〈アップデート〉 人材育成に必要なのは「厳格さ?」「寛容さ?」2024年6月28日

 今の時代を生きるうえで、誰もがぶつかる価値観の変化を、互いに学び、理解を深めていく(=アップデートする)ための視点を提供する連載「アップデート」。今回のテーマは「人材育成に必要なのは〈厳格さ?〉〈寛容さ?〉」。

◎厳格さ――達成感やチームワークを高める

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 「自分が成長できる環境に身を置きたい」「目標のためなら、頑張れる」――こう考える人は少なくありません。意欲を持つメンバーにとって、組織のリーダーが「厳格さ」をもってチームを率いることが重要です。
 株式会社フィールドマネージメント・ヒューマンリソースの和田真二氏は、多様な価値観にさらされる現代の組織経営のためには、厳しさと優しさのどちらも必要と言います。その上で、目標の達成へ、チーム全員が足並みをそろえるために「厳格さ」を発揮すべき項目について言及しています(『伴走するマネジメント』自由国民社)。
 まず、「役割・目標内容の自由度」。チームの目標と、その実現に向けた個々の役割は、自由にさせ過ぎずに、リーダーが責任を持って、明確にしていくべきであるということです。
 二つ目に、「基準の高さ」。客観的に見た時に“ゆるくない”基準があることが、個々の力量や組織のチームワークを高めることにつながります。
 三つ目に、「基準やルール運用のあり方」です。ひとたび定めた基準や、ルールを守っていくことです。
 どれも、「厳格さ」を発揮することによって、組織として達成感を味わい、成長できるポイントになり得るものです。
 その上で、「厳格さ」が効果的に働くために氏が訴えるのは「視界を共有する」ことの大事さです。リーダーとメンバーでは、立場や責任が違い、見えている景色も異なっていて当たり前です。リーダーが、明確なビジョンや目的をメンバーと共有することで、目標・ルールなどに対する厳格さは、成長や達成感につながっていきます。
 また、リーダーとメンバーの信頼関係も重要でしょう。信頼がなければ、「厳格さ」は、無意味な厳しさとなり、人の心は離れていき、結果的にチームはバラバラになってしまいます。
 目的のための、適切な「厳格さ」が人を育てるのです。

◎寛容さ――安心感を与え、自主性を育む

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 リーダーが「寛容さ」を大切にする時、その組織のメンバーは、どのような心境を抱くでしょうか。「個人として尊重されていると実感できる」「自立して成長していこうと思える」などが考えられます。「寛容さ」は、安心感を与え、自主性を育み、成長を促すことにつながるのです。
 株式会社リクルートマネジメントソリューションズによる「新入社員意識調査2023」(別掲)の、「上司に期待すること」という設問で、およそ半数の人が選び、トップになった項目が「相手の意見や考え方に耳を傾けること」。僅差で続いたのは、「一人ひとりに対して丁寧に指導すること」という項目でした。
 耳を傾けるだけでなく、個々人に合った適切な指導で導いてほしい――今の時代に求められる「寛容さ」は、見せかけの“優しさ”ではないのです。
 リクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗氏は、著書『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)の中で、社会規範の変化や法規制によって、“「ゆるい職場」時代”が訪れていると主張しています。
 “職場がゆるく、成長していく未来を感じられないから辞める”人もいる、この時代。氏は、人材育成において「褒めるだけでなくフィードバックする」ことが重要であると述べています。前述の調査結果にも表れている通り、適切な指導を求める人は多いのです。
 また氏は、「一緒に悩み、行動する」リーダー像を提案しています。悩みさえもオープンにして接するリーダーの姿は、メンバーにも“私もオープンにしていいんだ”との触発を与えます。互いにオープンに接することができる組織は、寛容であり、成長の糧となる人間同士の触発があります。
 「寛容さ」の奥に、“共に成長していきたい”という強い思いがあるからこそ、人は育っていくのでしょう。

株式会社リクルートマネジメントソリューションズによる「新入社員意識調査2023」から

株式会社リクルートマネジメントソリューションズによる「新入社員意識調査2023」から

[記者ノート]根底に「慈悲の心」を

 昨今の世間では、「寛容さ」を求める方向への社会規範の変化は避けられないものと言えよう。一方で、目標や目的の達成に関する「厳格さ」を見失えば、物事の成功や失敗の境界線が曖昧になってしまう。もちろん成功・失敗にかかわらず、物事に挑んだ過程そのものにも大きな価値はある。その上で、一つの挑戦に“勝った”“負けた”という経験も、人が成長していくためには、欠かすことができないものである。
 小説『新・人間革命』第1巻「慈光」の章には、他の宗教を信仰する友人への接し方に悩んだ人への指導がつづられている。
 「私たちが、日蓮大聖人の門下として、法の正邪に対しては、厳格であるのは当然です。と同時に、人に対しては、どこまでも寛容であるべきです。そこに真実の仏法者の生き方があるからです」「法の正邪に対する厳格な姿勢と、人に対する寛容――この二つは決して相反するものではなく、本来、一体のものなんです。(中略)どちらも、根本は慈悲の心です」
 目標や目的、そして自らの信念には「厳格さ」を、接する周囲の人には「寛容さ」を――その根底に、目の前の一人を大切にする「慈悲の心」を持つ人こそ、今の時代に求められるリーダーの姿だろう。(國)