「あなたの強さは、あなたの弱さから生まれる」
(Sigmund Freud)
「謝肉祭 カーニバル」
星野英彦の傑作といえるミディアム・テンポのムーディーなメロディ。
しかし、アルバム『極東 I LOVE YOU』でも、目立つ存在の楽曲では決してなかった。
が、堂々とこの横浜アリーナ【悪魔とフロイト -Devil&Freud- Climax Together】に、
その名を連ねた。
後に、“愛と死”というBUCK-TICKという楽隊のメインテーマを掘り下げた
【LIVE TOUR memento mori 2009】の中盤を廻った現在でも、
敢然と最新アルバム外からセット・リストにエントリーされ続けた楽曲は、
この「謝肉祭 カーニバル」と現在のライヴには欠かせない「Baby, I want you.」の2曲に他ならない。
以前、この楽曲は、恐らく魂のアルバム『Six/Nine』収録の「密室」の焼き直しではないか?
と【ROMANCE】で述べた。
星野英彦の哀愁漂うメロディと櫻井敦司の心の吐露を載せた「謝肉祭 カーニバル」。
この完成度には、改めて、溜息が出るデキであった。
収録されたアルバム『極東 I LOVE YOU』のツアーがパッケージされた映像作品
『BUCK-TICK TOUR2002 WARP DAYS 20020616 BAY NK HALL』でも
同曲は感動的なパフォーマンスを伴って、印象的な櫻井敦司のマダム帽とともに瞼に焼き付いている。
この“反戦”という彼ららしからぬモチーフから
生と死の葛藤を描いたと言えるこの【悪魔のフロイトの宴】にも、
欠かせない一曲として、エントリーされたのも当然であったかもしれない。
フロイト博士の言葉に
「あなたの強さは、あなたの弱さから生まれる」
というものがある。
フロイト博士は自身も語るように一介の開業医ではあったが、
精神病理に対する治療のアプローチとして心理的な側面を発見したのは、
一種の革命に近いものがあったといってよいだろう。
科学といえば唯物論に偏りつつあった当時の風潮の中で、
人間の心理に主眼を置いた視点の重要性は、見逃すべきではない。
彼は「愛」について唱えていたのだという意見があり、
それははからずも彼がその晩年において、
人の一生を「仕事」と「愛」に集約していたエピソードからもうかがえる。
彼はマルクス、ニ-チェとならんで20世紀の文化と思想に大きな影響を与えた人物であり、
当時の常識とは180度異なる見解をとった意味で、
コペルニクス、ダーウィンとも並び称される。
イギリスの王立の科学協会から、ニュートン、ダーウィンに続いて三人目となる科学的評価も受けている。
また、シュールレアリズム運動を率いた作家たちはその美術運動の理論的基礎を
フロイト博士に求めるなど精神分析の登場は20世紀文化史における一大事件といってもよいだろう。
しかし、彼の理論に対しては生前から批判も絶えず、
彼の業績をどの程度評価するかは未だに議論の対象になっている。
すなはち現代の精神医学においては、フロイト博士の理論自体が高く評価されているとは言えない。
フロイト博士が拘った精神分析理論の科学性については、
現代では疑問の余地があるとされているのだ。
その理由としては、嗜好性の強い独特の性的一元論に代表される、
およそ通常の現代人の感覚にそぐわない違和感のある内容という事があげられる。
性的一元論は、そもそも彼自身の心の病理からくるとする意見もあるが、
当時のヴィクトリア朝時代の抑圧性の非常に強い時代にあっては、
まさに紳士を自認する人間たちが性的な領域を否認することに、
フロイト博士は欺瞞を感じたのだった。
彼の理論への一方的とも言える還元という問題を、
精神医学に上乗せした根源とは、無神論者でユダヤ人であること、
そして金銭面と社会情勢の影響によって、
更に彼の男性的な欲動によって、
どうしても権力的なものを求めなければならなかったとされている。
しかし、フロイト博士がこの精神の病理という分野に大きなスポットライトを当てた業績は
誰にも否定できない。
当時の医学では精神病理の治療はほとんど進んでおらず、
脳内のメカニズムを解明する可能性はほとんど存在しなかったのだ。
正常か異常かを問わず人間の心理は共通同一の原理で動いており、
人の行動には無意識的な要素が作用していると考えることは、
自身の合理性を疑わない19世紀の知識人を驚かせた。
フロイト博士は、催眠状態での暗示によって、
被験者が実験者の促した行動をとり、かつなぜその行動をとるのかしばらくわからずにいた事実から、
「無意識」の行動における影響について着想を得たのだった。
一方でフロイト博士が、良質な科学者がそうであるように、
現象を重んじ、しばしば理論を修正していっていたという意見がある。
彼の判断の基礎には臨床的な経験があり、彼はそれ等を重んじたのである。
そのこと自体は称賛に値する。
性理論の形成に関しては、当時の抑圧の強い時代において、
フロイト博士がその観点の強調に革命的意味を持たせていたことを念頭に置く必要がある。
また、例えば心的外傷(トラウマ)といった考えは、現代においても通用する言えるだろう。
[wikipedia参照]
壮絶な「極東より愛を込めて」の“炎”が沈静化したステージで、
超巨大モニターも消電し、幻想的なライト・アップの中、
黒マイマイの今井寿が回転する。
「祈りは空を目指す 救いそれは雨に変わる」
櫻井敦司は、まるで祈りを捧げるかのようにファルセットで唄い上げる「謝肉祭 カーニバル」。
その“愛し合い”“笑える”までの心の“密室”での過程を、
現代社会を仮面を被って行動するカーニバルに例え、吐露していく姿は、
自分の中の“弱み”と“強み”へと変換していく作業に見える。
フロイト博士は、己の心の内を精神医学に変換していく作業を行っていたのかも知れない。
その行く末が、宗教者ジーザスと同様の「愛」に集約していこうとは、
医者として、研究者として、一線を超えた行為になってしまったのかも知れない。
しかし、フロイト博士もそうならざる得なかったのだ。
「仮面の夜のカーニバル 狂乱のパレード
ほんの少し血を流したら 愛し合って… 」
医者と研究者という仮面を被ったフロイト博士が見せる“破綻の協奏曲”こそ、
彼の「密室」に眠る“愛”の血潮。
今井寿は、星野楽曲独特のフレーズを黒マイマイで掻き鳴らし、舞う。
ブラック・カスタムのレスポールを奏でる星野英彦の旋律と混ざり合い、
横浜アリーナに響き渡った。
「ほんの少し血を流したら 愛し合って
許しあって さあ 笑って…」
櫻井敦司の先導で、「密室」の鍵を解き放ったら…、
“許し”“赦し”こそが、“愛”と気付くだろう。
さあ、あなたも、笑って…、
あなたのその笑顔こそ、生命の原動力“愛”だ。
謝肉祭-カーニバル-
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:星野英彦 / 編曲:BUCK-TICK)
溶け合うな入り込むな 傷つけ合うってしまうだけ
震えても涙するな 傷の場所も知らないで
愛するとか生きるとか 傷つけ合うってしまうだけ
絶望とか希望とか 傷の痛み知らないで
祈りは空を目指す 救いそれは雨に変わる
幾千の月の夜も 息を殺し誰かを待つ
灼熱の砂を噛んで 傷の痛み忘れて
市場は妖しい匂い 広場はもう踊り狂い
仮面の夜のカーニバル 狂乱のパレード
ほんの少し血を流したら 愛し合って…
あなたは愛で溢れ 強く深く愛されている
仮面の夜のカーニバル 狂乱のパレード
ほんの少し血を流したら 愛し合って
許しあって さあ笑って…

