「目覚めには きっと忘れるだろう
 こんな顔も ぬくもりも 」




◆◇◆◇◆



子供の頃、石畳で仲間と繰り広げた小さな戦
勝ち取った、小さな名誉
奪い取った、キラキラ光る小さな戦利品(がらくた)の数々
夕暮れ時、
日の光の差し込まない娼館と酒場の立ち並ぶ路地裏から見上げる
それは

夕日に照らし出され
オレの目にするものの中で
一番キラキラ輝いて見えた

オレは決めた
オレが手に入れるがらくたは
あんなのにしようと


一筋もない
真の闇

この闇に
身を浸して
もうどれだけの
時が過ぎたのか…

永遠か…

一瞬のような気もする…

すべての感覚が麻痺し
何も感じられない

オレの体は?
まるで中空を漂っているようだ

オレは正気を保っているのだろうか?

とうの昔に狂ってしまったのか?

何もかも虚ろな中

ただ一つ鮮明なものがある

あいつだけが

まるで闇夜の雷の様に鮮烈にオレの中に浮かび上がる

そして繰り返し繰り返し津波のように押し寄せる無数の感情(おもい)

憎悪 友愛 嫉妬
空しさ 悔しさ いとおしさ
悲しみ 切なさ 飢餓感…


渇望し去来するいくつもの感情

そのどれでもない
そしてすべてを内包した巨大な激情に渦

それだけが
無感の中
消え入りそうになる
意識を
くさびとなって繋ぎ止める


オレは自分が人と違うことを知っている
オレと出会った人間は決してオレを無視できない
必ず好意か敵意のまなざしを向けてくる

好意は信頼や友情に
敵意は畏怖あるいは恐怖に
育てる術を俺は知っている

そうやって数多の心の束を

オレはこの手に握って来た

……だが なぜだろう?
オレはあいつのこととなると いつも冷静でいられなくなる

オレをこの闇の中に閉じ込める原因となったあいつが
今は唯一オレの生命を繋ぐ糧となっている

数千の仲間 数万の敵の中で
ただ一人あいつだけが
なぜ…………?


いつかは手に入れたはずのあいつが
逆にこんなにも強くオレを掌握してしまったのは

遠い日
あの路地裏の石畳から始まった終わらない遊び
オレにとって唯一神聖ながらくたを手にするための巡礼の旅

だか
あいつは今
オレの中でそのがらくたが色あせるほど
ギラギラと目に痛い

・・・・・・


グリフィス(『ベルセルク』第10巻)






◆◇◆◇◆






追加公演【13th FLOOR WITH MOONSHINE】NHKホール。

「Goblin」での舞踏会の宴が終わる、と
天井から何本ものロープが下がってきていた。


「Tight Rope」。


青白い光の中で、階段の真紅のヴェルベット絨毯が際立って見える。

「闇の淵で 誰かが笑う 手招いた ああ 僕がそこに居る
 僕は今夜 精神異常 何処までも ああ 落ちて行くみたい」


櫻井敦司は、その祭壇への階段の絨毯の上に座り込んでしまう。
そうして、歌い始める“死への綱渡り”。

芥川龍之介によって書かれた短編小説『蜘蛛の糸』1918年(大正7年)をトレースしたような
そんなアンヴィエント・ゴシックと言える「Tight Rope」。

「死の匂いだけが頼り」

まるで、綱渡りをするように、櫻井敦司は唄う。

「空中ブランコにあなたが 僕は綱を渡る 目を閉じて
 この宇宙を泳ぐ あなたと 夢の果てで逢える 目を閉じて」


こんなゴスが在ってもいい。
そう、想う。

「君が揺れている 君が揺れている 青い青い空 青い青い海」

まるで、「闇の子宮」の海を、泳ぎ、復活への綱を辿るように…。

そうか。

死は、また、誕生でもあるのか…。



◆◇◆◇◆



「Tight Rope」後のNHKホールでの8曲目は、29日と30日で違う楽曲が選曲された。
一日目は、最新ツアーでもお馴染みの「謝肉祭-カーニバルー」。
櫻井敦司は、スペイン製の白い仮面を被り唄う。

「祈りは空を目指す 救いそれは雨に変わる」

黒いスカーフを頭に被り、ゆらゆらと舞う櫻井敦司。
クラウンのように、オドケル今井寿。

「幾千の月の夜も 息を殺し誰かを待つ
 灼熱の砂を噛んで 傷の痛み忘れて」


赤と緑のスポットライトが、現世(うつよ)と幽界(かくりょ)の境界線を曖昧にしている。

「仮面の夜のカーニバル 狂乱のパレード
 ほんの少し血を流したら 愛し合って…」


マイクスタンドを倒し、仮面と死のキスを交わす櫻井。


そして、二日目エントリーするのが、
LIVE DVD【13th FLOOR WITH DIANA】初回限定版に収録される

この「誘惑」である。

アルバム『darker than darkness -style 93-』に収録される「誘惑」。
「謝肉祭-カーニバルー」との共通点は、やはり星野英彦の手によるノスタルジックなムードだろう。
そして、「誘惑」では、BUCK-TICK初とも言える本格JAZZに挑戦している。
そして、このアルバムに特徴でもある様々な音色を、ギターという楽器を使って表現する試み。
今井寿の赤マイマイからは、ギター・シンセのホーンの調べが堪能出来る。
こういった、実験的なサウンドの上に構築されたノスタルジー。

ここに櫻井敦司が、愛と死を載せる。

櫻井敦司のソロ作品『愛の惑星』にも、
「I HATE YOU ALL」や「ハレルヤ!」といったジャジーなビッグ・バンド・サウンドで、
このノスタルジーを見事に表現していた。

その姿に、今井寿のプロデューサーとして“才能”は、
激しく“嫉妬”の炎に燃えたのだ。


煙草に火を点けて、マイクスタンドの前に立つ櫻井敦司。
蹴りを一発決める。
赤いライトがゆっくりと回り、深い夜の社交場が扉を開くようだ。
後方に置かれた鏡に、映し出される櫻井の後姿も妖艶に、滑らかにJAZZテイストに酔いしれるひと時。
まるで“夢”の中で、漂っているうちに、遥か昔にタイム・スリップしてしまったかのようだ。

「溶け込んで行く景色に とり残されていたまま
 君の大切なものは何?」


いったい、何が、こんなにも、僕を“ 誘惑 ”したのだろうか?
何が、欲しくて、僕は、戦いを続けてきたのか?

“夢”と“愛”の残骸が、燃える。
“誕生”には、必ずしも“破壊”が付き纏うのだ。

「僕の愛した天使達 死んでしまったマリア
 みんな真実を持って行った

 そして今夜も誘っている 死と言う名の恋人
 そんな幸せじゃないだろう」


すべての“残骸”を燃やし尽くしたら、次に何がまっているのだろう?
この、あがらえない“誘惑”に、逆らっても、“無駄”。
いや、今まで流した血も愛も、すべてが“無駄”になってしまう。

「君の声が聞こえる 帰ろうか 冷たいあの部屋へ

 嗚呼 早く逃げなきゃ 嗚呼 消えてしまうよ

 誘惑の死の詩 流れている 今夜 何処へにげようか?」


マイクスタンドを逆さに持ち上げ、天を衝く櫻井敦司。
今井寿の赤マイマイが奏でるホーンの音色が、我々、深淵の淵へと沈めていくようだ。

叶わなかった“夢”の残骸を。

果たせなかった“愛”の傷痕を。

「嗚呼 早く逃げなきゃ 嗚呼 消えてしまうよ」



◆◇◆◇◆



9曲目にエントリーしたのは、このツアーでも定番となった「キラメキの中で...」。
この楽曲で、ライヴ【13th FLOOR WITH MOONSHINE】も、
いよいよ、その「闇の深淵」の未知の領域へと突き進んでいく。

今井寿が、「白鳥の湖」の幽玄なイントロを奏でると、
櫻井敦司は、足元のスポット・ライトを持ち上げて、
まるでその「闇の深淵」を照らし出すかのように、フラッシュさせる。

そして、そのライトで、自分の“顔”を闇の中に照らし出す。

この煌めきの中に、すべてがある。

それを脱ぎ捨てて、いざ、闇の領域(クリフォト) へ。

我々は今、“LINBO”に存在する。
それは、現世と幽界が重なり合っている領域。
現世と重なり合うのは、幽界の中でも最も浅い層に限られる。
幽界であり同時に現世でもあるため、肉体を持った存在も踏み入る事ができる。
“LINBO”では精神の力が物質に作用しやすい。
主に魔術士はこの層を住処としている。
生贄の烙印を刻まれた者は、常に“LINBO”に立たされている。

黒いスカーフをその顔に巻きつけて唄う櫻井敦司。
これほど、“Gothic”な夜はない。


天からは、「Tight Rope」がぶら下がったままだ。


あのロープに、掴まれば……、


いや……。



◆◇◆◇◆



……知ってた?

……ぼくはここがどんな所か

…知ってて

…… そう

……ぼくは

知っていた

知ってて 

屍の……

みんなの上を歩いて……

ここまで……



……そう

…今さら後悔して何になる

死者へ今さら何が言える

罪を今さら悔やんで何になる

詫びることなどできない

これはオレが自分から進んで来た道

欲しいものを手に入れるために……

詫びることなどできない

いや……

詫びはしない……!!

詫びてしまえば

悔やんでしまえば

すべて終わってしまうから

あそこにはもう

とどかなくなってしまうから……



グリフィス(『ベルセルク』第12巻)




◆◇◆◇◆





誘惑
 (作詞:櫻井敦司 / 作曲:星野英彦 / 編曲:BUCK-TICK)


割れたガラスの破片で 右手に傷をつけた
忘れさせてくれ 今すぐ
溶け込んで行く景色に とり残されていたまま
君の大切なものは何?
目覚めには きっと忘れるだろう
こんな顔もぬくもりも

僕の愛した天使達 死んでしまったマリア
みんな真実を持って行った
そして今夜も誘っている 死と言う名の恋人
そんな幸せじゃないだろう
指からませて 体の熱い場所へ
楽になれるならいいさ

君の声が聞こえる 帰ろうか 冷たいあの部屋へ

アー 早く逃げなきゃ アー 消えてしまうよ

誘惑の死の詩 流れている 今夜 何処へにげようか?

君の声が聞こえる 帰ろうか 冷たいあの部屋へ
僕は愛サレテイル? コノママ 誰もいない場所へ

君の声が聞こえる 帰ろうか 冷たいあの部屋へ
僕を殺サナクテハ イケナイ 君のもとへ

アー 早く逃げなきゃ アー 消えてしまうよ



【ROMANCE】


【ROMANCE】