌
麗しいお前の肌を 俺は汚すだろう
戯れ言は お終いだ 欲望だけだ
俺はもう夢見ない 明日が来ることを
深く もっと深く 俺は穢れて行く
腐りきった日々よ 最後は お前の中で 深く…
残骸が 残像が 残酷に燃える
お前は夢見る 明日が来ることを
戯れ言は お終いだが 絶望だけだ
俺はもう夢見ない 明日が来ることを
「ロックンロール。
リフで引っ張っていく、一番シンプルな考えで、出来た曲」
(今井寿)
「そうですね。映像監督のイメージとしては「惡の華」だったらしいんですけど。
でも、ああいう映像とか客観的に見てると、ホントに思うんです。
15年やってるくせに、全然変わってねえなって(笑)」
(ヤガミ・トール)
2002年1月8日にリリースされた『Mona Lisa OVERDRIVE』先行シングル「残骸」。
このヴィデオ・クリップ自体も、「残骸」の持つシンプルな“攻撃性”と、
ロック・バンドとしてのBUCK-TICKの姿勢を“自然体”で切り取った作品となった。
そして、とことん“過激”である。
1990年、復活の狼煙をあげた名曲「惡の華」を思い起こさせる
疾走ビート・ロックとスリリングで歪んだギターリフ、
サイバーなノイズも加えられ聴かせるパワフルな1曲となった「残骸」。
シンプルな構成のなかでも
ロック・バンドとしてのBUCK-TICKと、ノイズを駆使するアーティストBUCK-TICKの
両方の要素を詰め込んだ会心作とも言える。
メンバーの5人が、ライヴさながらに、お約束の五角形に布陣を敷き、パフォーマスする姿と、
パーソナルにジャイヴする各メンバーのカット・シーンに分けられて撮影が進められたが、
これまでの、イメージ的な映像は、一切使用されず、
ライヴ・シーンのみで構成されるこの「残骸」のヴィデオ・クリップは、
ライヴ・バンドであることへの強い意志表示。
それまでの凝りに凝ったギミックや、深淵なコンセプトを一度解除し、
頭で考えるよりも、行動に訴えかけるようなロックンロールの姿を目指した。
マイク・スタンドを背に担ぐ櫻井敦司。
高速回転でスピンする今井寿。
クールでスタイリッシュなアクションの星野英彦。
グルーヴィに身をくねらせる樋口“U-TA”豊。
エネルギッシュにスティックを振り上げるヤガミ“アニイ”トール。
「夢のない夢。自分も含めて、過ちの繰り返しで、救いのないとこまで、
こう……あきらめてはいるんだけども……、
でも、求めるものが、まだある。
それが、さっき(今井が)言った“希望”だったり、“ぬくもり”だったり、
本当に微かに、こう……あるんであれば、頼む、って感じ」
「夢だったり、希望だったり、自分の大切なものだったり、
かき集めてじゃないけど、そこまで、求める、と」
(櫻井敦司)
ロックンロールであると同時に、櫻井敦司による、
BUCK-TICKの“夢”と“愛”の残骸が、美しくも狂おしくもリフレインする。
もっと!もっと!深く、と。
モノゴトが計画通りに進んだかどうかなんてことは、たいした意味を持たない。
逆に、予定通りにコトが運ばないことのほうがアタリマエなのだと、
BUCK-TICKのマイペースな活動に歩調を合わせ、人生を揺さぶられてきた人たちは心得ているはずだ。
そんな、予測不可能な歩調こそ、ロックンロール。
そして、2003年の頭に登場したこの「残骸」。
果たして、BUCK-TICKにとっての“ロックンロール”とは?
勿論、巷にありふれた“ロックンロール”という古典的定義ではないはずだ。
この答えは、徐々に全貌を表していくことになる。
この楽曲が、この年のBUCK-TICKの在り方を示唆していたのは言うまでもない。
これぞ、BUCK-TICKロックンロールだ。
これこそ、BUCK-TICKの16年目の“意思表明”となった。
繰り返そう、16年目のBUCK-TICKは、とことん“過激”であった。
幻想の花
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:星野英彦 / 編曲:BUCK-TICK)
幻想の花 歌っておくれ
この世界は 美しいと
それは素敵な夢だと
君は狂ったように笑う
甘い蜜 飲み干せば やがて苦しみに染まる
花を…花を敷き詰めて
幻想の花 歌っておくれ
この世界は 美しいと
それは素敵な夢だと
君は狂ったように笑う
甘い蜜 飲み干せば やがて苦しみに染まる
花を…花を敷き詰めて
あなたはとても綺麗な 花びらを千切る
真実に触れた指に 朝日が突き刺す
DVD『Mona Lisa OVERDRIVE -XANADU-』に収録されるラスト・ナンバー。
「幻想の花」
未発表楽曲として、演奏されたアンコール楽曲は、まだ、歌詞が完成しておらず、
お蔵入りとなった『極東I LOVE YOU』時代の仮歌詞のまま唄われたとされる。
よって、上記の歌詞は、音源では【-XANADU-】だけの“幻”である。
かつて、1998年に展開されたライヴツアー【SEXTREAM LINER】のアンコールで、
然も、その全公演で、演奏された「月世界」が想い浮かぶ。
しかし、今回は、たったの2夜のみの幻。
日比谷野外音楽堂公演初日、2003年6月28日【-XANADU-】
のMCで、櫻井敦司が語る。
「今までみんなが聴いたことない曲を…」
櫻井敦司は1曲しか歌えない時間状況を詫びつつ、「幻想の花」と題されたその曲を歌いあげた。
それがそのまま、最初の夜の余韻になった。
シンプルなサウンドだが、星野英彦のアコースティック・ギターが染み渡る、
じっくりと耳をそばだてて聴きたくなるナンバー。
深い余韻を締めるのにふさわしいエンディングだった。
「あの曲を作ったのは『極東I LOVE YOU』の頃ですね。
2枚組にするとかそういう話もあったじゃないですか。
で、結果1枚になったんで入りきらなくて、
“じゃあ次に回そうかなぁ”とか言ってるうちにだんだん置いてきぼりを喰らったというか(笑)。
『Mona Lisa OVER DRIVE』には色的に合わなかったんで、
またいつか機会があったら出そうかなって気持ちでいたんですけど
……まあ、カッコ良く言えば隠し球ですかね(笑)。
確かに珍しいですよね、BUCK-TICKがああいうふうに未発表曲をやるのは。
久しぶりだったせいかもしれない理由?べつにないですよ(笑)。
せっかくの機会だからやってみたかったていうだけで。
次のヒント?いや、まだまだ、そこまでいってませんから」
(星野英彦)
誰もが、密かに、「幻想の花」がBUCK-TICKの“次”を解く鍵になるんじゃないかと予測していた。
つまりこの曲が披露されたことはある種の“謎かけ”なんじゃないか、と。
しかし星野英彦の柔和な笑顔は、あっさりとそれを否定していたのである。
この楽曲こそが、“まぼろしのはな”だ。
僕は、勝手ながら、「FLAME」で唄われる心の「密室」に咲いた“花”は、
この「幻想の花」であったのではないか?と感じていた。
それは、以前、耽美な世界を極めた“華”ではなく、
脆く、儚く、それでいて、生命の力強さを感じるような、路地に咲く“花”。
“名もなき花”だ。
櫻井敦司のこの時、未だ、未完成であった歌詞で、
この楽曲を聴いていると、そんな気がしてならない。
この儚げな“花”、生命の“花”が、昔の“キラメキ”以上の輝きを放つ。
ハッと気付く。
その“花”は、実はずっと、傍に居てくれた“花”…。
その時、“まぼろしのはな”が……
咲いた。
この“花”は“命”だ。
「幻想の花」は櫻井/星野作品という観点から見ると、
これは、「JUPITER」以来の衝撃と言えた。
「歩き出す月の螺旋を 流星だけが空に舞っている
そこからは小さく見えたあなただけが 優しく手を振る」
“歩き出す月の螺旋”の上には、この“幻想の花”が咲いていたのだ。
また、歌詞の面でも、櫻井敦司の詩作にも、ポジティヴな前進が見られる。
「FLAME」でどこまでも、儚く哀しく“恋”という胸に咲く花。
「あの日恋をした 忘れかけた花が咲く
あの日恋を知った 炎みたいな 」
“忘れかけた花”が囁き歌う、この世界は、美しい、と。
幻は幻である。
しかし、カタチにならない、自分の中のこの宇宙で、
確かに存在している。
それは、「残骸」で唄われている。
“夢”だったり、“希望”だったり…、
“生命の光”だったり。
美しい花には、棘がある。
“光”があれば、必ず“影”が射す。
“哀しみ”を知らなければ、“幸せ”を感じることは出来ない。
“喜怒哀楽”は、“Loop”する。
だから…、大丈夫。焦らなくていい。
その棘で傷付くことが、人生…、それでいい。
だから、花を敷き詰めよう。
誰もが、自分の【幻想の花】を咲かせるんだ。
いや、それは、すでにあなたの隣に咲いているのかもしれない。
まだ、あなたは、気が付いていないだけで…。
「あなたはとても綺麗な 花びらを千切る
真実に触れた指に 朝日が突き刺す」
隣を見てみよう。
そして、それに気が付いたら、夜が明ける。
この夜の果てを越えて。
ROMANCE
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
月明かりだけに許された
光る産毛にただ見とれていた
眠り続けている君の夢へ
黒いドレスで待っていて欲しい
ああ 君の首筋に深く愛突き刺す
ああ 僕の血と混ざり合い夜を駆けよう
月夜の花嫁
天使が見ているから月を消して
花を飾ろう綺麗な花を
ああ ひとつは君の瞼の横に
ああ そしてひとつは君の死の窓辺に
闇夜の花嫁
ああ こんなに麗しい跪き祈りの歌を
ああ 今夜も血が欲しい闇をゆき闇に溶け込む
ああ こんなに麗しい跪き祈りの歌を
ああ いつしか腐りゆく跡形も無く消えてゆく
ROMANCE
ああ そして最後の場面が今始まる
ああ 君のナイフが僕の胸に食い込む
そう深く・・・さあ深く
ああ こんなに麗しい 跪き祈りの歌を
ああ 今夜も血が欲しい闇をゆき闇に溶け込む
ああ こんなに麗しい跪き祈りの歌を
ああ いつしか腐りゆく跡形も無く消えてゆく
2005年3月2日、シングル「ROMANCE」がリリースとなる。
記念すべき結成20周年を迎えるBUCK-TICKの一年が、この「ROMANCE」と共に胎動を始める。
「ROMANCE」、ひいてはアルバム『十三階は月光』のコンセプトは、
「ゴス云々以前に、“櫻井さんのソロ作品を今井さんがプロデュースしたらどうなるのか?”的な発想」
に尽きるのではないだろうか。
今井寿は、こうも語る。
「BUCK-TICKは、……やっぱり、あっちゃん。あっちゃんなんだよ」
当時、各雑誌メディアでも頻繁に引用されていた「今井寿プロデュース/櫻井敦司ソロ作品」が、
この「ROMANCE」の正体であったのかも知れない。
誤解を恐れずに言えば、ソリッドで個性的な音の立った星野、樋口、ヤガミの演奏も、
そして、コンポーザーである今井寿本人すら、
出来得る限りその個人の自己主張を抑え、月影に包み込むように、
すべてを、櫻井敦司の「ROMANCE」に“献身的”に捧げているように映る。
やはり、この『十三階は月光』の一連のプロジェクトは、
これまでのBUCK-TICKキャリアとは、まったく、違った輝きを放っていた。
そして、それは、奇しくも結成20周年という節目と重なったが、
その後の、BUCK-TICKとも、また、違った“色”を放ったと言える。
在りそうで、無いもの。
そんな、身近な存在の価値に気付く瞬間。
人間は、測り知れない“飛躍”を達成するのかも知れない。
そこに、在ったBUCK-TICKの姿は、ソソリ立つ個性の激突による、
それまでの、苦悩する魂でもなければ、疾走するミュータントでもなかった。
不純物を全て削ぎ落とし、ギラリと鈍く光る。
神々しいまでに、完成し尽くされた世界。
ヒトなるものの情動の入り込む隙間すら存在しない。
「このイントロとか全体にあるリフは、けっこう前からストックとしてあって。
そのコード感とか雰囲気とかは今回使えそうかな、と。
そこから作っていった感じですね」
「自分ではわりとそうだったんですけどね。
会議のとき、レーベル側からは“普通っぽい”って言われて、
“ああ、そっかぁ”って(笑)。
なんか、今までになかった流れが求められてたところもあったんで、
こっちは逆に“じゃシングルは「DIABOLO」で”って言い返したんですけど…
…なんか結果、怖気づいたみたいで(笑)、
“やっぱり「ROMANCE」がいいです”みたいなことになって」
「ええ。あと今回は尖ったものっていうか、そういうのとは全然違うサイドでの発想なんで。
実際そういうことは今までやったことなかったから、
そういう部分ではBUCK-TICKとして新しいかもしれない」
(今井寿)
「最初に「ROMANCE」を聴いたときの印象としては……、
やっぱりゴシック・ホラー的なイメージでしたね。
たとえば『オ―メン』だとか、ああいった色トーンで物語を進めていければいいな、と思いました。
“優しい”なんて言うと可愛らしい感じを受けてしまうかもしれないですけど、
穏やかさのなかに何かを注入していくというか、
そこにさまざまアイデアを封じ込めて個性を与えていくというか。
穏やかなまま終わるんではなくて。
そういう発想で臨んだ曲ですね。最初に聴いたときの自分の印象を大切にしながら」
(櫻井敦司)
※本日の記事は以前【ROMANCE】で記事にしたものに加筆・修正したもの。
この「ROMANCE」を持って『SINGLES on Digital Video Disc』の全22曲は終了する。
そして、想うのだ。
20年という“時間”の価値を。
すばらしい、ロマンスを・・・、ありがとう。





