「今夜 十字を背に 暗闇走れ 命懸けで 」

赤坂BLITZは、この日【OTHER PHANTOM TOUR】ファイナルを迎え、
「M・A・D」でカオス化したオールスタンディングの観衆は、その狂気と供に、
BUCK-TICKという日本のある意味ではカルトな大物の存在を噛み締めていたに違いない。

「M・A・D」プレイ後には、櫻井敦司が「殺して…」とスリリングなMCを入れて感動的な「女神」突入。
ニューアルバム『ONE LIFE,ONE DEATH』から櫻井&星野の作品であるが、
ライヴ・ツアーが進むにつれてこの楽曲の存在感が大きく成長していくような不思議な楽曲である。

ここからはまさに新作『ONE LIFE,ONE DEATH』の核心部に突入する。
「カイン」「FLAME」「RHAPSODY」は、BUCK-TICK史を見ても類稀なる傑作楽曲で、
それまでのバンド内向的な音楽性と今回のアルバムから復活した外へのエネルギーの融合がもたらした奇跡だ。

「カイン」は、今井寿のドラマティックなメロディに、キリスト教の経典旧約聖書をモチーフに取り上げた
櫻井敦司の力作で、以前、仏教的な思想を作品に封じ込めた経歴があるが、
ここでは、原典に忠実に旧約聖書とBUCK-TICKの比喩という偉業に取り組んだといえる。



“カイン”は旧約聖書『創世記』第4章の登場人物で最初の人間アダムとイヴの息子である。
有名なカインとアベルの兄弟の悲劇は、人間創世記から罪と罰を背負う宿命を暗示している。
当然、その子孫たる我々もそういった苦悩と供に生き続けるのだ。

そもそも彼等の両親アダムとイヴが禁断の林檎を口にしたことを知った
神ヤハウェ・エロヒムは怒り、この二人をエデンの園を追放していた(失楽園)。

その因果は更なる悲劇となって、カインとアベルの兄弟に降り注いだ。
ある日2人はヤハウェに供物を捧げた。
カインは収穫物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げたが、
神はアベルの供物に目を留めたものの、カインの供物を無視した。
アベルはその後、嫉妬に駆られたカインに野原に誘い出され、そこで殺された。
ヤハウェにアベルの行方を問われたカインは
「知りません。私は永遠に弟の監視者なのですか?」と答えた。
これが人間の吐いた最初の嘘だという。
しかし、大地に流されたアベルの血は神に向かってこれを訴え、
カインは弟殺しの罪によってエデンの東に追放された。
この時ヤハウェは、人々に殺されることを恐れていると言ったカインに対し
彼を殺す者には七倍の復讐があることを伝え、カインを殺させないように刻印をしたという。
ここが不死の刻印者カインの由来となり、
呪いによって死を取り払われた忌むべき存在、転じてヴァンパイアの始祖であると解釈する説もある。

皮肉にもこの不死者カインに対して、アベルの死後は、
旧約聖書偽典『エノク書』第22章にて、
冥界を訪れたエノクが大天使ラファエルの案内で死者の魂の集められる洞窟を目撃した事が記されている。
それによると、アベルの霊はその時代になってもなお天に向かってカインを訴え続けており、
カインの子孫が地上から絶える日まで叫び続けるという。



櫻井敦司はまるでこのカインの末裔が俺達だと唄っているようだ。

ここでは発狂してしまったカインはまるでアベルがまだ生きているかのようの唄われている。
そしてマイクスタンドを背に櫻井は唄う……まるで十字架にかせられたかのように。
死んでも、そして生き残っても其処に残る“嘆き”。

ある意味で彼の自己破壊美学がここの極まったとも言える作品である…。



カイン
 (作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)


漂う 俺も あなたも...

アベル 何をそんなに怯えているの 泣いているの 笑っているの
あの日 狂い出してしまったんだんだね 夢を見るの眠っているの