〈先端技術は何をもたらすか〉24 科学文明論研究者 橳島次郎 進化する仮想空間㊦2024年7月2日

  • 脳活動再現し治療の試みも

 前回、仮想空間技術の最新型メタバースの活用の状況と課題について紹介した。ゲームなどの娯楽にとどまらず、会議や研修などの場として実用的な利用が広がるメタバースだが、医学・医療分野での活用も始まっている。
 仮想空間技術の医学応用を専門とする日本VR医学会では、メタバース技術を用いた医学教育の支援システムや手術支援システムの研究開発を重点目標としている。メタバース技術の人体への影響に関する調査研究も企図している。
 また、現実世界での社会行動時の脳活動を計測し、仮想空間上でその神経ネットワークを保存して動かすシステムの研究が進められている。この技術が実現すれば、メタバースを利用し対人交流を行った際のユーザーの脳の神経活動を記録してデータを保存し、そのデータに基づいて自分のアバターをメタバースで自動的に活動させることも可能になると考えられる。
 その際、望ましいと思う行動を繰り返させてデータを更新反映させていけば、仮想空間内で自己の性質を向上・改善することも可能になるかもしれない。こうした方向でのメタバースの活用は、精神疾患や発達障害の治療やリハビリに応用できる。
 ニューロフィードバックという、脳科学とコンピューター技術を組み合わせた先端技術の利用が近年広まっている。脳波や脳血流を計測する装置を付け、コンピューター上で作業課題やゲームなどを行い、自分の脳の活動の様子を把握して、望ましい変化を起こせるようにしようというものだ。音楽やスポーツのパフォーマンス向上のためのトレーニングに利用され、うつ病や注意欠如・多動症(ADHD)などの症状改善にも応用されるようになった。
 このニューロフィードバックをメタバースで行えば、一人で自己と向き合うだけでなく、対人交流を行う際の脳活動のフィードバックと改善もできるようになるだろう。多人数が同時参加できるメタバースであれば、カウンセラーや精神科医、同じ疾患や障害の当事者など多彩な人々と関わり行える、進化したニューロフィードバックが可能になるのではないだろうか。
 ニューロフィードバックの治療効果についてはまだ研究中で、メタバースとの組み合わせで効果を向上させられるかどうかも分からない。日本では自由診療でニューロフィードバックを提供するクリニックがあるが、前々回取り上げたニューロモデュレーションと同じく、慎重な医学的・臨床心理学的検証が不可欠だ。

ニューロフィードバックを試行する患者

ニューロフィードバックを試行する患者