国際刑事裁判所(ICC)赤根智子所長の講演(要旨) 第195回広島学講座から2024年6月26日

国際刑事裁判所(ICC) 赤根 智子 所長

飛び出してみなければ始まらない――思いきった挑戦が可能性開く

 第195回「広島学講座」(13日、広島池田平和記念会館)で、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長が講演した。その要旨を掲載する。
 

第195回「広島学講座」で講演するICCの赤根所長(13日、広島池田平和記念会館で)

第195回「広島学講座」で講演するICCの赤根所長(13日、広島池田平和記念会館で)

 現在はニュースなどでも名前を目にするようになりましたが、ICCの存在はまだあまり知られておらず、とかく誤解されやすいものですから、本日は基本的なことを説明したいと思います。
 
 私は日本で36年にわたり検事を務めた後、2018年3月からICCの判事をしております。今年3月まで第2予審部に所属しておりました。そこは事件を裁判所の公判に送るまでの過程を担う部署で、その関係でロシアのプーチン大統領の逮捕状請求を審査する任を担いました。
 
 私が勇気を持っていたということではなく、割り当てを受けて任に当たったに過ぎず、予審判事としての務めを果たしただけであることは強調しておきたいと思います。
 
 今年3月には、裁判官の互選によって私が所長に選ばれました。日本人としては初めてです。光栄であるとともに、平和を求める国として日本が世界から信頼されている、あるいは、法の支配を標榜し司法の世界で争いをなくす方向で働く国であるという日本への信頼が大きく寄与して、私が選出されたのだと受け止めております。

ICCの機能と任務

 同じ「国際」「裁判所」と名前がつき、共にオランダのハーグにあるため、「国際司法裁判所(ICJ)」とよく混同されます。
 
 ICJは国連憲章に基づく国連の裁判所ですが、ICCは多国間条約(ローマ規程)により設立された裁判所で、全ての国連加盟国が参加しているわけではありません。また、ICJは1945年設立と長い歴史があるのに対して、ICCは2002年設立と比較的新しい機関です。
 
 ICJは国境紛争など主に国家間の紛争を扱いますが、ICCは「個人による犯罪」の処罰に向けた常設の裁判所です。具体的には“国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪について個人の刑事責任を追及する常設の国際刑事法廷”というのが正式な定義です。全ての犯罪ではなく、四つの最も重大な犯罪(編集部注=集団殺害犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪)を扱っています。
 
 ICCは国家の刑事裁判権を「補完」するもので、奪うものではありません。加盟国の裁判所では扱えない事件を扱います。
 
 根拠となっている条約に主要な国々の一部が加盟していないことから、ICCの機能には限界があるという声もあります。それはその通りですが、一方で規程からいえば、加盟していない国の人でも加盟している国で規程に抵触する罪を犯せば裁判権が生じるなどの例外があります。非締約国であるウクライナがICCの管轄権を受諾したため、非締約国の国籍の人であってもウクライナの領域内で罪を犯せば、ICCで訴追される可能性が出てくるのも例外の一つです。
 
 ICCが逮捕状を出している被疑者の中には、捕まっていない人もいます。ICCは逮捕状を執行するためであっても、国家に勝手に入っていって、自ら逮捕することはできません。国家の主権を侵害するためです。国家が被疑者を逮捕して引き渡していただかなければ、逮捕には至りません。
 
 その意味でICCが世界からもっと信頼されるようになり、各国の協力の機運を高めていくために、我々も努力しなくてはいけないと思っています。
 
 現在、ICCには1000人ほどの職員が勤務していますが、そのうち日本人は10人程度と非常に少ないです。ぜひICCという機関があることを知っていただき、将来的に日本人の職員が増えるといいなと思っております。
 
 日本人は法の順守、法の支配に強い思いを持っています。ICCの日本人職員は皆、素晴らしい仕事ぶりで、周囲からも高く評価されています。そうした方々が一人でも多く世界に出ていってほしいと願っています。

青年へのエール

 私は「人間至る処青山あり」という言葉が好きです。
 
 “どこに行っても、墓をつくる場所くらいある”という趣旨ですが、若い皆さんには、それくらいの気持ちを持って、どこにでも出かけていって、自分がやりたいことに挑戦してほしい。
 
 飛び出してみなければ何事も始まらない。仮に失敗したとしても骨を埋めるところなどどこにでもあるというくらいの気持ちでやれば、いろいろな可能性を開拓することができる――私はそう思っています。
 
 私自身も何かやりたいと飛びつく方ではありませんが、以前ある先輩に「赤根さんの場合、二つの選択肢があると苦労の多い方に行くよね」と言われたことがあります。決してそんなつもりはないのですが、“大変なことになるかもしれないけど、面白いかもしれない”と、好奇心が勝ってしまうんです。
 
 人生は一度しかないですし、実際にそうしてきた中で大きなチャンスをいただき、さまざまな経験をしてきました。その意味で、何か選択をする時には、迷わず飛び込んでみるという精神が必要かなと思い、この言葉を皆さんに贈ります。