「今夜貴方にお会いできたの本当に私は幸せ
 この悦びこんな奇蹟に心から歌うわ

 今夜貴方に見つめられたら本当に私は幸せ
 その視線その唇に酔いしれて歌うわ」



「Cabaret」


アルバム『十三階は月光』収録の星野英彦作品の傑作である。
アルバムのトータル・コンセプトを今井寿の主導に任せた星野英彦は、
この「Cabaret」に続く「異人の夜」と
アルバム終盤のクライマックスを盛り上げる「Passion」で、
“星野流ゴシック”を痛烈に表現した。

こと印象という点に関しては、今井楽曲を凌駕する個性を発揮したと言えるし、
また、彼の楽曲の凄味は、その個性を同時に、今井楽曲に馴染ませる術を心得ている点である。

よってアルバムを通して聴いても、そのゴス世界の深みに溜息は漏れるものの、
なんら違和感なく、『十三階は月光』の統一されたテーマに沁み入るように同質化するのだ。

いや!同質化という言葉では、足りない。

今井ゴス・ワールドの描く“狂気”を見事に抉り込んで魅せた、と言えるだろう。

「僕は狂っている 舌を溶かしながら
 赤い海の底で溺れる夢を見る
 想い出す優しさだけを そうして眠りにつくよ」

星野のゴシックの赤い海の底で、
櫻井敦司の創り出す“異形の物語”も加速し出す。
彼のある意味『十三階は月光』のもうひとつのモチーフ“淫魔”。
“降臨”する魔が、女性に乗り移ると、悪魔は、“魔女”となる。
終始、女言葉で、“魔界”の深淵に誘い込むような口調の歌詞が、
リスナーを、淫魔との妖艶な“夢魔-The Nightmare”へ誘い込むのだ。

星野英彦の凄味あるノイジーな展開に、本家:今井寿も舌を巻く様な淫靡な作品となったと言える。
櫻井敦司もトコトンまで、このロマンチシズムとグロテスクを、
彼の言うゴシックに不可欠な要素
“非日常であって、両極なものが同居している”様子を描いたと言えるだろう。
ひょっとすると、本物のゴシック・マニアなら、この「Cabaret」をNo1にあげるのかも知れない。

そんな星野渾身のゴシック・エログロ・ワールドが、
【13th FLOOR WITH MOONSHINE】のセット・リストでは、「降臨」に続いて、
早くも2曲目に登場している。
なにか、少し勿体ないような、そして、この先は、どうなってしまうのか?という期待と恐怖。
この時のBUCK-TICKのステージに出し惜しみは一切なかった、と言えよう。
まさに、一曲一曲が、どこまでも続く“夜”そのものようであった。
人は、是を“暗黒時代”と呼ぶのだろう。
星野英彦の初のゴス的な作品というと、アルバム『SEXY STREAM LINER』で繰り広げられた
「螺旋 虫」のようなアンヴィエント・テイストから「蝶蝶」への激しい反動が想い浮ぶ。
映像作品となった『SWEET STRANGE LIVE FILM』での、
「お前はプロパガンダ」の歌詞を「あたいはプロパガンダ」と唄う女言葉の櫻井敦司が印象的だが、
櫻井自身を“魔女”に仕立て上げる“ナニカ”があるのかもしれない。
この“静と動”の非日常性とともに、この女性的なエロスとグロテスクこそが、
星野ゴスワールドの本質かもしれない。



NHKホール2DAYS公演でも2曲目に堂々と登場した「Cabaret」では、
『覇王の椅子』から降り立った魔王=櫻井敦司が、今井寿に替り真紅のソファーに腰掛け、
壮絶なパフォーマンスを繰り広げる。
半端なミュージカル・ショウならば、怖気づいて逃げていってしまいそうだ。
照明は海底か、否、夜の底と言った感じの淡いブルーライトが側面から差し込むと、
天井からアンティークなミラーボールが下降してきて、赤いダイヤモンドのように妖艶な光を乱射する。


櫻井敦司は、マダム帽を深く被ったまま、ソファ右手に座り、
DOLL、仮面、花束をなぞるように唄い出す。
もう、彼が、男か女か、そんな事はどうでもよくなってくる。
“魔”だ。
“魔”が、完全の彼の毛穴という毛穴から滑り込み、
異形の唄い手として、我々の語りかけてくるようだ。

「もっと欲しいと叫べ なんて可愛いんだい
 与えるより奪う なんて素敵なの」


ピアノ・コンツェルンのようなメロディが耳を掠める旋律が反転すると、
轟音とも言えるようなノイジーなギター・サウンドが、
今井寿のシルバー・ポッドと星野英彦のブラック・レスポールが、呻りをあげる。
ミラーボールの煌めきが、彼らを照らし、極上のヴィジュアルで迫りくる。


「いつまで正気でいられるでしょうね 乱れてゆくステップ
時には涙を浮かべて歌うの愛で濡れたメロディ」



シルバー・ポッドをかき鳴らす今井寿。
櫻井敦司は、まるで愛撫するかのように、優しく、そして激しく、我々を料理して行く。
嗚呼、どこまで、逝ってしまうのだろう?
夜の底は、どれほど、深いのか?
果たして、我々は、そこまで、到達出来るのだろうか?
2曲目にして、絶望のどん底を垣間見るような不安感に襲われる。
すでに、帰り道など、わからなくなってしまった。


「貴方はダンスに夢中 涎を飛び散らせて
 夜の底へと堕ちていくの」



これは、“魔”そのものとの性交だ。
「闇の子宮」に吸い込まれたら、もう自分が自分である感覚すら麻痺してしまう。
そして、“もっと!もっと!”と渇望するのだ。
夢の残骸を燃やし尽くすのだ。
渇望の福王よ!!


「熱狂が欲しいだろう もっと欲しいのかい
 絶頂が欲しいだろう もっと欲しいだろう」



◆◇◆◇◆


恐らくゴシックという中世キリスト教圏のモチーフから連想すると、
この“魔”に魅入りられし、夜の底のキャバレーで贄を待つ人物は、
この現実社会に、なんらかの恨み、呪いを持ち、その情念を鎮め切れずに、幽界に堕ちたモノ。
この背景から、「魔女狩り」を連想するのは、僕だけであろうか?

キリスト教史における最大の犯罪といえば、魔女狩り=魔女裁判があがるであろう。
教会は当時、自分達にとって都合の悪い人間を魔女と決め付け、
拷問の果てに次々と殺していった。

そして、これは一部の狂信的な信徒による暴走ではない。
キリスト教がその教義に従い、ローマ教皇の名の下に組織的に行っていたのである。

この「魔女狩り」を明確に制度化したのは、ローマ教皇インノケンティウス8世で、
1484年に教皇の座についた彼は、勅書『スンミス・デジデランテス』によって、
魔術師と魔女の存在を激しく糾弾し、調査を命じる。
当時の欧州諸国では、魔術師と魔女は崇拝されると同時に恐怖の対象であった。
「魔女狩り」は18世紀まで行われ、その被害者は欧州全土で40,000人を超えるという。

「魔女狩り」の対象は女性だけとは限らなかった。
一般市民の財産を奪う目的でも行われていたのである。

「魔女狩り」を最初に認めたローマ教皇ヨハネス22世は、
1320年、宗教裁判所に魔術を訴追する権限を与え、魔術に対する非難の声を表明した。
1484年、先述のインノケンティウス8世により「魔女狩り」が制度化されると、
文字通り地獄絵図が繰り広げられたという。

裕福な女性、頭のいい女性は魔女として捕えられ、惨い拷問を受けて処刑された。
そうして、彼女達から奪い取った財産で、聖職者は、自堕落な宴に興じたのである。

『旧約聖書』には呪術や口寄せを断罪する記述がいくつかあるが、
魔女狩りの時代にはそれらは当時の魔女のイメージに合うように解釈された。
たとえば「出エジプト記」の中で、律法を述べた22章第17節には、
「女呪術師を生かしておいてはならない」ということが記されている。
この女呪術師のヘブライ語はメハシェファ(mekhashshepheh)で、
呪術を使う女と解されている。
この箇所が『欽定訳聖書』(1611年)では
「魔女(Witch)を生かしおくべからず」と翻訳され、
魔女迫害の正当化の根拠として引き合いに出された。


まさに、人間の創りし、神が、“魔”を創り出したとも言える。


人間の心の中にこそ、この“魔物”は存在するのだ。


◆◇◆◇◆


櫻井敦司が、「Cabaret」のモチーフに描いた女性も、この「魔女狩り」の末に、
現世に情念を抱いたまま、幽世の夜の底で、徘徊する“GHOST”に他ならないのではないか?
そして、それは、人間が創り出してしまった“魔”である。

アルバム『十三階は月光』の背景世界に、リンクするコミック『ベルセルク』(三浦健一郎著)にも、
この“魔女”が登場するが、“魔”に魅入られてしまうキャラクターとして、
印象的な女性象がスラン (Slan) である。

妖艶な肢体を持つ美女然とした5人のゴッドハンド(守護天使)の1人で、
髑髏の騎士から「胎海の娼姫(はらわだのしょうき)」と呼ばれる女性である。
コルセット状の外皮を纏う以外は全裸で、触手の様な頭髪と蝙蝠状の翼を持つ。
ゴッドハンドの中では比較的人間に近い外見をしている。

彼女は、アルバム『十三階は月光』のモチーフでもある“淫魔”でもあり、
サバトの炎の中に影として現われた。
「闇の領域」(クリフォト)の深部、「闇の子宮」に臓物の集合体で出現した。

淫魔は、キリスト教の悪魔の一つ。夢魔ともいう。


勿論これが、「降臨」を始め「ROMANCE-Incubo-」「夢魔-The Nightmare」に“Loop”して行く。
-Incubo-とは、夢魔のうち男性型のインキュバス(Incubus)の事である。


夜の底のCabaretで、獲物を待ち受けるかのようなスランは、
人間の踠く姿、足掻き、苦悩し、絶望する姿が、大好物のようである。
並み外れた憎悪と執念を抱く人間ガッツ(主人公)に執心しているようだ。

彼女は『降魔の儀』で蹂躙されるガッツの姿を見て、エクスタシーを感じこう語るのだ。


「…がんばるわね あの子…

でも皮肉ね
あの子の生命力が強ければ強いほど
あの子の苦悶が続けば続くほど

それは新しい闇の生命のかけがいのない糧となるのよ

よい夢を 御子よ


今までのあなたはグリフィスという夢

そしてその夢が終わる時あなたは目を覚ます

決して覚めない夢の中で

決して明けない夜の中で」




「美しい 胸にせまるわ

愛 憎悪 苦痛 快楽 生 死 すべてがあそこに…

これこそ人間

これこそ魔よ」


スラン(『ベルセルク』第13巻)



◆◇◆◇◆




Cabaret
 (作詞:櫻井敦司 / 作曲:星野英彦 / 編曲:BUCK-TICK)


私は今夜もお唄を歌うの 夜の底のキャバレー
とびきり優しく上手に歌うの 愛に満ちたメロディ

吐き気がするほど甘く 毛穴という毛穴から
滑り込み狂わせるのさ ああ
もっと欲しいと叫べ なんて可愛いんだい
与えるより奪う なんて素敵なの

いつまで正気でいられるでしょうね 乱れてゆくステップ
時には涙を浮かべて歌うの愛で濡れたメロディ

貴方はダンスに夢中 涎を飛び散らせて
夜の底へと堕ちていくの
熱狂が欲しいだろう もっと欲しいのかい
絶頂が欲しいだろう もっと欲しいだろう

今夜貴方にお会いできたの本当に私は幸せ
この悦びこんな奇蹟に心から歌うわ
今夜貴方に見つめられたら本当に私は幸せ
その視線その唇に酔いしれて歌うわ

吐き気がするほど甘く 毛穴という毛穴から
滑り込み狂わせるのさ 
もっと欲しいと叫べ なんて可愛いんだい
与えるより奪う なんて素敵なの

私は今夜もお唄を歌うの 夜の底のキャバレー



【ROMANCE】

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