〈ターニングポイント 信仰体験〉 吃音で悩んだ僕は旅に出た2024年7月7日

  • 忘れたい過去よりも
  • 忘れたくない出会いがあった

 新幹線は、広島を目指して走っていた。伯母夫婦が住んでいる。高校1年の冬休み。渡邉健太は旅に出た。
 
 吃音があると自覚したのは小学生の時。話すと言葉が詰まってしまう。トレーニングを繰り返しながら、周囲とはなんとかやってきた。ところが、高校でいじめが始まった。

 無視されたり、話し方をまねて、からかわれたり。これまでの全部を否定された気がした。自分が嫌いになった。“吃音なんて、なくなればいい”。学校では誰とも関わらなくなり、家族とも気まずくなった。
 ある日、母が声をかけてきた。「気分転換に行ってみたら?」。伯母が事情を知って、広島の家に誘ってくれたらしい。

 気乗りしなかったが、年末年始を広島で過ごすことになった。
 伯父と伯母はとにかく優しい。学校でのことを話すと、「あんたは悪くない」と親身になってくれる。行けば行ったで、居心地が良かった。
 大みそか。年末のテレビを見ていると、二人の声が奥から聞こえてきた。「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」

 悩みを話す最中、伯母は言った。「困ったら題目を唱えてみなさい」。二人は朝と夜、必ずそれを唱えた。それとなく聞き流しながら、健太はまたテレビに向き直った。

先月30日。SGI交流交歓会と併せて開催された「Shizuoka★ユースフェスタ2024」に出演。練習に熱が入る

先月30日。SGI交流交歓会と併せて開催された「Shizuoka★ユースフェスタ2024」に出演。練習に熱が入る

人の輪の中で、はつらつと今を生きる

人の輪の中で、はつらつと今を生きる

 正月の朝。随分と早い時間に起こされた。「一緒に寄りたいところがあるんだ」。伯父に言われるまま、まだ眠い目をこすりながら車に乗り込んだ。
 着いた先は創価学会の会館。人がぞろぞろ建物に入っていく。“初詣?”。健太は少し戸惑った。

 〈新年勤行会〉と書かれた大きい看板。中に入ると、そこかしこから談笑が起こっている。“みんな元気だなあ……”。集まる人の表情を眺めていると、自分より少し年が上そうな男性が伯父とあいさつを交わした。
 「こ、こんにちは」。健太は緊張で、余計に言葉が詰まる。恐る恐る顔を向けた。

 “あれ?”。自分の目を見てくれている。気付けば、健太は自分のことをあれこれと話していた。どんなに言葉がつっかえても、その人は穏やかな顔で聞いてくれた。
 それからは、会館での光景が頭で何度もリフレインされるようになった。

 実家に戻ると、意を決して母に告げた。
 「学会に入りたい」
 両親は反対だった。
 だが入会への気持ちは、日に日に募っていった。つらい時には心で題目を唱えた。
 「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」
 強くなりたいと思った。

同志としての日々を一家で(右から父・祐輔さん、渡邉さん、母・圭子さん)

同志としての日々を一家で(右から父・祐輔さん、渡邉さん、母・圭子さん)

 群馬にある大学に通い始めた年。健太に一本の電話が。母からだった。
 「創価学会に入ることにしたんだけど、あなたどうする?」
 一瞬、理解ができなかった。
 聞けば伯母に仕事で悩んでいると相談すると、仏法の話を詳しくしてくれたという。感謝と驚きに、高鳴る胸を押さえつつ答えた。

 「入る!」
 2015年(平成27年)、学生部の一員になった。ただ同世代のメンバーを前に、健太の心はすくんだ。誰にも分かってもらえなかったら……。
 先輩が、学生部の指導集をくれた。池田先生の存在を知った。

 〈君にしかできない使命が、君の来る日を待っている。待たれている君は、あなたは生きなければ! めぐりあう、その日のために!〉

 何もしなければ、今までと同じだ。
 「こ、こんばんは。わわ、渡邉健太です」。会合で、家庭訪問で、自分のことを語った。言葉が詰まった時の間が怖い。変に思われるのも怖い。でも、受け止めてくれる人がいた。
 ずっと吃音が嫌いだった。でも、忘れたい過去以上に、忘れたくない出会いと言葉をたくさんもらった。“自分が一番、怖がっていたんだな……”。心からそう思った。

 うれしさを、誰よりも伝えたい人がいた。
 「父さん、一緒に信心しようよ!」
 母が入会しても首を縦に振らなかった。だがこの日、一呼吸置くと父は、真っすぐな視線をこちらに向けた。「健太、明るくなったもんな」。大学3年の春、父が入会した。

「ユースフェスタ」当日は男子部の友と「ソーラン節」を舞った(富士平和会館で)

「ユースフェスタ」当日は男子部の友と「ソーラン節」を舞った(富士平和会館で)

演舞の出演者と(前列中央が渡邉さん)

演舞の出演者と(前列中央が渡邉さん)

 ある日、健太は道路や鉄道の機器を扱う工場の面接を受けていた。言葉が詰まると、場の空気が少し張る。
 だけど相手から目をそらさず、はっきりと言葉を紡ぐ。するとだんだん、緊張感がほぐれていくのが分かる。学会の中で、何度も話す中で、知ったことだ。

 話す相手がどんな表情だって、もう怖くない。吃音は自分の一部だから。旅に出る前の自分に、今なら胸を張って言える。自分は自分のままでいい。
 アルバイトから始めた仕事。今年の春、健太は正社員になった。

 自分だけの使命――それはまだ模索中。だからこそ、明日が楽しみで仕方がない。

 わたなべ・けんた 1996年(平成8年)生まれ。広島に住む伯父、伯母の紹介で、2015年に創価学会に入会する。静岡県長泉町在住。男子部部長。


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