📜補遺⑨神のようになりたい人々
― 力への憧れと人の願望 ―
私は時々思う。
人は昔から、「神のような力」に憧れてきた。
空を飛びたい。
死なない体が欲しい。
何でも知りたい。
時間を止めたい。未来を見たい。
思っただけで物を動かしたい。
それは現代になっても変わらない。
物語は人の願望を映す
映画には、スーパーヒーローが登場する。
空を飛ぶ者。雷を操る者。世界を救う者。
日本でも同じである。
仮面ライダー。ウルトラマン。
アニメでは、未来の道具を自在に取り出すドラえもん。
目に見えない力を操るジョジョの「スタンド」。
特殊な能力を得る数々の作品。
もちろん、これらは創作である。
しかし私は思う。
創作とは、人の心の奥にある願いが形になったものでもある。
エデンの園から始まった誘惑
私はあることに気付く。
最初の誘惑も、これによく似ている。
蛇はエバに言った。
「それを食べれば、あなたがたは神のようになる。」
力。知識。特別な存在。
その誘惑は、今も形を変えて続いているように思える。
問われるのは力ではない
聖書を読むと、神は確かに人へ能力を与えられる。
知恵も。賜物も。権威も。
しかしその前に、必ず人格を育てられる。
私は思う。
神が求めておられるのは、神のような「力」を持つ人ではない。
神に似た「心」を持つ人なのである。
神のかたちとは何か
聖書は、人は神のかたちに造られたと語る。
私は思う。
それは姿形だけではない。
愛すること。赦すこと。憐れむこと。
真実を語ること。
栄光を自分へ集めるのではなく、神へ返すこと。
そこに、神のかたちが現れるのではないだろうか。
最後に
私は思う。
人は今も、神のような力を求め続けている。
しかし神は、力よりも先に、心をご覧になっている。
もし私たちが本当に神に近づきたいと願うなら、目指すべきものは、万能になることではない。
神のように愛すること。
神のように仕えること。
神のように栄光を自分のものとしないこと。
そこにこそ、エデンの園で失われたものが、静かに回復されていくのかもしれない。
