〈これからのteam論〉 リーダーシップ 慶応義塾高校・野球部監督 森林貴彦さん2024年7月14日

  • 昨夏の甲子園で107年ぶりの優勝
  • 自分で考える。だから「エンジョイ」できる。強くなる。

 新企画「これからのteam論」では、持続可能で発展するチームであるためのヒントを探ります。第1回は、慶応義塾高校の野球部監督の森林貴彦さん。昨夏の全国高校野球選手権大会で同校を107年ぶりの優勝に導きました。森林さんが考えるリーダーシップとは、どのようなものでしょうか。
 

〈インタビューまとめ〉

 ・リーダーは、任せて、信じ、待つこと。どんな結果も許すこと。
 
 ・変化に気づくために観察を。問いを投げかけ、一緒に答えを探す。
 
 ・相手への尊敬を忘れない。同じ目標を目指す対等な関係。
 

対話がチームの潤滑油。尊敬の心を持って気さくに選手と話す森林さん(中央)Ⓒ日刊スポーツ/アフロ

対話がチームの潤滑油。尊敬の心を持って気さくに選手と話す森林さん(中央)Ⓒ日刊スポーツ/アフロ

 
 ――「エンジョイ・ベースボール」がチームの伝統です。森林さんが考える「エンジョイ」とは何でしょうか。
 
 僕が高校2年の時、監督から“ピッチャーが二塁に牽制球をする時のサインをみんなで考えて”と指示がありました。高校野球なのに選手が自分たちでプレーを考えていいんだ、と非常に驚いたものです。その日は日が暮れるまで仲間と夢中になって話し合いました。実際の試合では、うまくいったり、いかなかったりしましたが、自分たちでもできるんだという喜びを味わいました。実はこの時の経験が、僕の野球部時代の一番の思い出なんです。
 
 何かを任せてもらい、自らの責任で考え、実行する。難しさはありますが、そのプロセスを通して、やりがいや成長、喜びを実感することができる。野球に限らず、どんな分野でも言えると思います。僕たちが言う「エンジョイ」は、そこから生まれます。
 
 その上で、リーダーとして僕が大切にしているのは、「任せて、信じ、待ち、許す」ことです。
 
 まずは任せる。そして、任せたからには信じて待つ。僕は「ドローンの視点」で斜め後ろから見守るよう心がけています。任せると時間がかかったり、失敗したりすることもある。でも、うまくいかなくても許すことです。その結果の責任はリーダーが取る。こちらも忍耐力が鍛えられます(笑)。
 
 ビジネスなどでは失敗が許されないことも当然あります。ただ、今の時代、社会全体が失敗に対する寛容度が下がっている気がします。若い人たちも萎縮して挑戦を恐れてしまいがちです。失敗という言い方もよくないのかも知れません。トライ&エラーで、どんどん挑戦し、やりがいや喜びを味わい、「うまくいった」という成功体験を積んでいくことが重要ではないでしょうか。
 

 
 ――選手とのコミュニケーションでは「問い」を大切にされています。
 
 僕が「問い」を大事だと思うのは、答えとか正解はないと思っているからです。僕が正解を持っている、選手は持ってない、だから教えてあげるというスタンスは、古いです。
 
 特に昨今は、何が正解か分からない、さまざまな答えがあっていい時代です。僕だって、どうすれば甲子園で優勝できるか、どうすれば140キロの球を投げられるかなど聞かれても、答えを持ち合わせていません。教えるという一方通行ではなく、一緒に答えを探そうという姿勢を大事にしています。
 
 「問い」を投げかけるときも、「はい」か「いいえ」で答えるものではなく、考えを引き出せるような聞き方を心がけています。「〇〇について、どう考えてる?」「僕はこういうふうに思うけど、どう?」と。
 
 その「問い」をするために、普段から選手のことをよく「観察」します。見続けていれば、相手の変化に気づけるようになります。僕としては一番大事にしているところです。
 
 例えば、選手のバッティングフォーム。継続して見ることで、前との違いに気づけたりします。そのフォームは、意識して変えているのか、疲れがたまってそうなっているのか。判別がつかないときに聞いてみるのです。そこから、いろんな対処ができ、練習の質を高めることができます。
 
 うちのチームは部員が約100人いるので、僕一人で全部を見られているかといえば、それはできません。ボランティアで来てくれるOBの学生コーチが10人ほどいますので、僕の二つの目だけでなく、多くの目で、選手一人一人を丁寧に見ていこうと努めています。
 

 
 ――選手からは「森林監督」ではなく、「森林さん」と呼ばれていますね。
 
 もともと監督と選手は上下の関係ではないと思っています。年齢は違いますが、同じ野球を愛する仲間であり、同じ目標を目指して、役割の違いがあるだけの対等な関係です。
 
 旅客機だって、機長一人では飛ばせませんよね。副操縦士や客室乗務員、整備士、管制官など、さまざまな人が役割を果たすことで飛ぶことができる。だから、いいチームであるためには、お互いにリスペクト(尊敬)することが欠かせないのです。
 
 人間関係は鏡ですから、まずは僕が選手一人一人をリスペクトする。すると相手からも返ってきます。多くの学校、多くのスポーツの中からうちを選んで頑張ってくれていると思えば、自然と感謝も湧きます。
 
 そうした相手を敬う心を忘れて、偉くなってしまわないよう、僕が心がけているのは、選手以上に成長することです。監督として9年目ですが、まだまだ成長しなくちゃいけないし、向上心を失ったらだめだなと。
 
 “俺はこれでいいんだ”と高をくくっていたら、いずれ時代に合わないリーダーになってしまいます。時代の変化の中で、自分はどうあるべきか。それを常に考え、謙虚に学び、自分をどんどん変えていく。迎合ではなく、思考のアップデート。何歳だろうと人は変われる。そういうマインドを持ち続けたいです。
 
 選手にも、野球と勉強の両立に挑戦させています。誰もが野球選手になるわけではないし、野球を取ったら何も残らないという人にはしたくない。大谷選手ではないですが、二刀流の方がかっこいいよと訴えています。それが人生の可能性を広げるからです。「勝利」と「成長」、「勝ち」と「価値」の両方を求める。それが僕たちの信条です。
 

グラウンドのベンチの中には、甲子園決勝までの逆算が

グラウンドのベンチの中には、甲子園決勝までの逆算が

<memo>

 森林さんは小学校の教員をしながら、高校野球の監督を務めている。苦労も多いが、「2人分の人生を歩めてお得です」とポジティブだ。小学生の後に高校生に会うと、すごく大人に見えるそう。そこから、高校生を一人の大人として接する姿勢も生まれるという。高校生だけを見ていては得にくい感覚だ。異分野の両立を、負担ではなく、「独自の強み」に。その思考の柔軟さや視野の広さが、新しいリーダーシップを生み出しているのかもしれない。
 

●プロフィル

 もりばやし・たかひこ 1973年、東京都生まれ。慶応義塾大学卒業後、NTT勤務を経て、指導者を志し筑波大学大学院でコーチングを学ぶ。慶応義塾幼稚舎教員をしながら、慶応義塾高校コーチ、助監督を経て、2015年8月から同校監督に就任。18年春、同年夏、23年春に甲子園出場。同年夏の甲子園で日本一に輝く。著書に『Thinking Baseball』(東洋館出版社)。

森林さんの書籍

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