〈社説〉 2024・6・26 学会代表訪中団が各地で交流2024年6月26日

次の50年へ「金の橋」を強固に

 池田先生が一人一人と絆を結び、築いてきた日中友好の「金の橋」。その大きさ、強固さを肌で感じる旅路であった。
 
 先生の初訪中50周年を記念する創価学会代表訪中団が中国各地で文化・青年交流を活発に行った(5月26日~6月2日)。中国人民対外友好協会、中日友好協会の招へいによるものである。
 
 戦争の残酷さと平和の尊さを胸に刻んだ北京の中国人民抗日戦争記念館。天津の周恩来鄧穎超記念館では、先生と周恩来夫妻の友情の“桜花の縁”を感じた。
 
 北京大学、南開中学・大学で現地の学生や若き教育者と語らい、友好を深めた。“現代のシルクロード”の中心地・新疆ウイグル自治区のウルムチでは一層の民間交流を約し合い、仏教伝来の要衝・トルファンでは過酷な環境下に仏教を伝えた先人の苦闘に思いをはせた。
 
 中国人民政治協商会議の朱永新副主席、同自治区の馬興瑞自治区党委員会書記など要人との会見では、池田先生への敬意とともに、両国友好を次の世代に託したいとの思いを、熱を込めて話していたことも印象深い。
 
 現地での行事に参加し、また見聞を広める中で、青年団員たちは口々に、50年の節目となる同訪中団に参加できたことへの感謝と、さらに友好交流を広げゆく主体者となる誓いを語っていた。
 
 さらに本年7月には、中華全国青年連合会(全青連)の招きで創価学会青年訪中団が派遣される。約40年にわたり、全青連と学会青年部は訪問団を派遣し合い、交流を積み重ねてきた。“万代の友好を開く青年交流を”との池田先生の熱願は、両国の青年に受け継がれている。
 
 先生は1984年6月、北京大学での講演で平和創出の方途について述べ、こう力説した。
 
 「一人一人の努力が、たとえ水滴のように微力に思えても、やがて石をも穿つ、否、岩をも押し流す大河となっていくでありましょう。それには、果敢なる行動と勇気ある対話を積み重ねていく以外にありません」
 
 日中友好の「金の橋」もまた、地道な交流を粘り強く継続してこそ強固になる。いかなる風雨に遭おうとも、青年や文化の交流があれば、両国友好の揺るがぬ礎となる。次の50年の日中友好へ、先生の信念を継ぐ青年たちの活躍に期待したい。