「サファイアの目 潤んでいる 月のほとりにて」
激しい樋口豊のベース・ピッキングから、
今井寿の悲鳴をあげるようなシルバー・ポッドのノイズ・プレイへと、
この『十三階は月光』以前のゴシック代表楽曲の始まりを告げる。
櫻井敦司が、呻きをあげる。
追加公演【13th FLOOR WITH MOONSHINE】NHKホールでは、
3曲目の「異人の夜」の後に6月29日は「MY FUNNY VALENTINE」が、
そして、6月30日には、この「サファイア」がエントリーした。
通常ツアーの1本目から28本目までの公演では、
「サファイア」と「カイン」が交互にエントリーしていたので、
アルバム『十三階は月光』以前のBTゴス楽曲の代表権は、この「サファイア」が勝ち取ったと言える。
DVD作品の『13th FLOOR WITH DIANA』の本編のコンセプトは、
同アルバム楽曲のみで構成し、この世界観を忠実に表現する事が優先された為、
この「サファイア」は、初回限定版のボーナス・ディスクにのみ収録されている。
この『十三階は月光』以前のゴシック代表を決定するリストとして、
最後まで、「サファイア」と争ったといえる「カイン」も、“ゴシック”という意味では、
非常に興味深い、聖書外伝の内容をモチーフにしたものであったが、
考えれば、この両曲が収録されるアルバム『ONE LIFE、ONE DEATH』自体が、
非常に、ゴシック・テイストの充満する作品であったと言える。
しかし、今井寿も
「このテの音のテイストは、今までもあったと思うんですけど。
これだけ、っていうのは、初めて、だと思うんですけど。
あと、今までは、そういう音を演りつつも、
やっぱり、新しいモノを取り入れたりだとか、ロック的なリフだったりとか。
結構、色んなモノを、ミックスして創った……
ある意味“歪(いびつ)”だったのかなってところで。
だから、綺麗な、このストレートに、ド真ん中に“ゴス”の感じっていうのは、
多分、(『十三階は月光』が)初めて」
と語る通り、この完全無欠のアルバムと言える『ONE LIFE、ONE DEATH』は、
この“ゴス・テイスト”と同等か、それ以上の配分で、
今井流ミックスチャ―の“サイバー・テイスト”“デジ・ロック・テイスト”が融合されていたのだ。
触れると“感電”しそうな、このエレクトリカル・ロック・グラマラスの一つの完成型『ONE LIFE、ONE DEATH』。
BUCK-TICK史上でも、最も、多様な側面を持っていたアルバムとさえ言えるだろう。
さらに、BUCK-TICKアルバムの必須事項「歌モノ」であるというエッセンスが、
この『ONE LIFE、ONE DEATH』以降の彼らに、決定ずけられた。
勿論、結成20周年を記念する『十三階は月光』のトータル・コンセプトの中でも、
この「歌モノ」である、という原則は守られている。
“ゴシック”と“歌モノ”という、一見、相反する物事を正常に機能させることこそが、
BUCK-TICKにとっての“一流の知性”とさえ言えるだろう。
その感動的フィナーレを飾る「RHAPSODY」「FLAME」の2曲の導入部に配置された「サファイア」は、
揺れるようなトランス感覚を醸しながら、湖上で死にゆく白鳥を眺めるような楽曲だ。
◆◇◆◇◆
「美しいものが嫌いな人がいるのかしら?
それが年老いて死んでいくのを見るのは悲しいことじゃなくて?」
と、宿命の出逢いを迎えた二人のニュータイプ、ララアとアムロの邂逅の始まりを想い起こす。
「サファイア」は、アルバム『十三階は月光』に収録されていても遜色ない、
ゴシックの美しき調べだ。
この美しさには理由がある。
それは、ピョートル・チャイコフスキーによって作曲されたバレエ音楽「白鳥の湖」の
BUCK-TICK版“焼き直し”だからであろう。
麗しきオデットが花畑で花を摘んでいると悪魔ロッドバルトが現れ彼女を白鳥に変えてしまう。
ジークフリート王子は21歳の誕生日。
お城の前庭には王子の友人が集まり祝福の踊りを踊っている。
そこへ王子の母が現われ、明日の王宮の舞踏会で花嫁を選ぶように言われる。
まだ結婚したくない王子は物思いにふけり友人達と共に白鳥が住む湖へ狩りに向かう。
王子は白鳥たちが泳いでいるところへ月の光が出ると、
たちまち娘たちの姿に変わっていった。
その中でひときわ美しいオデット姫に王子は惹きつけられるのだ。
彼女は夜だけ月の光を浴び人間の姿に戻ることができる、
そして、この呪いを解くただ一つの方法は、
まだ誰も愛したことのない男性に愛を誓ってもらうこと。
「Shine. 聖なるくちづけを
Rain. 死ぬほどただ待ちわびる」
それを知った王子は明日の舞踏会に来るようオデット姫に告げる。
世界各国の踊りが繰り広げられているところへ、悪魔の娘オディールが現われる。
王子は彼女を花嫁として選ぶが、それは悪魔が魔法を使ってオデットのように似せていた者であり、
その様子を見ていたオデットの仲間の白鳥は、
王子の偽りをオデットに伝えるため湖へ走り去る。
悪魔に騙されたことに気づいたジークフリート王子は嘆き、急いでオデット姫のもとへ向かう。
「Shine. 聖なるくちづけを
Rain. 死ぬほどただ...」
破られた愛の誓いを嘆くオデット姫にジークフリート王子は許しを請う。
そこへ現われた悪魔に王子はかなわぬまでもと跳びかかった。
激闘の末、ジークフリート王子は悪魔ロッドバルトを討ち破るが……。
しかし、……白鳥たちの呪いは解けない。
「俺はもうあなたの世界で夢見る 永遠に」
絶望したジークフリート王子とオデット姫は湖に身を投げて来世で結ばれる。
この悲劇は後に、児童向けに
オデットの魔法が解け王子と2人で幸せに暮らすというハッピーエンド版も制作された。
しかし、プティパ=イワノフ版の悲劇の美しさには敵わないだろう。
この物語の美しさは、二人が生きて結ばれることがなかった点だ。
そして、王子の“愛”を欲した、もうひとりの女性…オディール。
これも、オデット姫の美しさに“嫉妬”したオディールの“魔”が呼び寄せた悲劇である。
そしてその娘オディール(黒鳥)とオデット姫(白鳥)の対照で魅せる“美”が、
胸に迫る。
オディール(黒鳥)は、真剣にオデット姫(白鳥)になろうとしたのだ…。
“愛”が死ぬほど欲しかったから……。
◆◇◆◇◆
“サファイア”とは無論、宝石の名称であるが、
東洋には、この宝石にも、不吉な言い伝えも存在する。
インドのタゴールが書いた『宝石誌』の中には
「“サファイア”は富と生命の滅亡をもたらす。
一見して(何かの前兆のような)斑点があると、持ち主は何かに噛まれる恐れがあり、
色の一定でないサファイアは一家の威厳を消失させる。
塵の入ったサファイアは、痒くてたまらなくなるような不皮膚疾患を起こす。
砂塵の入ったサファイアは破壊を意味し、加工していないサファイアを持っていると追放される」
等々の不吉が並べられている。
「愛と死の匂いは ロマンティッ クなる風」
サファイアの瞳を持つモノの“魔力”に魅入られたら、
そこにある、宿命の“愛と死の匂い”を感じずには、いられないだろう。
「光る目は サファイア グロテスクなる影」
この【13th FLOOR WITH MOONSHINE】NHKホール公演でも、
美麗なる真紅の海の底で、鋭く光る“宝石”の“魔力”を表現する「サファイア」は、
感動的な“美しさ”を讃えながら、パフォーマンスされた。
このステージで観るせいかもしれないが、「サファイア」のゴス・テイストは、
魔王と化した櫻井敦司の“魔力”の為か、輝きが増しているかのようだ。
まさに、この【13th FLOOR WITH MOONSHINE】にステージにピッタリの一曲となった。
◆◇◆◇◆
もう、ひとつ、“サファイア”という名称について、参照したい。
“サファイア”は巨匠:手塚治虫の漫画『リボンの騎士』に登場する架空の人物で、同作の主人公である。
この“サファイア”はシルバーランドの王家に生まれる。
天使・チンクのいたずらにより、女でありながら男と女、両方の心を持って生まれてしまい、
なおかつ王位継承権が男性しか認められないため、
王位簒奪を狙うジュラルミン公爵の目をそらすため両親によって王子として育てられる。
舞踏会では身分を隠すためにかつらを被り、亜麻色の髪の乙女になる。
後にジュラルミン一派の陰謀により城を追われて塔に幽閉されていた時には、
自らリボンの騎士として悪政と戦うのだ。
以降、母国シルバーランドを乗っ取ろうとするジュラルミン一派や
女の心を奪おうと狙う“魔女”を向こうにして戦うことになる。
しかし戦いの中で結局はシルバーランドを追われ、
時に隣国にして敵対国でもあるゴールドランドに囚われる事にもなった。
後に彼女の女性としての姿=亜麻色の髪の乙女として出会った
永遠の恋人フランツ・チャーミング王子(ゴールドランドの王位継承者)をめぐり物語が展開。
彼の助力とシルバーランドに在していた彼女の支持者の協力を得て男性のみの王位継承を撤回させて、
シルバーランドの最初の女王として即位。
後に紆余曲折を経てフランツと結婚してシルバーランドとゴールドランドの対等な平和的併合を果すという物語。
男女両性具有の主人公の生き様とその愛。
宝石の“サファイア”にも、この苦悩と葛藤の中に、
生命力のような“強き輝き”の美しさを見ることになるだろう。
巨匠:手塚治虫の作品には、この“LIMBO”に存在する者の苦悩が美しく表現されている。
彼の代表作の『鉄腕アトム』のアトムも「ピノキオ」が題材であったことでわかるように、
性格は真面目で正義感が強いが、時にロボットである自分に苦悩や葛藤することも多かった。
自分が何者であるか?
それを確信できない葛藤が美しさを呼ぶのだ。
◆◇◆◇◆
僕が一連してゴシックのこの哀しき背景世界と関連付けしている『ベルセルク』。
孤高の“鷹の騎士”グリフィスでさえ、その葛藤を魅せる。
「戦場じゃ、一兵卒の命など銀貨一枚の価値もない。
大半の人間の命は一握りの貴族や王族どもの都合でどうにでもされちまう。
ま、その国王でさえ自分の思い通りに生きてるわけじゃあるまいがな。
みんな、運命という大きな流れに…身を任せているだけだ。
そして消えてゆくのさ。
命を使いはたし自分が何者か知ることもなく」
しかし、この葛藤は“夢”を“渇望”することで、確信へと変化するものだ。
「この世には定められた身分や階級とは関係なく、
世界を動かす鍵として生まれついた人間がいる。
それこそが真実の特権階級、 神の権力を持ち得た者だ。
オレは知りたい、この世界においてオレは何者なのか。
何をするべく定められているのか」
グリフィス(『ベルセルク』第5巻)
そして、“愛”よりも、“夢”に、その生命を尽くした男はこう語る。
「一人で一生をかけて探求していく夢もあれば、
嵐のように他の何千何万の夢を食らいつぶす夢もあります。
それが叶おうと叶うまいと人は夢に恋い焦がれます。
夢に支えられ夢に苦しみ夢に生かされ夢に殺される
そんな一生を男なら一度は思い描くはずです
夢という名の神の、殉教者としての一生を」
「その夢を踏みにじる者があれば全身全霊をかけて立ち向かう…
たとえそれがこの私自身であったとしても…」
グリフィス(『ベルセルク』第6巻)
◆◇◆◇◆
“夢”それこそが、人生の“サファイア”か?
それは、本人の意思のままに、決定される。
そして、その代償は、本人のみが支払うとは、限らないのだ。
しかし、その結末は……誰も知らない。
すべては、因果律のままに……。
俺はもうあなたの世界で“夢”見る、永遠に。
サファイア
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
愛と死の匂いは ロマンティッ クなる風
(romantic more roma...)
狂気。ムチあるいは ルナティックなる夢
(lunatic more luna...)
Shine. 聖なる夜濡らす Rain. 雫を浴び気が触れた
指と目と 舌で エロティッなる君
(erotic more ero...)
光る目は サファイア グロテスクなる影
(grotesque more gro...)
Shine. 聖なるくちづけを Rain. 死ぬほどただ待ちわびる
(Don't let me down. Take me to the end of night...)
サファイアの目 潤んでいる 月のはとりにて
蒼白く 胸もと 月の光にて...
Shine. 聖なるくちづけを Rain. 死ぬほどただ...
俺はもうあなたの世界で夢見る 永遠に
(Don't let me down. Take me to the end of night...)
サファイアの目 潤んでいる 月のはとりにて
蒼白く 胸もと 月の光にて...

