〈防災――身を守る行動〉 災害関連死を防ぐために2024年7月7日

一般社団法人「避難所・避難生活学会」
代表理事 植田信策さん

 近年、劣悪な避難生活で体調を崩して亡くなってしまう「災害関連死」の問題が指摘されています。この問題解決に取り組む一般社団法人「避難所・避難生活学会」代表理事の植田信策さん(石巻赤十字病院副院長)に話を聞きました。
 

命を守る「TKB48」

 東日本大震災の犠牲者は津波被害を除くと、65%が災害関連死でした。熊本地震では犠牲者のうち災害関連死の割合は8割に上っています。
 

 今回の能登半島地震では299人が犠牲になっていますが、既に認定された方を含めて200人以上の方が災害関連死の申請を出しています。
 自然災害は完璧に防げなくても、災害関連死は、皆が一丸となって取り組めば、防ぐことができるものです。関連死を招いてしまう原因の一つが避難所環境の劣悪さにあります。
 私は、東日本大震災の時、石巻赤十字病院(宮城県)の医師として石巻市内の避難所を飛び回りました。
 足にできた血栓が血管の中を流れて、肺塞栓症などを起こす「エコノミークラス症候群」の対策を中心に避難者のケアを行っていましたが、足に血栓ができてしまう被災者が本当に多かったのを覚えています。
 避難所生活になると、冷たい床での雑魚寝を強いられます。さらに不衛生なトイレ環境によって水分補給を控えて脱水状態にある方も少なくありません。手に入る食料も限られ、栄養を十分に取ることはできません。こうした環境が血栓をできやすくしてしまいます。当然、足の血栓だけではなく、その他の健康被害も多発します。
 現に、東日本大震災当時も、避難所で体調を崩した方が病院に搬送されるケースは多く、医療崩壊が迫る状況でした。現在の避難所環境と健康被害の関連は下記の通りです。
 こうした経験から、避難所環境を改善しないといけないと心の底から感じ、一般社団法人「避難所・避難生活学会」を設立しました。
 私たちが提唱しているのは「TKB48」。健康を守るため「清潔で安全なトイレ(T)」「温かい食事を提供するキッチン(K)」「熟睡できるベッド(B)」の三つを発災から48時間以内に整えることです。
 トイレであれば、快適トイレ(仮設トイレ)やコンテナトイレの導入が有用です。就寝環境の改善であれば、段ボールベッドがあります。そして、いつも通りの温かい料理を避難所に提供するためにはキッチンが必要です。これはキッチンカーの導入が考えられます。
 こうした環境を整備するためには、法律などの仕組みを変えていく必要があります。これまで、内閣府防災の方々などと議論を交わし、段ボールベッドの導入など、私たちの提唱する点が「防災基本計画」や「避難所運営ガイドライン」に明記されるようになりました。さらに昨年には、国土強靱化基本計画に「避難生活における災害関連死の最大限防止」という文言が盛り込まれるようになりました。
 大きな前進である一方、すぐに国の方針がそのまま現場まで流れていくかというとそうではありません。避難所運営の責任を担うのは市町村の自治体であり、財政の観点などから避難所環境の改善のための備蓄などが進んでいない状況があります。
 能登半島地震でも、災害医療チームの一員として現地に入りましたが、ある避難所ではトイレ環境がなかなか整備されず、グラウンドに穴を掘った素掘りトイレが使用されていました。また段ボールベッドが支援物資として各避難所に送られましたが、運用方法と必要性が分からないなどの理由で倉庫に眠ったままという状況もありました。
 しかし、足を止めるわけにはいきません。この問題を解決するために力を注いでいきます。
 

●避難所環境による健康被害●

 災害によって断水や停電が起こると、水洗トイレが使用できなくなります。これまで、避難所を回ると、汚物であふれたトイレをよく目にしてきました。仮設トイレが設置されても、その多くは和式トイレ。足腰が弱い高齢の方などは使用できないことを目にしてきました。こうした環境が食事や水分補給の制限につながり、健康被害を招いてしまいます。
 東日本大震災の被災自治体に、仮設トイレが避難所に行き渡るまでの日数を調査したアンケートでは、発災から3日以内と回答したのは約3割で1週間以内でも約5割。最も時間を要した自治体は65日でした。
 

 「雑魚寝」による健康被害はエコノミークラス症候群があります。また寝づらさによってストレスが増えると高血圧につながります。起き上がる大変さから活動量が減り、生活不活発病の原因にもなります。
 「栄養が偏る食事」では、おにぎり、菓子パンなど炭水化物が過多になる一方、ビタミンやタンパク質が減る傾向があります。すると、疲労感が増したり、筋肉量が減少したりし、やはり生活不活発病につながります。また、のみ込む力も弱まるので、誤嚥性肺炎のリスクも高まります。
 石巻市の介護認定者数は、東日本大震災前に比べ、震災の5年後には1・5倍に増えたことが分かっています。この間、高齢者数の増加は3%のみでした。介護認定者の増加は避難生活の影響がうかがえます。
 

 
 
<<夏の避難所生活 対策のポイント>>

●熱中症●
運営者向け(各自治体)
・スポットクーラー
・大型扇風機

 
 
避難者向け
・小まめな水分補給
・水を含んだタオルを首に巻いて風を当てる

 夏の避難所生活で注意が必要なのは、まずは熱中症です。対策は避難所の室温を下げること。そして、小まめに水分補給すること。
 しかし停電時には冷房器具を使えなかったり、トイレ環境が悪ければ水分補給を控えがちになってしまったりします。避難所生活では熱中症リスクは高まってしまいます。東日本大震災では石巻市内の避難所は室温が40度を超えている所もありました。
 工事現場などで使用されている「大型の扇風機」「スポットクーラー」は対策に有用なので、避難所を運営する方々(自治体など)は備蓄を検討してください。予備電源も必要です。
 また、個人でできる対策には限りがありますが、扇子やタオル、飲料水などは避難時に持ち出せるようにするべきでしょう。水を含んだタオルを首に巻いて、扇子などで風を送るだけでもある程度、体温を下げることができます。
 
 

●食中毒●
・室温20度以上で菌は繁殖
・食べ物の長時間の放置は避ける
・できるだけ早いうちに食べる
・食べ残しは捨てる

・調理する際は加熱するメニューを選ぶ
・おにぎりは手袋とアルミホイルで

 食中毒にも十分な警戒が必要です。室温が20度以上になると、菌が活発に繁殖しますが、避難所の多くには冷蔵庫はなく、食品を加熱する器具もそろっていないでしょう。夏の避難所は、食中毒のリスクが高まります。食べ残しや開封済みのものは思い切って捨てましょう。支援物資を長期間置いておくのも危険な場合があります。
 また食前や配膳、調理前は十分な手洗いが必要です。ノロウイルスなどアルコール消毒だけでは防げないウイルスもあります。
 調理する際は、加熱するメニューを選びましょう。75度以上で1分間加熱すると、ほとんどの菌は死滅します。また、おにぎりを握る時は使い捨ての手袋を着用し、おにぎりはアルミホイルで包みましょう。
 

●害虫●
運営者向け(各自治体)
・入り口にカーテンや網戸を設置

 次に虫の問題です。夏は蚊やハエの発生に備える必要があります。換気や熱中症対策で、さすがに扉を締め切るわけにはいきませんので避難所の入り口に「カーテン」や「網戸」を設置することが必要でしょう。特に津波被害が出た地域は、いろいろなものが流され、ハエが大量に発生することがあります。
 石巻でも、沿岸部に水産加工の工場がたくさんあり、冷凍の魚が流され、腐敗してハエが集まり、避難所にも大きなハエが飛び交っていました。
 だからこそ、避難所運営者は、網戸やカーテンなど、虫対策の備蓄もお願いします。被災者個人ができる備えとしては、虫よけスプレーなどを避難時の持ち出し品リストに含めておきましょう。
 

●ペットボトル水の上手な節約方法●

 熱中症・食中毒対策ともに必要になるのが、水です。
 飲むだけでなく、手を洗ったり、タオルをぬらしたり、歯を磨いたりする際にも使用します。避難時に貴重な水。上手な節約を紹介します。
 緩めたキャップを少しだけずらし、片手で抑えながら、ペットボトルを傾けると、出てくる水の量を調節できます。
 

●見守り体制を確立●

 最後に避難所での見守り体制の確立が重要です。私の経験上、熱中症や食中毒など体調を崩している人が自ら、体調不良を訴えてこられる場合が少ないということです。
 体調を崩される方は高齢者が多く、元々、活動量が少なく、周囲の人も気が付かない場合が多くあります。医療チーム、運営者やボランティアの方々など、協力し合って見守り体制を確立していただきたいと思います。
 

●エコノミークラス症候群予防●

 エコノミークラス症候群の対策には、十分な水分補給を心がけ、散歩やラジオ体操で体を動かしましょう。歩くのが難しい時は、次の足の運動を1日3回(各20回)ほど行ってください。弾性ストッキングの着用も有効です。
 

①爪先を下へ向けて足の甲を伸ばす

②爪先を上げる

③足の指を閉じて、足の指で「グー」をつくる

④足の指を開く

⑤足首を回す

⑥片脚ずつ膝を伸ばしたり、曲げたりする