「真実を知るには 此処にいても見えない
真実を知るなら 此処にいてはいけない」
真実も…嘘も…。
フィナーレのSE「Loop MARK II」を別にすると
「見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ」こそが、『Six/Nine』のラストソングだ。
この楽曲で表現しようとしていることこそ、
「相変わらずの「アレ」のカタマリがのさばる反吐の底の吹き溜まり」と並ぶ、
アルバム『Six/Nine』の内容そのものとも言えるだろう。
人は“真実”を追い求めて、彷徨い、希望を失い、そしてその行為そのものが誤解だったと知る。
そんな“輪廻”を繰り返しながら、人は“生きて”いくのだ。
後に櫻井敦司の熱望により、歌詞を全編変更してシングルカットされた
「見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ」は、
アルバム・ヴァージョンに加えて、挿入に櫻井敦司の哲学的な“語り”も挿入されている。
櫻井は、もともとシングル・ヴァージョンに近い歌詞を書いたが、
レコーディングの翌日、より具体性のある内容に書き直したという。
トリビュートアルバム『PARADE~RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK~』
にて 元一風堂の土屋昌巳の手によって躍動感タップリにカバーされた。
直近のライヴツアー【天使のリボルバーTour】でプレイされたフーガ・ヴァージョンのアレンジといい、
恐らくこの楽曲は、まさに“生き物”で、その“鼓動”が伝わってくるようだ。
だからこそ、このアルバム『Six/Nine』には、これ程までに感情を揺さぶられてしまうのだろう。
今井寿による『Six/Nine』の象徴が、
「相変わらずの「アレ」のカタマリがのさばる反吐の底の吹き溜まり」であるとすれば、
その希望の都(地獄の底と読む)には、“真実”ではなく“誤解”があったのだ。
櫻井敦司は唄う
「夢を売れば 俺は絶望の中
踊らされた 俺は傷ついている」
これぞBTダーク・ロックの真髄であり、
櫻井敦司はじめメンバーが抱くロックビジネスの苦悩を描いた【ことば】である。
フィルムギグ【新作完全再生劇場版】のヴィデオクリップでは、後光の射す朝焼けのようで、
シングルVer歌詞とリンクを感じるなかに、メンバーもその“鼓動”の躍動感のまま跳ねている。
歌い狂って 踊りまくる櫻井敦司は、最後には床をのた打ち回りながら唄う。
一体何が“真実”で、何が“嘘”なのか?
本当にアルバム『Six/Nine』とは、なんだったのだろうか?
そう質問することすら“誤解”なのかも知れない。

『bp113-bt-17』
見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
宇宙(そら)に出かけよう さあ手を繋いで 腐った世界のネオンが見える
いつものように 歌い狂って 踊りまくるのさ
籠の中の俺は上手く鳴けるか 真白な世界の女神手まねく
今夜は特に 気が狂れそうに
誰かが生きれば 泣いてやるさ いつでも
誰かが死ぬなら 笑いかけてやるのさ
真実を
夢を売れば 俺は絶望の中
踊らされた 俺は傷ついている
俺は仲間と 歌い狂って 踊りまくるのさ
楽しい夜さ 気が狂れそうに
誰かが生きれば 泣いてやるさ いつでも
誰かが死ぬなら 笑いかけてやるのさ
真実を知るには 此処にいても見えない
真実を知るなら 此処にいてはいけない
真実を 真実を 真実を 嘘を 嘘を 嘘を
