朝日記260407 私が投稿した動画へのコメント「日本は常識では測れない国」
朝日記260407 私が投稿した動画へのコメント
「日本は常識では測れない国」
荒井康全 2026/4/7
対象動画;
https://www.youtube.com/watch?v=MfIQEy7L8-I
【海外感動秘話】「日本は常識では測れない国」米国の分析に中国・韓国が騒然!
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荒井が投稿したコメント:
この動画は人類にとって啓蒙的です。Invisible Arcanaさん,good jobです。1938年生まれのリタイアした日本人科学技術者です。技術が国の信用が尊敬につながることを示唆しています。このinvisibleな力がこの位置づけを日本に与えてくれるというのは信じられないほどの名誉ですね。それぞれの国が地政学と歴史的遺産負荷を追っています。日本については日本の明治開国から図らずしもいわゆる列強地位への国家的への展開と世界大戦。そして敗北とこれらと無縁ではありません。この国が負った歴史的負目です。勝利した連合国とくに米国からの戦後体制である自由と民主国家への国の再構成への転換。その米国からの再興への寛大なる支援そして日本国民のみずからの生存のたたかい。国際的な信頼確保への必死の努力をよく記憶しています。古いものはひとまず置いて、あるいは捨てて、西側価値観を必死に学んだのです。朝鮮動乱、冷戦構造など生存の試練を乗り越えようとしました。たしかに教育には貧しいながら惜しまない投資をしたとおもいます。浅薄形だけだと嘲笑もうけましたが、ともかく労働運動、農地改革、石炭、鉄鋼、肥料など政府の産業復興傾斜集中投資がありました。外貨保持が10億ドルを切ると国としての貿易資格を失うというので中学生であった小生が毎日、朝にまずそれを確認して学校にいくといったものでありました。昭和天皇皇后の全国巡幸も、国民の気持ちを一つにした象徴的なことでした。そしてサンフランシスコ条約、平和憲法、そして警察予備隊、日米安全保障条約へ、政情は左右き裂対立は激しくありましたが、日本という国を再興する、平和国家、そして民生産業貿易立国という独立自律していく道への軌道を成功させてきました。輸出製品はおもちゃや繊維品、アメリカでのMade in Japanの1ドルドレス販売に象徴されます。昭和31年(1956年)私が大学入学の年には日本経済は「神武景気」という空前の復興景気を迎えます。造船・海運を筆頭とする貿易立国、トランジスター商人と揶揄されるがwalkman、電気炊飯器、テレビなどの家電王国、さらに深刻なる公害の呻吟から逆に排気量規制を乗り越える技術革新、アメリカの自動車排ガス規制Musky法を世界で初めて超える技術革新で、小型自動車の米国への輸出、産業機械の革新などがありました。ソ連のスプートニクショックでアメリカが基本技術での革新に、われわれ日本の若者が挑戦します、英語の下手な先輩層がそれを応援します。技術者育成開発プログラムCarrer Development Programなど技術者への技術革新力の渦がたかまります。アメリカから科学的品質管理が、JISなどから個別企業での技術標準化、日本機械学会、電気工学会、化学会など技術革新への熱がたかまり、気付くといつか日米が技術開発で競う二極状況にまで進みました。産業での自動制御、現場を巻き込んだ全組織的品質管理、そしてコンピュータの登場とその技術開発そして物流システム化などへの適用展開です。工場プラントの設計や製造プロセスの最適運転、製鋼や電気炉など、橋梁など複雑現象への本質品質への有限要素法、流体力学解析、分子力学解析などの展開など解析技術の競争展開。国の産業技術政策は1970年代での石油危機から日本は重厚長大の産業から、半導体、医薬、先端精密化学材料など軽薄短小への産業転換へと舵を切ります。夢のある未来ですが苦闘の連続だった。これが炭素繊維、海水淡水化などコンピュータケミストリーに代表されるミクロとマクロにわたる技術のシステムと材料開発に向かわしめました。大型汎用コンピューターは当時アメリカと世界市場で互角に勝負し、スパコンで競い、逆に卓上計算機からパソコンという個人用コンピュータへの先陣競争、NEC98モデルでソフト先陣をきりました。第五世代コンピュータでAI先陣だったとおもいます。遺伝子解読も射程内にありながら国内での指導層の二十世紀中実現悲観論が前面にでて、力をゆるめると、直後に米国が民間の力で解読を果たす。それは日本製の機械によってであった。そしてシリコンバレー等、米国は情報立国におおきく舵をきったのでした。日本でも産官学の力は目覚ましいと記憶していますが、米国が本気を出すときの爆発的技術ブレークをしめした。これがいまのAIであるとおもいます。記憶容量のある限界を超えると全く違った文明地平がみえた。一方、日本は地味に情報のハード技術を担っていく。「失われた三十年」、「頭がかたい」と揶揄されたとおもう。ドイツもそうであったとおもう。個人的には日本の取り組み、このプロジェクトのひとつに関与したことを生涯の誇りでもありました。日本の自動車はハイブリッドエンジンを代表として世界に冠する産業となりますね。それを支えてきた化学や機械工業は地味な立ち回りで、ほとんど一般の目に留まらないものでした。しかし気が付いてみたら材料サプライの世界的基盤を確立していたのでした。東日本大災害のあと、コロナパンデミックがおわって、いざ世界は経済再起動のときに、日本の半導体の製造サプライが世界の供給ボトルネックとなっていた、世界は初めて日本のもつ世界的基盤を思い知ったのでした。日本自身もみずからの位置に驚いたと思います。さあっとですが個人としてみた日本の世界地位の外観をしてみました。
