〈文化〉 特殊害虫との戦い 宮竹貴久(岡山大学教授)2024年6月20日

  • どう再侵入を防ぐのか
  • どこに入ってもおかしくない

一度はミバエ類を根絶

 皆さんは「特殊害虫」という言葉を聞いたことがあるだろうか。沖縄に旅行に行くと、特定の農作物の持ち出しが禁止されているポスターを目にする。これは植物防疫法で定められている農作物だからだ。
 最近では、ニガウリのチャンプルーや、マンゴーパフェなど、南西諸島で育った野菜や果物が食卓を飾ることがある。
 しかし、30年ほど前までは、九州以北で食べることはできなかった。その理由が特殊害虫にある。
 特殊害虫は、外国から侵入し、島々に定着し、作物を食い荒らして経済的に甚大な被害をもたらす害虫を指す。
 このため、侵入が見つかった時には全力を挙げて広がらないように止めなければならない、と植物防疫法で定められている。具体的には、ミカンコミバエ、ウリミバエ、アリモドキゾウムシ、イモゾウムシの4種が指定されている。
 これまで、沖縄では1986年にミカンコミバエ、93年にウリミバエについては根絶に成功した。しかし、いずれも対策が始まってから20年近くの年月が必要だった。
 このことは、NHKでも特集されたため、知っている人も多いかもしれない。しかし、残るイモゾウムシ、アリモドキゾウムシについては根絶は非常に難しい。
 さらに、再侵入はいつまでも繰り返される。特殊害虫は一度根絶すれば終わりというものではない。再侵入との終わりなき戦いが今もなお続いているのだ。
 さらに現代は、特殊害虫が南西諸島や沖縄、九州だけでなく、どこに入ってもおかしくない状況になっている。
 これまでミバエは東南アジアなどから風などで運ばれてくるだけだったが、インバウンドの増加で海外からの旅行者が持ち込んだり、ネットなどの個人販売によって広がるケースが報告されている。
 そんな、特殊害虫との果てしない戦いの歴史を一般の人にも知ってもらいたく、近著『特殊害虫から日本を救え』(集英社新書)を出した。

ミバエを誘引して捕らえるトラップ

ミバエを誘引して捕らえるトラップ

課題が多いゾウムシ類

 実は、日本は特殊害虫の根絶実績で世界のトップを走っている。それは先人たちの、果てしない戦いがあったからこそ。基本的には、オス除去法、不妊化法、寄主除去法を組み合わせて、対策が行われる。
 昆虫には、オスが引き寄せられる誘引フェロモンの存在が知られている。ミカンコミバエのオスはメチルオイゲノールという物質に引き寄せられる。この剤と殺虫剤を染み込ませた「テックス板(誘殺板)」を各地にばらまき、オスだけを根絶するという仕組み。オスがいなくなれば、メスは子どもを残せないので、種自体が絶滅する。
 この対策だけだと、誘引されにくい個体が増えてしまう恐れがある。そこでオス除去法で数を減らし、その後、不妊虫を散布し、野生メスと交尾させることで害虫を根絶する「不妊化法」が併用されている。ウリミバエの根絶事業の際には、ヘリコプターを使い、多い時で毎週1億匹もの不妊虫を空からまいてウリミバエを根絶した。
 ミバエ類に対して、ゾウムシ類は一筋縄ではいかない。一番の問題は、誘引しにくいこと。イモゾウムシについては有効な誘引方法が分かっていない。アリモドキゾウムシの誘引物質は分かっているが広い範囲をカバーできない。それでも久米島、津堅島では、オス除去法、不妊化法とともに、寄主除去法を組み合わせて、根絶させることができた。
 寄主除去法は、文字通り寄主となる植物自体を取り除いて、害虫の棲み処をなくしてしまおうというもの。うまくいけば、初動防除として短期間で根絶させることができる。ただ、対象となる植物の除去は、想像以上に過酷だ。
 例えば、アリモドキゾウムシの侵入が確認された鹿児島や高知では、発生地域周辺からサツマイモなどの移動を禁止するのはもちろんのこと、焼却してから土に埋め、殺虫剤と除草剤で処理した。高知・室戸では、海岸部のヒルガオ科の雑草を刈り払うだけでなく、ブルドーザーを使って根っこまで掘り取り、さらには火炎放射器での焼却まで行われている。
 寄主除去法は小さな島であれば可能かもしれない。しかし、沖縄本島や奄美大島のような大きな島からヒルガオ科の植物(サツマイモ、ノアサガオ、グンバイヒルガオなど)を完全に除去するのは難しいのだ。=談

 みやたけ・たかひさ 1962年、大阪府生まれ。岡山大学教授。著書に『したがるオスと嫌がるメスの生物学』『「死んだふり」で生きのびる 生き物たちの奇妙な戦略』など多数。