櫻井敦司は、この唄を、一体誰に向けて唄ったのだろう?
「あなたは僕だけのものでいて...」
2002年6月16日【東京ベイNKホール WARP DAYS】の最終公演で、
突如、演奏された「密室」。
この楽曲から、この日の【WARP DAYS】は、様相をガラッと変えることになる。
さながら新アルバム『極東I LOVE YOU』のツアーとしての【WARP DAYS】は、
エンドロールとして用意された「王国 Kingdom come~moon rise~」を残して、
前曲の「Brilliant」で終わりを告げた感がある。
そして、ここからは、BUCK-TICKが、その精神世界を最も鋭角的に突き詰めた『Six/Nine』発売時、
1995年の【Somewhere Nowhere 1995】に立ち還ったようなライヴ・パフォーマンスを繰り広げることになる。
【BUCK-TICK TOUR2002 WARP DAYS 】は
全般的にメロウなサウンドが奏でられる『極東I LOVE YOU』楽曲群を縫うように、
「DOWN」「ICONOCLASM」「Baby,I want you.」といったハード・サウンドと
「君のヴァニラ」「MY FUNNY VALENTINE」官能的、かつ刺激的な楽曲が、織込められて、
バランスが計られていたが、最終公演のこの日のセットリストは、完全に、
物語仕立ての第一部『極東I LOVE YOU』公演が終わると、
どこまでも、センシティヴな意味で、鋭い凶暴性を持った【Somewhere Nowhere 1995】時代に経ち戻り、
その魂の叫びを、ダイレクトに観衆に向けて突き立てていく。
これは、円熟した完成度の高い【TOUR ONE LIFE,ONE DEATH】とは対極を為すものだ。
荒々しさと、凶暴さ、といったロックの持つ毒と刺激を撒き散らす希少性を合わせ持った美しき悪魔たち。
どこまでもメロディアスな『極東I LOVE YOU』の反動のようにも思えた。
「密室」が始まると、会場から「おおおっーー」という歓声があがる。
第二部の開始が、この日、誕生日を迎えた星野英彦作曲の「密室」だった。
メンバーは、勿論、それを当て込んだのであろうが、
ライヴでこの楽曲が披露されるは、あの年末の【THE DAY IN QUESTION】以来。
そして、美しくも、哀しげなこのメロディは、感情が裸にされてしまう第二部の開幕に相応しい一曲だ。
そして、この櫻井敦司の深い心の底から込み上げる激情の愛「密室」。
彼は、一体誰を、その心の奥底にある「密室」に閉じ込めてしまいたいと考えたのだろうか?
燃え盛る“嫉妬”の炎は、彼女を外側の世界から隔離し、
自分の胸の内に閉じ込めてしまいたいと願望を抱く。
この感情は……人間の持つ本質…?
これは「Brilliant」で展開された母親の壮大な親愛とは別の【愛】で、
成熟した大人の、個人としての、自律した【愛】。
個として確立した、Loopしない完成した【愛】。
そう、完結する【愛】。
BUCK-TICKの1989年作品『TABOO』に収録される「SILENT NIGHT」では、
究極の愛、愛する人を殺して自分の「もの」にしてしまうという楽曲も存在する。
これなどは、端的な表現であった。
しかし、櫻井敦司自身も、まだ、この頃、
完全に自身のストーリーとして咀嚼しきれていないもどかしさを感じる。
その根底にあるもの【欲=闇】。
櫻井敦司は、自分を漢字一文字で表すと何か?という質問に、
「“闇”と言いたい所ですが……、“哀”ですかね。」
と答えている。
彼にしてみれば、【愛】=【哀】なのかも知れない。
この感情は、解る。
【愛】を得ようとすれば、必ず【哀】が伴う。
【哀】が無ければ、ひょっとすると、それは本当の【愛】ではないかも知れない。
なぜなら、【愛】は与えられて嬉しいものではなく、
与えて嬉しいのが【愛】だから。
【愛】は、精神的に受動的な行為ではなく能動的だ。
ここが、【恋】とは違うのだ。
だから、どうしても【愛】には、どうしても【哀】が伴うのだ。
「君 の痛み知り僕の喜びは君に そうして傍にいて微笑んで
君の傷口に僕の溢れだす愛を だから此処にいて泣かないで」
そう、相手の苦しみ、傷、そんなものを全て自分の物に変換してしまうのが【愛】。
そして、自分の喜び、感謝を、全て相手に捧げようと考えるのが【愛】なのだ。
これは、櫻井敦司特有のものでは、ない。
誰の「密室」にも存在する【愛】なのだろう。
しかし、それを直視するのは、どこまで辛い作業だ。
そして、誰でも、その心の「密室」に入れる訳ではない。
恐らくは、【愛】の本質を知った人間のみが、その己の「密室」の鍵を手に入れることが出来るのだ。
(※「WARP DAY」では、その鍵を無くし、ガラスの扉を蹴破って「密室」に入っている
そして「謝肉祭」では、深い傷を負い、血を流すことが鍵で、その【愛】=【哀】を知るのだ)
そして、その己の「密室」に入ると自分の本心に愕然とする方も居るかもしれない。
【愛】とは、自分自身を映す鏡とも言えるのだ。
もっと言うと【哀】=【闇】なのだ。
“独占欲”“所有欲”“依存心”そして“嫉妬心”。
そんな、自分では、醜く、認めたくない感情が溢れ出してしまう。
決して、美しいだけでは、ない。
それを、直視する行為だ。
人生は、そんな綺麗事ではない。
そんな【光】だけの人生など、僕も「信用出来ない」。
【光】には、【闇】が付き纏うのが真実。
その【光】が強ければ、強いほど、深い【闇】が濃い「影」を射す。
その【愛】が深ければ、深いほど、その「密室」の【哀】もその人の人生を濃く彩るのだ。
僕には、そう思えてしかたない。
それを、どこまでもダイレクトに表現し切った「密室」。
そんな「密室」は、自分に潔く在りたい、という櫻井敦司の決意表明かも知れない。
だから、胸に突き刺さる。
「僕は醜さにいつも哀れみの唄を そうして傍にいて微笑んで
僕の醜さにいつも溢れだす愛を だから此処にいて泣かないで」
淡い恋心の中に、嫉妬を自覚した瞬間、人は愛に堕ちていく。
だから・・・此処にいて・・・。

満月の夜、迦の地にて。
追記:「すべての恋愛は、片思いである」というあなたへ。
それは、ある意味、本質かも知れない。
その答えも、きっと、あなたの「密室」にあるのでしょう。
密室
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:星野英彦 / 編曲:BUCK-TICK)
君に触りたい ここには望むものはない ああ何にも
君を奪いたい全てを 誰も邪魔させない ああ誰にも
たとえ嫌われ口もきかない ああそれでも君が要れば
君 の痛み知り僕の喜びは君に そうして傍にいて微笑んで
君の傷口に僕の溢れだす愛を だから此処にいて泣かないで
あなたは僕だけのものでいて
君を閉じこめておきたい この胸にずっと ああああなたを
いつか解るさ僕の気持ちが ああこんなに君のことを
君 の痛み知り僕の喜びは君に そうして傍にいて微笑んで
君の傷口に僕の溢れだす愛を だから此処にいて泣かないで
あなたは僕だけのものでいて
僕は醜さにいつも哀れみの唄を そうして傍にいて微笑んで
僕の醜さにいつも溢れだす愛を だから此処にいて泣かないで
あなたは僕だけのものでいて
ああ何も何もない
ああ何も望まない
