ビクター「キャピタゴン」映像より
傑作『狂った太陽』について、櫻井敦司は彼自身のキャリアの転換期であったと語る。
また、プライベートでも、バンドのツアー中にその最愛の母親と亡くした彼には、
特に思い入れ深い作品となった。
他のメンバーが高校卒業後、皆東京へ出たのに対して、
独り地元に残った彼の背中を押したのが、この母親であったようだ。
それだけに、櫻井の胸には、今の自分があるのは母親のおかげであるという想い深くが残る。
この『狂った太陽』以降の彼の詩作には、母親へのオマージュが見え隠れするようになる。
そして、本作『狂った太陽』において、櫻井敦司は自身の詩作に革命を起すことになる。
それまでの横文字に頼った詩作ではなく、あくまで彼自身の【ことば】で紡ぎ上げた楽曲である。
この新たなる世界観に、今井寿も「俺もウカウカしてられない」と発言したのだろう。
彼等はクリエイティヴな面において、いい意味でパートナーであり、ライバルなのだ。
どのようにこの詩作は出来上がるのかという質問に対し、櫻井敦司は
「といっても、一日二日で出来る感じじゃなくって、
やっぱり、昨日書いたものを朝見てみると、
“ああ、これウソだなぁ”っていう...。
というのが何回もあって、イザ唄うっていう時の感情が
詞になったという感じ」
と訥々と語っている。
特にアルバムから印象に残る作品としては「太陽ニ殺サレタ」を挙げた。
アルバムのエンディングを飾る楽曲で、
櫻井敦司曰く
「すごくドラマチックで気に入っている」
との事だ。
アルバム『狂った太陽』のメイン・コンセプト・ソングである。
この“太陽”というコンセプトについて櫻井は語る。
「無意識のうちに何曲か太陽って【ことば】が出てきて、
大きすぎるものであって、絶対必要なもので、
俺がこう地上で…こうもがいてたり、喜んでたり、苦しんでいても、
常にこう光を発しているという。
俺がひとりあがいて、狂ってしまっても何も変わらないけど…、
太陽が狂ってしまったら…もう…って感じです」
こうして詩人:櫻井敦司は新たなる境地を見出した。
「太陽ニ殺サレタ」はサウンド的にもいままでBUCK-TICKにはない
ドラマチックな試行が為されている。
これは単にエレクトリックを意識しただけではない。
イントロの鐘の音は、今井寿が使い始めたばかりのギターシンセで奏でている。
また、こうしてアルバム『狂った太陽』にはBUCK-TICKの魂が全てに注がれ、
CDジャケットのサイバーテイストなグラフィックもBT全盛時代の到来を思わせる
完璧な作品であり、各メンバーが決まり過ぎる程キマッている。
太陽ニ殺サレタ
(作詞:櫻井敦司 / 作曲:今井寿 / 編曲:BUCK-TICK)
夜の舞台 幕が上がる 瞬間(とき)をとめて
立ち上がれない 動けもしない 俺を見ないで
ああ お前のための死化粧 はがれ落ちる
耳がちぎれそうな拍手の中で
『綺麗だろう 醜いだろう 答えてみてよ』
笑えもしない 涙もしない 発狂してた
黄昏時 暗闇時 息を殺す
ああ 影絵の中で独り 置き去りのまま
さまよう 夢と指が 腐りかけた
『幻覚だろう 薄弱だろう 教えてくれよ』
『そんな 嘘だろう 真実だろう どうでもいいさ』
太陽ニ
殺サレタ・・・
サヨナラヲ
言ウ前ニ・・・
やがて幕が閉じる 憂鬱の中で
『死ぬんだろう? 生きるだろう 何を捜して』
『そんな 嘘だろう 真実だろう どうでもいいさ』
太陽ニ
殺サレタ・・・
サヨナラヲ
言ウ前ニ・・・
太陽ニ
殺サレタ・・・
サヨナラヲ
言ウ前ニ・・・
