とうとう7月7日がやってきた!朝早く家を出発して神戸港まで車で行き、小豆島行きのフェリーに乗る。父は6時に起きて準備を始めたのに、直前でトイレにこもってしまい予定の7時半より10分遅れて出発。さらに雨の中夫が道を間違えてしまい、フェリーの出発時間ギリギリに神戸港に到着した。何とか予約していた便に間に合いホッとする。
雨が降らないことを祈っていたが、梅雨の最中なのでさすがに免れることは出来なかった。フェリーが運休にならなかっただけよかった。平日のせいなのか梅雨のせいなのか、フェリーはガラガラ。ほとんど人が乗っていない。父はゆったりと座席に腰かけ、雨で何も見えない窓の外を見つめている。おやつにと買っておいたじゃがりこを食べていると「ちょっとちょうだい」と言うので、手のひらに何本か乗せてあげた。じゃがりこなんて初めて食べるんじゃないだろうか。私は父が座っているすぐ近くの和室スペースで靴を脱ぎ寝転がる。1時間半ほどで小豆島に着いた。
私が行きたいと思っていた、港の近くのあなご丼のお店が残念ながら定休日だったため、それなら僕の行きたいお店へ、と、夫のリクエストの定食屋へ車を走らせる。昔ながらの味わい深い趣の店で座敷に座り、父は鱧の卵とじ丼を注文する。大きな丼をおいしいおいしいと言ってあっという間にペロリ。同じ大きさの親子丼を病院のレストランで注文したときは、食べ切れなかったはずなのに。思わず「そんなに食べて大丈夫?」と聞いてしまったほどだが、やはり島の幸。病気の胃袋もがんばらずにはいられないくらいのおいしさだ。
店の壁には沢山の写真が飾られており、その中に小豆島マラソンの写真もあった。「この中にM先生が写っていたりしてね」と3人で笑う。
会計の際、店の人に「今日の天候で寒霞渓に行くのは厳しいでしょうか?」と尋ねてみる。島に到着したときは雨は止んでいたが、再びパラパラと降り始めていた。
「行くだけ無駄だし、危ないよ。雨の日は寒霞渓には誰も行かない」と店の奥さんに言われ、諦めかけるが、店を出てから「スケジュール的には今日しか行けないし、行ってみよう」ということになった。くねくねした山道を1時間ほどかけてゆっくり上っていく。まあ大丈夫だろうと私達は軽く考えていたが、店の奥さんのアドバイスは正しかった。
道中、すごい霧。何も見えない。数メートル先すら見えない。夫に「こわいこわい!頼むから気をつけてよ。事故らないでね」と言いながらおびえる父と私。この霧が晴れたら、寒霞渓じゃなくて黄泉の国に着いているかも知れないというくらい怖かった。晴れていたらこのくねくね道も絶景だっただろうに、とにかく真っ白で何も見えないのだ。
そんな危ない場所へ胃がんの高齢者を連れて行く私達若夫婦。バカ夫婦?
何とか死なずに寒霞渓まで辿り着いた。とりあえず展望台に行ってみるが、やはり濃い霧で何も見えない。うっかり足を滑らせたらどこに落ちるかわからないくらい本当に真っ白だ。景色を見るところなのに、と父も笑っていた。霧まみれの中3人で撮った写真も白くもやもやしている。
肌寒いので父に上着を着せ、おみやげコーナーを見て回る。こんな天候でも一応店は開けているらしい。お客さんも私達の他に1、2人はいる。
あれこれ物色しながら父の方をチラッと見ると、おみやげのお菓子を次から次へと試食している。さっき腹がはち切れそうなくらい丼を食べたのに、まだ入るのかとまたびっくりする。楽しくなってきたのかな…?
山を下りる予定だったが、父が「猿が見たい」と言うので、銚子渓にも行ってみることにした。またしても霧の中、野生の猿達が出迎えてくれる山道を通り、到着。チケットを買い、お猿の国へ入る。
前の年に夫と2人で来て餌やり体験などもさせてもらっていたので、父にも…と思っていたが、今日はそんな状況ではなかった。何故か猿達がみんなけたたましい声で鳴いている。霧が立ち込める公園で、何百頭もの猿達が聞いたこともないような恐ろしい声で吠えているのは異様な光景だった。みんな機嫌が悪いの?雨だから?餌やりコーナーのおじさんも今日は見当たらない。
父は猿の群れの手前で立ちすくみ、帰ろうと言い出した。入ったばかりだが、そんなことはどうでもよくなるくらいに夫と私もびびってしまった。お猿の国を出て、オリーブ公園を少し散歩し、土庄の宿にチェックイン。疲れた。オーシャンビューのおしゃれな和室に、ごろりと横になり休憩する私。父は座椅子に座り、お茶菓子のクッキーを食べようとするが、小袋が上手く開けられずボロボロにしてしまっている。長時間の運転で同じく疲れている夫が、めんどくさそうに手伝ってくれている。
天候のせいか、車での移動が長かったせいか、ものすごくふらつくと訴える父。
「温泉入るの不安やわ。入られへんわ」
夫が一緒に入るから大丈夫と言い聞かせても、不安だと繰り返す。
「大丈夫やから。行こう」
浴衣に着替えさせて部屋を出るが、浴場までは距離があり、たどり着くまでにかなり時間がかかってしまった。ふらつく父は杖をつき、浴衣の裾を踏みながらも一生懸命歩く。夫に連れられて男湯へ入っていったが、果たして大丈夫だろうか。同じタイミングで温泉を利用するお客さんはおらず、貸切状態なので迷惑をかける心配はなかったが、お湯で滑って転んで…なんていう想像をしてしまい不安になる。転びませんようにと思いながら私も女湯で湯船につかっていると、そのうち男湯から2人のはしゃぐ声が聞こえてきたので安心した。部屋に戻ると、一足先に戻っていた夫と父が、並んで窓辺に座り、海を見ていた。
「背中流してもらった。気持ちよかった」と嬉しそうな父。
「ほらな、大丈夫やったやろ」と私。
夕食は専用の部屋を用意してくれていて、会席料理をゆっくり楽しむことが出来た。刺身、天ぷら、もろみ鍋、茶碗蒸し、そうめん、お吸い物、ごはん、デザートと、島の幸がふんだんに使われた料理の数々に舌鼓を打つ。
父も昼食の丼同様「おいしいおいしい」とパクパク食べ、かなりのボリュームの会席料理の半分ほどを食べた。「お腹いっぱい」と座椅子にもたれかかりぐったりとしていたが、その表情は家で食べ過ぎたときの消化不良のそれではなく、恍惚とした何とも言えない幸せそうな顔をしていた。その顔を見られただけで、無理やりでも小豆島に連れてきた甲斐があったと思った。ふざけて写真を撮ると、もじもじ恥ずかしそうに下を向く父。
夫と私もお腹いっぱい。でも父の残した分もおいしくいただいた。
(その3へ続く)