朝日記251229 '耳で読む哲学'者Rakanからなにを学ぶか

 

もう10年もまえの講義であるがOgasawara教授が再度、掲載してくれたものである。

 

Workshop "Reading Lacan", 16 Oct 2016

Luke S. Ogasawara

« Lituraterre » を読む – ラカン読解ワークショップ開催の辞として

Introductory Lecture for the Workshop "Reading Lacan" : Reading « Lituraterre » 16 October 2016, in Tokyo The written text : http://ogswrs.blogspot.jp/2016/10/lit...

 

講義

https://www.youtube.com/watch?v=OTccdMjjtiQ

 

荒井投稿コメント; 耳で読む哲学者Rakanからなにを学ぶか

御講義を理解いえたかどうか覚束ないが、ともかくショートセミナーの区切りまで思考意識は継続しました。

1.数学の存在はここではどのように位置付けていますか。S2/S1 =a/(out side of Sでa が現在での正しい知識であるということですね。立体では壺の内面空間が正しい知への開拓ということになるのでしょうか。

2.耳で読むというのも、小生にとってはまことに新鮮な刺激でした。letter litter , litura(cave) terre(field)そしてexistence がzone of out of beingですか。人間のsujet 人間意識活動での知のbeingゾーンがsujet 主体ということでしょうか。耳で読むというのは体感的な知の獲得のpassageを試みていると見られます。これはaの広がりの大きさあるいは深みの深さ、このゾーン(ただしい知識ゾーン)というのが人間の思考力によって獲得していくことをdesireしていくことでしょうか。

3.自然科学はout of inner つまり外側outerの存在 existenceでおおきな知の成果を獲得してきましたが、おもしろいことにgabbage側捨てる側という意味がおもしろい。しかしそれは役には立っているがここでいう真の知識ではないとみているのでしょうか。真の知つまりsujet主体として獲得していないというものでしょうか。

4.ところでその真の知識とは具体的にはどのようなイメージのものになりますか。Beethovenの音楽や、詩でいえばShelleyの雲雀のような作品の世界、Mattisseの色彩の世界、そのような文芸やアートへの知でしょうか。 

5.Pragmatisimやテクスト主義の哲学は真への願望を一旦放棄して臨場感のある体験場での知をもって満足しようとしていますがLakanの世界との相互のS2とS1のゾーニングはどのように考えていますか。

6.Rakanは哲学の復興を考えているのでしょうか。

7.AIとくにLLMとの知の探索と主体sujetの関係についてもどのような知の地平ができるか興味があります。AIに人格をあたえますか。彼らに人権をあたえますか。かれらのもつ自律性とくに責任の所在についていかに考えますか。あらためてTrueとFalseの検出が最大の課題になりますね、今世紀の。

8.いま小生はCopilotと哲学対談をはじめています。先方は辛抱つよいので凡人の小生でも付き合えておもしろいです。先生とCopilotなどととRakanについての対談も提案します。いかがでしょうか。

9.いずれにしても大変、勉強になる御講義でした。つづけて受講を希望しています。Thanks, Prof.Ogasawara, from Yassie