「貴方は誰? ねぇ誰なの?
私は誰? ねぇ誰なの?」
ひょっとすると、先行シングル「ROMANCE」の次に、
アルバム『十三階は月光』から、シングルが登場するとしたら、この「道化師A」であった可能性はある。
楽曲のインパクト的には、「夢魔-The Nightmare」が有力であろうが、
意外と二曲目のシングルに、何か、暗い闇の本質を感じさせるような楽曲を、
彼らはシングルカットすることが、あるからだ。
おそらく、それは、先行シングルの裏側にある闇の一面を反映させたものとも言えるが、
「スピード」の後の「M・A・D」や、「ヒロイン」の後の「囁き」等がその例と言えるだろう。
アルバム『十三階は月光』のSEにある3曲の「CLOWN」シリーズを始め“道化師=ピエロ”という題材は、
過去のBUCK-TICKを振り返ってみても、度々、自虐的に扱ってきた題材と言えた。
彼らが“道化師”を持ち出す時のパターンは、客観的に、自分や他人との距離感を測る意図があったし、
演じている自分と本当の自分の境目が、曖昧になりつつある瞬間を切り抜いたモノが多い。
それは、いつも、そうなのだが、“狂気”というキーワードとともに訪れる。
“闇”を覗き込んで、気付くのだ。
“闇”もまた、自分を覗き込んでいる、と。
それは、鏡を眺めながら、己の嘆き悲しんでいる姿が連想させる。
アルバム『十三階は月光』の楽曲映像集という一面を持つDVD『13th FLOOR WITH DIANA』で、
冒頭のSE「ENTER CLOWN」において、道化師CLOWNが鏡台に向ってピエロのメイクをしているシーンで、
様々なモノが、その鏡に映り込んでいる。
これは、自分の姿であり、また、自分以外の思惟が、表面化した姿とも言える。
そして、いつしか、鏡の中の自分が、こちら側に話しかけてくると、
もう、どちらが、本当に自分なのか、わからなくなってしまう。
◆◇◆◇◆
世界一有名な童話『白雪姫』(Schneewittchen、Schnee weischen)では、
白雪姫の継母(グリム童話初版本では実母)である王妃は、自分が世界で一番美しいと信じており、
彼女の持つ魔法の鏡もそれに同意したため、満足な日々を送っていた。
白雪姫が7歳になったある日、王妃が魔法の鏡に
「世界で一番美しい女性は?」
と聞くと、白雪姫だという答えが返ってきた。
王妃は怒りのあまり、猟師に白雪姫を森に連れて行き、
白雪姫を殺し肝臓(※作品によっては心臓、となっている)をとってくるように命じる。
白雪姫を不憫に思った猟師は彼女を殺せず、
代わりに森の中に置き去りにしイノシシの肝臓をかわりにする。
王妃はその肝臓を塩茹にして食べた。
白雪姫は、森の中で7人の小人たちと出会い暮らすようになる。
しかし、再び王妃が魔法の鏡に「世界で一番美しいのは?」と聞いたため、
白雪姫がまだ生きている事が露見。
王妃は物売りに化け、小人の留守を狙って胸紐を白雪姫に売り、胸紐を締め上げ息を絶えさせる。
魔法の鏡に、意思があるとは思えないが、その映り込んでいた鏡の中の王妃には、
まさに“魔”が取り憑いている。
この鏡の中の自分がもし、白雪姫を“殺せ”と暗示していたのなら、
まさしく、人間の中にこそ、“狂気”は潜んでいると言えるだろう。
そして、ここで、白雪姫を救う小人たちこそ、「小鬼」とも言える「Goblin」の姿なのかも知れない。
人間が、“魔”に取り憑かれ、鬼が、人間を救う。
そんな倒錯したパラドクスのなかで、ドラマは進行していくのだ。
◆◇◆◇◆
真実は、闇だけが、見つめている。
そんな、自答自問を、自身に繰り返していた時期は確かにあった。
そう、作詞を担当した櫻井敦司は、認めたうえで、こう語っている。
――「道化師A」は主人公が二重もしくは多重人格であることを思わせる表現が出てくる詞ですよね。
ここで展開される自答自問の風景自体は、
ある種これまでの櫻井さんの書かれてきた他の詞世界とも呼応する部分があると思うのですが、
ご自身としてはどんな心境でこの詞をお書きになったのでしょうか?
「以前はわりと、自答自問をしたとしても袋小路のまま終わっていたことが多かったと思うんですよ。
しかも、それをキャラとしてではなく、自分と対峙した自分自身のこととして書いていたというか。
ただ、今回に関してはむしろまったくそういうのは排除したかったんですね」
――あくまでフィクションであると。
「ええ。なので、これはあくまでこの詞の中のキャラクターとしての表現であって、
これはひとつのドラマであるということなんです。
この二重にも、三重にも、四重にも錯乱した主人公の様とか、いくつも視点があるっていうところで、
この世界をそれぞれの形で楽しんでもらえればなと思います」
アルバム『十三階は月光』の世界はフィクションなのだ。
だからこそ、飛躍的な創作の世界に、櫻井敦司も飛び込めたのだろう。
あくまで、“夢”の世界の出来事だから、それが例えどんな“悪夢”であろうと、
トコトンまで、世界観を追及できるのだろう。
今井寿の“ゴシック”というトータル・コンセプトの“枷”が、
逆に、櫻井敦司の倒錯世界の限界の扉を開放したと言えるだろう。
「道化師A」は、櫻井自身も語るように、フィクション上の“狂気”であるからこそ、
そこに潜む、闇の深淵を、ここまでリアルに表現出来たのだ。
ひょっとすると、これは、“童話”の持つシステムと一緒なのかも知れない。
作り話の中だから、どこまでも、飛躍できる。
そんな、ファンタジーの中に、子供達は、人間の持つ“魔”“闇”の存在に対して、
免疫力を付け、強く育って行けるのだ。
櫻井敦司は、インタヴューで、アルバム『十三階は月光』を、夜寝る前に子供に聞かせて欲しい、
そうコメントしたことがある。
「いい子に育ちますかね?」と聞き返すインタヴュアーに、
自信一杯に「ハイ!」と答えるのだ。
人生は、“光”だけではない。
“闇”こそが、“光”を輝かせるのだ。
という真実がそこには、存在する。
決して、誤解ではない……。
◆◇◆◇◆
追加公演【13th FLOOR WITH MOONSHINE】のNHKホール。
「Tight Rope」「謝肉祭-カーニバル」「誘惑」「キラメキの中で・・・」
BUCK-TICKの往年の様々なスタイルで魅せた“ゴス”の輝きの後に、
アルバム『十三階は月光』の中枢部分に入る導入楽曲こそが、この「道化師A」であろう。
映像作品『13th FLOOR WITH DIANA』では、「ROMANCE」に続く、ヴィデオ・クリップとして、
秀逸なイメージ・映像がカット・インする。
この映像こそがDVD『13th FLOOR WITH DIANA』のプロモーション・ヴィデオと言えるだろう。
タキーシード姿の魔王=櫻井敦司と、楽屋で人形ように眠ったままのヴァレリーナ=ベッキー。
そして、再び、見事なジャグリングを魅せるピエロ=クラウン。
この“眠り姫”ベッキー。"Sleeping Beauty"
これも、童話『眠れる森の美女』としてグリム童話に取り上げられている。
原型は、民話からの引用の為、『眠りの森の美女』、『眠り姫』、『茨姫』の邦題もある。
様々のストーリー・パターンが存在するらしいが、日本でポピュラーなグリム童話では、
以下のストーリーになる。
あるところに子どもを欲しがっている国王夫妻がいた。
ようやく女の子を授かり、祝宴に一人を除き国中の12人の魔法使いが呼ばれた
(13は不吉な数字であった為と見られる、
またメインディッシュのための金の皿が12枚しかなかった為とも)。
魔法使いは一人ずつ贈り物をする。
宴の途中に、一人だけ呼ばれなかった13人目の魔法使いが現れ、
11人目の魔法使いが贈り物をした直後に
“王女は錘が刺さって死ぬ”
という呪いをかける。
まだ魔法をかけていなかった12人目の魔法使いが、
先の魔法を修正し「王女は錘が刺さっても百年の間眠るだけ」という呪いに変える。
王女を心配した王は、国中の紡ぎ車を燃やさせてしまう。
王女は順調に育っていくが、15歳の時に一人で城の中を歩いていて、
城の塔の一番上で老婆が紡いでいた錘で手を刺し、眠りに落ちる。
呪いは城中に波及し、そのうちに茨が繁茂して誰も入れなくなった。
侵入を試みた者もいたが、鉄条網のように絡み合った茨に阻まれ、
入ったはいいが突破出来ずに皆落命した。
100年後。
近くの国の王子が噂を聞きつけ、城を訪れる。
王女は目を覚まし、2人はその日のうちに結婚、幸せな生活を送った。
果たして、“眠り姫”ベッキーを目覚めさせるのは、
狂乱の魔王=櫻井敦司か!?
メイクの下に謎の素顔を持つ道化師=クラウンか!?
彼女は楽屋裏で、眠り続ける。
◆◇◆◇◆
このイメージ・映像にNHKホールでのライヴ・シーンが重なる。
この楽曲では、マダム帽子を浅く被り、ステッキを使用する櫻井敦司。
「俺は名も無い道化師(ピエロ)・・・」
と歌って、ステッキを助けに片足を上げる櫻井のアンバランスが、
“多重人格”というモチーフを浮かび上がらせる。
この「道化師A」歌詞をストレートに解釈すれば、
サーカス小屋で、どこか病んでいる女装した歌い手が、
どこにも身を寄せることも出来ずに、何らかの事情で支配人に雇われている。
親も、家族もない孤児の彼には、ここで、唄う事以外に、生きていく術を知りえないが、
それは、決して自分の意思で唄っている訳ではなく、
孤独で、存在価値すら、認識出来ない彼には、自分がステージに立つ意味すらわからない。
そこに一人の女の子が。
彼女も孤独そうであり、美しい顔立ちなのにその表情はいつも曇りがちだ。
彼女を笑わせる事ができれば、自分の存在価値が証明出来そうだ。
他人が鏡となり、自分の存在が意味を持つ。
独りくらい、自分と同じような境遇の彼女に、“命”を捧げる者が居てもいいだろう。
今日もあの子は来ているだろうか。
しかし、自分は、女装している道化師だ。
当然、彼女は“恐怖”の眼差しで、自分を見ている。
それは、わかっている。仕方ないことだ。
だか、意地の悪い支配人に彼女が擦り寄る姿だけは、見たくない。
自分以外を、頼る彼女は、許せない!
なぜだ?
自分は、彼女の笑顔が見たかっただけのハズ…。
そして、その“嫉妬”が“殺意”という“狂気”へ変化していく。
鏡の中の自分が、またもや、心の底に巣食う“魔”を育ててしまう…。
道化師とはそもそも滑稽な格好、行動、言動などをして他人を楽しませる者である。
本来この道化師=ピエロは、コメディア・デラルテなどに登場する、顔は真っ白で哀愁を漂わせ、
“好きな人を殺してしまうこと”でしか愛情表現できないキャラクターが起源とされる。
◆◇◆◇◆
まるで、魔術師のように、ステッキを使う櫻井敦司。
「花束を贈ろう 血のように赤い
手紙などを添えて 血の文字で書いた
誰もお前を 気にしちゃいないさ
ただ俺だけが 殺したいほど愛してる」
楽屋裏の戻ると、魔王=櫻井敦司は、震えから紳士的なソフト帽を床に落とし、
その身を、“殺意”の炎に、焼き尽くすかの様に、身悶える。
最高に、“Gothic”な瞬間だ。
「おまえは誰だ 鏡よ 鏡
俺はお前を殺したいほど愛してる」
自答自問。
恐らく彼は、この“殺意”と闘っているのだろう。
シーンがステージに戻ると床に立てかけてある巨大なアンティーク鏡を持ち上げる櫻井敦司。
このアンティーク鏡は、曇っていて良く自分を映すことが出来ない。
その鏡の中の曇った自分に話し掛けるように、鏡に顔を近づける櫻井敦司。
最後には、鏡の中の自分にキスをする。
連想されるのは「ナルシス」。
湖に映し出される自分の姿を愛してしまった男。
ギリシャ神話では、この男の背後でも、“嫉妬”が巻き起こす“魔”の罠が仕組まれていた事を示唆する。
若さと美しさを兼ね備えていたナルシスは、ある時アプロディーテーの贈り物を侮辱する。
アプロディーテーは怒り、ナルシスを愛される相手に所有させることを拒むようにする。
彼は女性からだけでなく男性からも愛されており、彼に恋していた者は、
彼を手に入れられないことに絶望し、自殺する。
これを見た神に対する侮辱を罰する神ネメシスは、
他人を愛せないナルシスが、ただ自分だけを愛するようにしてしまったのだ。
「道化師A」も、すべては、彼独りの“妄想”世界であった可能性はある。
サーカス小屋の孤独な彼女も、もしかすると、鏡に映った自分の姿であった可能性もある。
そして、さらには恋敵の彼女を追い詰める支配人も自分。
自分が自分に恋し、自分を追い込み、自分を殺そうとした。
すべては“道化師”の“妄想”か?
自作自演の“悪夢”か?
解離性同一性障害は解離性障害の一種で、
虐待などの強い心的外傷(トラウマ)から逃れようとした結果、
解離により個人の同一性が損なわれる疾患である。
なお、一般に使われている「多重人格」(もしくは「二重人格」)という語は
必ずしもこの疾患を指しているとは限らない。
かつてはこの疾患を多重人格障害と呼んでいたが、
発症原因に不明の部分が多く、現象論ばかり展開される傾向にあるので予断は禁物である。
櫻井敦司は言う「これは、ひとつのドラマなんです」
一人のもう一人の人間が作り上げるドラマとしての「道化師A」。
「異人の夜」でも唄っていたが、自分を映し出す鏡=他人が居なければ、
もう、自分が誰か?すら判別不能のなってしまう。
そして、誰もいなくなった時、人は、自分のガランドウの中に、もう一人の自分を創り出し、
対象化することで、自分を認識しようとするのかも知れない。
この多重人格をモチーフにした印象的なドラマがあった。
『あなただけ見えない』は、
1992年1月13日から同年3月23日まで毎週月曜日CX系列(月9)にて放映された連続テレビドラマ。
月9としては珍しいサスペンスドラマであり、平均視聴率は16.3%、
最終回では全11話中最高の視聴率22.0%を記録した。
ここで演じられる三上博演じる多重人格の主人公。
“狂気”と揺さぶられる周りの人間たちの苦悩。
コンピュータープログラマーの青年、高野淳平(三上博史)との偶然の出会いによって
彼を愛するようになる女子大学生・恵(小泉今日子)。
淳平は、間宮財閥の未亡人(新藤恵美)に取り入り、
遺産を狙う弁護士の青田和馬(三上博史)というもう一つの人格を持つ多重人格者であった。
淳平と出会ったことにより、恵は数奇な運命を辿ることになる。
ジェットコースターのようにめまぐるしく展開するストーリーや、オカルト風の雰囲気は、
後に「沙粧妙子 最後の事件」(主演: 浅野温子)「隣人は密かに笑う」(主演: 本木雅弘)
「共犯者」(主演: 浅野温子、三上博史)日本テレビ系)等に受け継がれ、
ジェットコースターモノのドラマの“走り”といわれた作品だ。
この「道化師A」も、このようなジェットコースターモノのドラマを魅せられているような、
そんな気がしてくる。
異色のゴシックな一曲であった。
◆◇◆◇◆
そして、この「道化師A」を折り返し地点として、
本格“Gothic Show”【13th FLOOR WITH MOONSHINE】は、
中核を成す部分へと突入していくのだ。
もう、あなたは、引き返せない。
道化師A
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
俺の可愛いあの子 今日も会えるかな
カーテンコールの影で おどけてみせる
幕が開いたら 笑っていて欲しい
あの子が泣くと 俺は死んでも死にきれない
俺は名もない道化師(ピエロ)悲劇が喜劇
舞台裏で震えている 髭の女装歌手
花束を贈ろう 血のように赤い
手紙などを添えて 血の文字で書いた
誰もお前を 気にしちゃいないさ
ただ俺だけが 殺したいほど愛してる
お願いだ支配人 あの子が泣いてる
躍らせておくれ 輝かせてくれ
おまえは誰だ 鏡よ 鏡
俺はお前を殺したいほど愛してる

