〈文化〉 異文化交流の視点で見る近代美術 三浦篤さん/大原美術館(岡山県倉敷市)館長2024年7月15日

◆2030年の開館100周年へ、新たな価値観や希望を創る試み

 19世紀後半から20世紀前半の日本では、和漢洋の文化が交流、混在することで独自の魅力を持つ近代美術が誕生したという。岡山県倉敷市の大原美術館で開催中の特別展「異文化は共鳴するのか?」を通して、同美術館の三浦篤館長に話を聞いた。

児島虎次郎《和服を着たベルギーの少女》1911年 油彩、画布 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館蔵

児島虎次郎《和服を着たベルギーの少女》1911年 油彩、画布 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館蔵

2030年に開館100周年を迎える大原美術館。本館の正面玄関では「カレーの市民―ジャン・デール」などロダンの彫像が迎える

2030年に開館100周年を迎える大原美術館。本館の正面玄関では「カレーの市民―ジャン・デール」などロダンの彫像が迎える

●二つのキーワード

 〈大原美術館は倉敷市出身の実業家・大原孫三郎氏によって1930年(昭和5年)11月、日本で最初の西洋美術を中心にした私立美術館として設立された。三浦さんは昨年7月、第5代館長に就任。2030年の開館100周年へ「発信と交流」をキーワードに掲げる〉
  
 大原美術館は創設以来、美術を通じて、さまざまなかたちで日本文化に貢献してきました。出発点になっているのが、大原孫三郎の支援の下、画家・児島虎次郎(岡山県高梁市出身)が収集した西洋の近代絵画です。
 エル・グレコやモネ、ゴーギャンらの名品を中核とする「大原コレクション」のポテンシャル(潜在的な力)をさらに生かし、充実した芸術の場を創造するため、常設展示に甘んじることなく、広報、展覧会、今年4月に設立された大原芸術研究所(高階秀爾所長)の研究活動も含めて活性化させていく。これが「発信」です。倉敷という地域を基盤に、日本全国へ、海外へ、積極的に発信していきたいと考えています。
 とともに、海外も含めた他館と連携・協力し、補完し合いながら、より充実した展覧会をつくる。研究者・学芸員が交流して、刺激を与え合う。美術館がネットワークを形成していく。国際化も視野に入れた「交流」を進めたいと思っています。

倉敷川に沿って白壁の町並みが残る岡山県倉敷市の美観地区。大原美術館は、この一角にある

倉敷川に沿って白壁の町並みが残る岡山県倉敷市の美観地区。大原美術館は、この一角にある

ギリシャ建築を思わせる大原美術館。瓦屋根の歴史的な町並みが残る周囲の景観に溶け込みつつ、唯一無二の存在感を放つ

ギリシャ建築を思わせる大原美術館。瓦屋根の歴史的な町並みが残る周囲の景観に溶け込みつつ、唯一無二の存在感を放つ

●「差異」と「共通性」を考える

 〈「発信」の第1弾が、文化の交流という視点から近代の美術を見る今回の特別展「異文化は共鳴するのか? 大原コレクションでひらく近代への扉」だ。例えば第1章「児島虎次郎、文化の越境者」では、モネの「睡蓮」などを日本に持ち帰り美術館の礎を築いた児島の足跡をたどり、彼の作品に表れた異文化への“まなざし”に迫る〉
  
 児島は画家であるとともに、留学したベルギーをはじめフランスやエジプト、中国などで人々と交流を重ね、多様な文化を吸収して日本に持ち帰った人、と捉えることもできます。真のコスモポリタン(世界市民)だったのではないでしょうか。
 第2章(「西洋と日本―西洋美術と日本近代美術の交差」)は「他文化」「労働」「宗教・信仰」「平面性」などのテーマで日本と西洋の絵画を対照展示しています。どういう差異があるのか。あるいは共通性があるのか。考えていただきたいのです。そうすることで、異文化理解の場になると思います。
 また、第3章(「東西の交流―『白樺』、「民藝」を中心に」)では、東西交流を視野に入れながら活動を続けた『白樺』と、西洋的ファインアートに劣らぬ価値がある民衆芸術「民藝」を取り上げました。今、見直す価値があると考えたのです。
 大原美術館のここ20年ほどの取り組みに、若手作家の育成・支援があります。児島虎次郎のアトリエで作品を制作していただくというのがポイントで、近代につながっているという意識を持ち、現在のクリエーション(創作)をしてほしい。そんな思いを込めた取り組みを取り上げたのが第4章(「近代と現代の共鳴」)です。滞在制作事業から生まれた作品を展示して、近代から現代につなげました。

クロード・モネ《睡蓮》1906年頃 油彩、画布 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館蔵

クロード・モネ《睡蓮》1906年頃 油彩、画布 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館蔵

フェルディナント・ホドラー《木を伐る人》1910年 油彩、画布 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館蔵

フェルディナント・ホドラー《木を伐る人》1910年 油彩、画布 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館蔵

大原美術館そばの歴史的建物を整備。本年度末に「児島虎次郎記念館」として開館を目指している

大原美術館そばの歴史的建物を整備。本年度末に「児島虎次郎記念館」として開館を目指している

●作品と「対話」する

 こうして見てみると、異文化交流は大原美術館の根幹の一つではないかと感じます。展覧会を通して、今まであまり意識していなかった大原美術館の本質的な部分が再発見できるのではとも思っています。
 世界では各所で対立や葛藤が生じています。しかし、文化や芸術の領域では、人と人が交流し、理解し合うことが可能ではないでしょうか。
 児島虎次郎が収集したコレクションは西洋美術が多い。その絵を、日本だけでなく世界のさまざまな国の方が見に来てくださっています。美術館そのものが異文化交流の舞台になっている様子を見ると、平和をもたらす道は文化の交流しかないのではと思わずにいられません。
 今回は「大原コレクション」が形成された大正から昭和初期に焦点を当てましたが、近代美術を復権させたいという、歴史家としての私の思いも少しばかり込めています。また、今年は山本芳翠、黒田清輝、中村彝ら日本近代洋画の展覧会が多い年でもあり、その先駆だという気持ちもあります。
 近代は、西洋の文化を吸収することに懸命だった時代。今から見ると度を超えた西洋模倣に感じられるかもしれませんが、懸命だったからこそ、近代美術には、若冲や浮世絵などが人気の江戸の美術、コンテンポラリーアート(現代美術)にも引けを取らないエネルギーや魅力があると思うのです。
 画家はいろいろなことを考えて描いています。私はよく「絵と『対話』してほしい」と言うのですが、絵に問いかけ、自分で考え、また絵に問いかける。さらに「比較して見る」「細部を見る」。そうすれば、一枚の絵にも意外な発見がたくさんあるものです。新鮮なまなざしで美術に親しめることでしょう。
 美術館に足を運んで、作品と密に対話し、美術に親しむ面白さを発見してください。文化や芸術は、新しい価値観や希望を創る力になるはずです。

なまこ壁が印象的な倉敷考古館。江戸時代の倉を改装した考古博物館で、吉備地方の調査・研究を続けて成果を展示している

なまこ壁が印象的な倉敷考古館。江戸時代の倉を改装した考古博物館で、吉備地方の調査・研究を続けて成果を展示している

▼プロフィル

 みうら・あつし 1957年、島根県生まれ。専門は西洋近代美術史、日仏美術交流史。2007年『近代芸術家の表象』でサントリー学芸賞、21年『移り棲む美術』で和辻哲郎文化賞、芸術選奨文部科学大臣賞。『まなざしのレッスン1・2』『エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命』はじめ編著書多数。東京大学名誉教授。大原芸術研究所副所長。

インフォメーション

 大原美術館の特別展「異文化は共鳴するのか? 大原コレクションでひらく近代への扉」は9月23日(月・振り替え休日)まで同美術館本館で開催中。
 月曜休館(祝日および7月下旬~8月を除く)。午前9時~午後5時。一般2000円。高校・中学・小学生(18歳未満)500円。小学生未満は無料。
 問い合わせ=大原美術館 電話086(422)0005